~戦闘~

 私達は翌日から、また十六夜の居場所を捜し始めた。



 今回は前とは逆に情報はすぐに集まった。


 何でも、十六夜は自分の配下を増やすためにかなり派手に行動しているらしい。



 吸血鬼は、自分の血を人間に少しだけ注入することで一時的にその人間を配下として自由に扱えるのだそうだ。


 私は今まで知らなかったけれど、朔夜が教えてくれた。



 十六夜は人間の配下を増やしてどうするつもりなのか……。



「ふん……分かりやすいな」


 朔夜は分かっているようだった。



「分かりやすい?」


「分かりやすいだろう? 奴は俺を殺すための準備をすると言ったんだ。かなりの人数を配下にしているところを見ると、人海戦術でもするつもりなんだろうな」



 ああ、そういうことか。と私は納得する。



 朔夜が苦戦している姿なんて思い浮かばないから、人海戦術云々と言われても心配はしなかった。


 でも朔夜は違うようで眉間にシワを寄せている。



「人海戦術……少し厄介だな」


「どうして?」


「配下はただの人間だ。あまり傷つけるわけにはいかないからな……。数人ならともかく、これでは……」


 そう言いながら、朔夜は今までの調査資料を見つめた。



 資料に書かれている、配下にされた人間の数はおよそ40。


 この情報も一部でしかないから、きっと実際はもっといるはずだ。



「そっか。確かにこの人数は厄介よね……」



「もしかすると、奴はお前一人で何とかしなければならなくなるぞ。……大丈夫なのか?」


 朔夜は、本気で心配そうに聞いてくる。



 前に十六夜と対面したときの様子を知っているから尚更なんだろう。




 でも大丈夫。



「朔夜が近くにいるなら大丈夫。朔夜がいるなら、私はそれだけで強くなれるから」


 恥ずかしげもなく笑顔で言うと、朔夜が面喰らったような顔で止まった。



「朔夜?」


 問いかけると、朔夜は瞬きをして私から僅かに視線を逸らす。


 心なしか、その頬が赤い気がする。



「お前……よく照れもせずにそんなことを言えるな……」



 朔夜、照れてるの?


 



 


 朔夜が可愛い。


 でもそんなこと言ったら怒るかな?



「思ったことや言いたいことは、その時のうちに言うことにしたの」


 私はいたずらっぽく言った。



 だって、死んじゃったら何も伝えられないでしょう?


 だから後悔しないように、生きているうちに伝えたいことは伝えるの。



 そう思ったら、何だか解放的になった。


 素直になって、私自身余裕が出来て。



 今なら何も怖いことなんかない。


 これも強さなのかな?



 だとしたら朔夜。



 この強さも貴方がくれたものだよ。



 私は、感謝と愛しさを込めて朔夜に微笑んだ。



「何をニヤニヤと笑ってる」


 頬を染めたままムスッとした顔で、私の髪をくしゃっと掴んだ。



「ニヤニヤはヒドイなー」


 私の髪を乱すその手も愛しい。



 この手に殺されるなら、他の誰に殺されるよりずっといい。



 もう私の全ては朔夜のものだから。




 私の命だって、朔夜の自由にしていいの。




“死”にまで幸せを感じるなんておかしいね。


 でも……幸せなんだ。



 誰にも理解されなくてもいい。


 この気持ちは、私だけのものでいいの……。



 



 こんな感じで、数日は幸せを噛み締めていた。


 でも、世の中終わりのないことなんてない。





 ある日、いつものように情報収集に行こうとマンションの駐車場へ下りたら奴がいた……。



「やぁ、二人とも……久しぶり」



 狂気を内に隠した優しい微笑をたたえ、十六夜は私達の前に現れた。




 一瞬、全身に恐怖が蘇った。


 でも……。



 大丈夫。

 朔夜が側にいる……。



 そう思うだけで恐怖は自然と消えていった。



 私はしっかりとした眼差しで十六夜を睨む。


 すると十六夜は目を見開き、次に物凄い形相になる。



「望……そいつに抱かれたんだね……」


 憎々し気に呟いて、今度は狂気を隠そうともせずに笑い出した。




「アハハハハ! でも大丈夫だよ」


 途端に猫撫で声になる。



「すぐに僕のものにしてあげるから!」




 相変わらず……狂ってる……。




「とにかくついて来なよ。僕はここで決着つけてもいいけど、そっちは困るだろう?」


 先ほどとは打って変わって、落ち着いた声音になる十六夜。



 明らかに別の場所に罠でもはってそうだ。


 でも私達はついて行くしかない。


 一般人を巻き込むわけにはいかないから。





 ここはそんなに人が来るような場所ではないけれど、それでも全く来ない訳じゃない。




 仕方ないか……。



 私は朔夜と目を合わせる。



 すると朔夜は私の意思を読み取ったように頷いた。


 私はそれに、同じく頷いて返す。



 そして私は十六夜に言った。



「行きましょう」



 と……。





 


 十六夜に案内されたのは、いつかのときと同じ様な廃ビルだった。


 進むにつれ、周囲の気配は増えていく。



 きっと十六夜の配下だろう。


 思った以上に多そうだ。



「望……」


 歩きながら、朔夜が耳打ちしてきた。



「もし、本当に奴と一対一になったら、目だけは絶対に見るな」


 私は「え?」と聞き返すように顔を少しだけ朔夜の方に向けた。



「吸血鬼は目を合わせることで催眠術をかける。だから目だけは絶対に見るな」


「……分かった」


 と、私は頷く。



 そのすぐ後に、十六夜が立ち止まり振り向いた。


「さてと、ここならいいだろう?」



 十六夜が立ち止まったのが合図だったのか、配下の人間達がゾロゾロと出てきた。



 ニヤリと十六夜が微笑む。


「さあ、決着をつけよう」




 十六夜の言葉に、配下の人間達が一斉に飛びかかって来る。



 私と朔夜は身構えたが、あまりの人数の多さになすすべもなく引き離された。



「望! 大丈夫か!?」


 遠くから朔夜の声だけが聞こえる。



「大丈夫!」


 ただ単に引き離されただけで、攻撃は加えられなかったからそう叫んだ。



 朔夜も今の声の様子だととりあえずは大丈夫そう。




 そして私は配下の集団から押し出された。


 そこに、十六夜が待ち構えていたように笑顔で両手を広げている。



「さあ、おいで望。君は僕のモノだ。……僕のモノじゃなきゃいけないんだ」



 私はそんな十六夜の狂気に満ちた目を睨もうとしてやめた。


 朔夜の言っていたことを思い出したから。



『奴の目を絶対に見るな』



 目を見たら催眠術をかけられて、戦うことすら出来なくなる。



 目を見たらダメ……。



 目の代わりに、私は十六夜の喉の辺りを睨んだ。



「私は貴方のモノになんか絶対ならない! 私の全ては朔夜のものよ!」


 私の言葉は、十六夜を怒らせるには十分だったらしい。



「うるっさーい! 君の意思なんてもうどうでもいいんだ! 僕は君を自分のモノにする!」



 狂ってしまっている十六夜は、自分がもうヤケになっているのと変わらないことに気付いていない。



 ある意味哀れ……でも!

 

 


 それでも、十六夜だけは許すことなんて出来ない。


 私は再度決意し、襲いかかってくる十六夜を迎え撃つ。



 キレてしまった十六夜に容赦はない。


 私の急所を確実に狙ってくる。



 もはや死ななければそれだけでいいという感じだ。



 でも私はその全ての攻撃を確実に避けた。


 自分でも驚くほど冷静だ。



 熱くなって、うっかり十六夜の目を見てしまうこともないし、心を乱されて気が散ることもない。



 そして冷静な私とは逆に、十六夜はどんどん感情を荒げていく。



「僕のモノなんだ! 君は僕の! のぞみぃー!」


 その叫びと同時に渾身の一撃を繰り出す十六夜。


 私はそれを避け、十六夜の脇に肘を入れた。



「ぐぁっ!」


 十六夜は呻き声を上げ膝をつく。



 本当なら、女の私の一撃で膝をつく程の打撃は与えられない。



 でも、錯乱している十六夜にはその程度の打撃すらもショックが大きいみたいだった。


「なっ……こんな。望ぃ?」



 子供の様に私を呼ぶ十六夜に、私は顔をしかめた。




 嫌悪とか、憐れみとか、色んなものが混ざった感情。


 私はそれを吐き出すかのように、渾身の一撃で十六夜を気絶させた。



 ドサッと音を立て地面に倒れる十六夜。


「……」


 思っていた以上に、あっさりと終わった……。



 ううん、まだだ。協会に引き渡さないと。



 そう、まだやることは残っている。


 これで終わりじゃない。



 でも、あまりに簡単に終わるので違和感は拭えない。



 私は違和感の正体が不明なままで、朔夜の方に意識を向けた。


 いくら朔夜が強くても、やっぱり気になるから……。


 正体不明な違和感を気にしている余裕はない。




 振り返ると、朔夜はすでにほとんどの配下の人間を倒していた。


 最小限の打撃で、確実に一人一人を気絶させている。



「ん? 望、そっちは終わったのか?」


 敵の数が少なくなって、余裕の表情で朔夜が聞いてくる。



 私は「うん」と答え、力を抜いた。


 朔夜の姿を見てホッとしてしまったらしい。




 でも、奴はその瞬間を狙っていたんだ。



 ホッとした瞬間、後ろにゾッとするような気配を感じた。


 その正体を確かめる前に、私はソレに後ろから抱き締められる。



「アハハ。やぁっと捕まえたよ。望」


 胸を痛いほどにわし掴まれ、私は嫌悪感を抱きながら先ほどの違和感の正体を知った。



 十六夜は、気絶したフリをしていただけ。


 私が油断するのを待っていたんだ。



「あぁ……望。もう離さない」


 私が暴れようと身じろぐのをいとも簡単に押さえつける。



「離して!」


 そう叫ぶ私の声も聞こえていないようだった。




 そうしていると、朔夜が最後の一人を倒しこちらに向かって言った。



「まったく。望、油断するんじゃない」


 呆れたもの言いには余裕があり、それだけで私は安心してしまう。


 助けてくれるのだと信じられるから。



 そして、私の信頼通り朔夜は助けてくれた。



 目にも止まらぬ早さで十六夜から私を引き離し、その腕の中に私を閉じ込める。



 私は朔夜の動きの速さに面食らってしまったけれど、彼の腕の中にいると気付いて安堵し、思わず彼を抱き締めた。


「朔夜っ……!」



 朔夜はそんな私の顎を掴み、キスをしてくる。



 優しくて、強引なキス。


 ねちっこいほどに絡みつく舌に、私は現状も忘れかけた。




 すぐ近くに十六夜もいるのに……。


 見られて、いるのに……。



 ううん、むしろ朔夜は見せびらかしていたのかもしれない。



 自分のモノなのだと。




「やめろーーー!」


 十六夜の叫びが廃ビル全体に響き、朔夜は私から唇を離した。



「もういい! 殺してやる……お前等二人とも殺してやる!」



 頭を掻き乱し絶叫する十六夜を横目に、朔夜は私を見た。



「俺が奴を片付ける。お前は眠れ」


「え?」



 どういうことか聞き返そうと、目を合わせた瞬間突然眠気が襲ってきた。



 ――っこれ、催眠術!?



 すぐに気付いて視線を逸らしたけど、一度かけられた催眠術はただの人間である私には解くことも出来ない。


 朔夜の腕の中で、私は閉じようとする目蓋を必死に上げていた。



「さく……や?」



 どうして?



「お前は奴を協会に引き渡すつもりなんだろう?」


 私の疑問を読みとった朔夜は優しく、でもどこか信用のならない声音で話し出す。



 


 何?


 朔夜、どういうつもりなの?


 朔夜もそのつもりで手伝ってくれていたんじゃないの?




「俺はな、望」


 そう口にした直後、優しげだった朔夜の瞳が鋭いものに変わる。


 頬笑みが、怒りを内包した笑みに変わる。



 その様子は、どこか楽しげですらあった。




「俺以外にお前を抱いた奴がいると知った時点で、そいつを生かしておくつもりは無かったんだよ」


「朔……」



 朔夜がそんなことを考えていたなんて。


 今の今まで全く気付かなかった。



 私は驚き、そしてあとはもう何も考えられなくなる。



 もう、思考を巡らすことすら困難なほど睡魔がすぐそこまで迫っている。



「それに、あいつはどんな感情であれお前の心の一部を占領している。そんなことを俺が許すはずはないだろう? お前は、俺のことだけ考えていればいいんだ」


 朔夜が何を言っているのかすらちゃんと把握出来ない。


 ただ、物凄く自分勝手なことを言っている様な気はする。



 うつらうつらと、本気で眠気に逆らえなくなり頭が船を漕ぐ。


 そうなってから、十六夜の声が聞こえた。



「もういいだろう……? 黙っていれば勝手なこと言ってくれるね。まるでお前の方が俺を殺したがってるみたいだ」


「みたいではなく、そうなんだが?」


「はっ! まあ、もうどうだっていいさ。何もかも、どうでもいい……」



 もう私の目ははっきりものを映してはくれない。


 それでも十六夜が暗く微笑んでいるのは予測出来た。



 そして風を感じる。


 朔夜が動いた様子は無かったから、十六夜がこちらに向かって来たんだろう。



 でも、それからは何がどうなったのか分からなかった。


 朔夜も動いたみたいだったけれど、避けたのか攻撃したのかも分からない。



 どれくらい経ったのかも分からないけれど、私は最後の気力を振り絞ってもう一度だけ目を開けた。



 そのとき見えたのは、傷だらけの十六夜。


 明らかに死の寸前だ。



 なのに彼は死の恐怖も、朔夜に対する怒りや憎しみすらもその表情には表れていなかった。



 その顔に浮かぶのは――。




 微笑み。


 晴れやかな、安らぎすら感じさせる微笑みだった。



 そんな十六夜と一瞬目が合い、彼の感情が流れ込んでくる。


 同時に、私は今度こそ深い眠りに落ちた……。




 



 眠りの中で、私は夢を見ていた。


 十六夜と初めて会った、あの惨劇の日の夢。



 でも、少しおかしい。


 私はあの時ドアのところから床に倒れる両親と十六夜を見ていた。



 なのに今は十六夜の姿は見えず、“私”は両親を“見下ろして”いる。



 血溜まりの中に同じ色の雫が規則的に落ち、静けさの中ポチャリ……と小さな音が響いている。


 その音が、しばらくして二つに増えた。



 二つの雫。


 赤い雫と赤じゃない雫。




 ああ、そうか……。


 今私は、十六夜の視点で見ているんだ。



 それに気付くと同時に、私は忘れていたことを思い出す。


 理解出来なかったから記憶から抹消していたこと。



 そうだ。


 そうだった。




 あの時十六夜は、泣いていたんだ……。


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