~協会~

 翌朝、私は朔夜に協会本部へ送って貰っていた。



 昨日朔夜の買ってきた服は、案の定露出の多いものばかりだった。



 「夜寝るときはこれを着て寝ろ」と言って朔夜が差し出したのはネグリジェ。


 ただしスケスケ……。


 よく破り捨てなかったな、と今でも思う。



 ちなみに昨日の夜はそのネグリジェは着ずに、シャツとショーツのままで寝た。


 スケスケよりは幾分ましなはずだから……。




 でも普段着だって似たようなもの。


 胸元が大きく開いたワンピースやら、ギリギリまでスリットが入ったミディスカートやら……。


 とにかく、何処かしら露出がある服ばかりだった。




「こんなの着れるかーーー!」


 とプチ切れると。



「じゃあ裸でいろ。こういうの以外の服は絶対買ってやらないからな」


 と返される。



 ……何だか段々子供のケンカに近くなってきている気がした。





 何にせよ、着るものは朔夜が買ってきた服しかない。


 私は仕方なく、その中から比較的露出の少ないチュニックとクロップドパンツを選んで着替えた。


 肩より少し長い位のナチュラルブラウンの髪は、櫛を通しただけにした。




 少し不満そうな朔夜を無視して、私は協会に向かうことにした。



 で、送ってくれるという朔夜の言葉に甘えて、今朔夜の車の中にいるというわけだ。



 最初は断った。


 協会本部の場所を知らないだろうと思ったから。


 でも朔夜は知っいてるらしい。



「知り合いがいるからな……」


 と言った朔夜はニヤリと笑っていた。




 ハンターの知り合い、ね……。


 何だか不思議な気持ちで反復する。


 ほんの百年前までは血で血を洗うような敵対関係だったハンターと吸血鬼。


 なのに今ではハンターと吸血鬼が直接対決するようなことはほとんどなくなった。


 吸血鬼が事件を起こして捕獲するために闘うことはあっても、その場で殺したりすることはない。



 本当に、今と昔では違うことが多い。




 特に面白いのが良くある吸血鬼伝説。


 太陽や十字架が苦手だとかそういうやつ。


 和解が成された百年前までずっと信じられてきた。


 でもほとんどが間違い。



 太陽が苦手なのは事実だけど、それはただ単に嫌いってだけで、太陽の光を浴びただけで灰になったりなんかしない。


 ニンニクが苦手ってのもそう。


 吸血鬼は嗅覚が人より良いから、キツイ臭いが全般的に駄目なだけ。



 心臓に木のくいを打たないと死なないというのも違う。


 確かに人より体は丈夫だけれど、人と同じように薬や病気でも死ぬ。



 そして、咬まれたら吸血鬼になるというのもでっち上げ。


 事実、何人も咬まれたという人を見たけれど、吸血鬼になった人はいなかった。




 そうやって今と昔の違いに思いを馳せていると、本部のあるビルに近づいてきた。




 一見何処にでもあるようなオフィスビル。


 でも中で働いているのは、皆ハンター協会に所属する人達だ。



 本部のビルの前で車が止まった。


「ありがとう。じゃあ行ってくる」


「どれくらいかかる?」


 車から出ようとする私に朔夜が聞いてきた。



「う~ん。お昼までには終わると思うけど」


「じゃあ終わったら近くの喫茶店で待ってろ」


「何?  迎えに来てくれるの?」


「当たり前だ。お前は俺のものだ。ある程度の自由行動は許すが、それ以外は一緒にいてもらう」


「…………」



 何かが、一気にさめていく気がした。




 私は何を期待していたんだろう。


 出会ってたった2日だけれど、朔夜がこういう奴だってのは分かってたはずなのに。



 私は何だか不機嫌になった。


 朔夜に返事をするのも嫌で、何も言わずに車を出る。



「分かったな? 待っていろよ?」


 冷静な声で念を押す朔夜にまたイラッとする。


 私はやっぱり何も言わずに車のドアを力一杯閉めた。


 そしてもう朔夜の方を振り返りもせず、ビルの中に入って行った。





 私はビルの中に入ると、エレベーターで三階に向かった。


 三階には吸血鬼とのトラブルについての相談所がある。



 朔夜は無駄だと言ったけれど、やっぱり実際に相談してみないことには分からない。



 三階に着くと、標示に従って相談所受け付けまで行く。


 相談所はいていて、すぐに担当の人が来てくれた。



「今日はどの様なご相談ですか?」


 その担当の女の人は、落ち着いた声音で言う。



「えっと……今ある吸血鬼に命を狙われてて……」


「命を? 詳しくお話し下さい」


 女の人は少し真剣な眼差しになって続きを促した。



「はい、その吸血鬼……朔夜って言うんですけど」


「朔夜?」


 女の人がいぶかしむように眉をひそめる。



「は、はい……」


「少々お待ちください」


 私が女の人の反応に少し驚いていると、彼女はそう言って席を立った。



 十五分ほど経って、女の人が戻って来た。


 でも彼女は座らずに言う。



「本部長が直々にお話しされるそうです」


「は、え? 本部長が!?」


 何でいきなりそんな偉い人が出てくるのか。



 朔夜の名前を出しただけなのに。


 朔夜って本当に何者!?




 連れられたのは最上階だった。


 エレベーターを下り、廊下を少し歩いたところの部屋に案内される。



「本部長、お連れいたしました」


 案内してくれた女性がそう言ってドアをノックすると、「どうぞ」と軽い様子の口調が返ってきた。



「それではお入り下さい」


 女性は私にそう指示して去って行った。



 私は緊張しながら「失礼します」と言って部屋に入る。



 中にいたのは中年の男性。


 スーツが決まっていてダンディーな感じだ。


「まあ、まずは座って楽にしてくれ」


 促されてソファーに座ると、コーヒーが出された。


 出されたものに手をつけないのは失礼だと思って、砂糖とミルクを一つずつ入れて飲んだ。


 でも緊張のせいか味は良く分からない。



「私は佐久間さくま 佑樹ゆうき。ここの部長をさせて貰っている」


「は、はい。……私は波多 望と言います」


「知ってるよ。ハンター登録されてるからね。……それで、朔夜に命を狙われてると聞いたけれど……」


「はい、その通りです」


「詳しく話してくれるかな?」


 と言われ、私は一昨日の夜に出会ったところから話し始める。




 何をされたのか詳しく話すのは恥ずかしいので、そこら辺は省いた。



「それで、朔夜のことなんですけど……どうにかしてもらえないでしょうか?」


 一通り話し終わり、私自身の願いを言った。


 でも佐久間さんの返事は、昨日朔夜が言った通りのものだった。



「うーん……。何とかしてやりたい気持ちもあるんだけどねぇ。相手が朔夜じゃあどうにも出来ないよ」




 やっぱり、そうなるんだ……。




「理由、聞いてもいいですか?」



 朔夜に先に言われていたせいか、あまりショックはなかった。


 その代わり朔夜への疑問が高まる。




 朔夜は何者?



「うーん……言っちゃっていいのかなぁ? 言ったら朔夜怒りそうだけど……」


 朔夜を直接知っている様な言い方だった。


 もしかすると、朔夜の言っていた知り合いとは佐久間さんのことなのかも知れない。



「でも君、聞かなきゃ納得出来ないんだろう?」


「当たり前です!」


 私は緊張していたことも忘れ、はっきりと言った。



「じゃあまあいいか。んーとね、朔夜は日本で唯一の純血種なんだ」


「純血種……?」


 聞き慣れていないフレーズ。



 私は記憶の中から該当する物を一生懸命探した。


 そして思い出す。



 純血種とは、人間の血が一滴も混じっていない吸血鬼のこと。




 吸血鬼は人間との間にも子を作れる。


 ただでさえ人間より吸血鬼は数が少ないため、種を残すために人間と子を残す事が多い。


 そんな中で純血が現代まで残っているのは珍しい。



「朔夜が……純血種?」


 タダ者ではないと思ったけれど、そんな絶滅危惧種だとは思わなかった。



「そうだよ。そして純血種は弱体化した今の吸血鬼達とはわけが違う。その力は計り知れない」


「だから……私の望みより朔夜の望みの方が優先されると?」


「うん、つまりはそういうことだ。まぁ君の話だと、生きるか死ぬかは君次第という感じだから、あとは君が頑張るしか無いんじゃないかな」



 無責任な事を言ってくれる。


 たった2日の間で何度も危ない状況に陥ったから、ダメ元で相談しに来たというのに。




「それにしても、朔夜まだこの辺りにいたんだね……」


 佐久間さんは突然懐かしそうに言った。




 やっぱり知り合いなのかな?



 ついでだし、聞いてみることにした。


「朔夜と……知り合いなんですか?」


「ん? ああ……初めて会ったのは私が十歳のころだったかな。最後に会ったのは私がここの部長に就任した時だ。もうかれこれ十年以上会ってないよ」



 ……ん?



「ちなみに佐久間さんが部長に就任したのっていくつの時ですか?」


「確か三十くらいだったかな」



 やっぱりおかしい……。


 逆算すると、朔夜と佐久間さんが初めて会ったのは三十年前という事になる。



 朔夜、見た目そんなにいってないわよね……?


 二十代後半くらいにしか見えない。




 私がそうやって考え込んでいると、佐久間さんが察して笑い出した。


「っぷ、はは。……朔夜の歳が気になるのかな?」


「……はい」


 笑われた事に少し腹が立って、ジト目で返事をした。



「私にも分からないな。純血種は寿命が長いから……。少なくとも、初めて会った頃から最後に会った頃まで姿が変わった様子はなかったよ」


 という事は今もあまり変わりないと言う事だろうか。



 朔夜って、本当は何歳なの!?


 ここまでくると本気で気になってきた。



「そんなに気になるんだったら、朔夜に直接聞いてみると良いよ。答えてくれるかは分からないけどね」


「……そうしてみます」


 佐久間さんも知らないというのだから、それしか方法は無いだろう。


 実際に聞いたとしてもちゃんと答えてくれるかは怪しいところだけれど。




「とにかく、協会側からは頑張ってとしか言えないね」


 話を戻して改めて言われた。



「そうですか」


 私は力無くそう答える。




「あ、そうだ。朔夜がいるなら君に頼もうかな、あの事件」


 突然思い出したように佐久間さんが手をポンと叩いた。



「あの事件?」


 私はいぶかしみながら繰り返す。



「ああ、ちょっと変な事件でね。今までの犠牲者は三人。皆女性なんだが……」


 

 いったん言葉を濁す佐久間さん。


 でも、意を決したように話を続けた。



「皆、血液を致死量ギリギリまで吸われてて……そして吸い跡以外にもキスマークがあったんだ」


「吸い跡以外にもですか?」


「そう。別に強姦されたわけでも無いのにいたるところにあるんだよ。ただ奇妙なのは、三人共両手両足、あと心臓の辺りにやけにはっきりと跡が残っている事だね」



 ドクンッ



 心臓が跳ねた。



 見つけた……。



 


 焦点の合わない目を見開き、私は自分の肩を抱いた。


 今にも震えそうなのを大きく深呼吸して抑える。




 両手両足と心臓へのキスマーク。



 あいつだ……間違いない。



 数年前、初めて見た吸血鬼……両親の仇……。





「眠らされている間にやられたらしくてね、催眠術の手だれみたいだからハンター一人に任せるのは不安で……でも、やっぱり止めておくかい? 何だか具合が悪そうだ」



 私の様子を見て心配したのか、佐久間さんはそう申し出た。



 でも……。



「いいえ!」


 私は無我夢中で佐久間さんに掴みかかった。



「いいえ、やります! 絶対に!」



 ずっと探していたんだ、見つけたからには逃がすもんか!



 佐久間さんは私の様子に驚いていたけど、私は本当に必死だったんだ。



「そ、そうか? じゃあ頼むよ。これがこれまでの事件の資料だ」


 佐久間さんがデスクに置いてあったA4の封筒をとり、私に差し出す。



 私はそれをしっかりと両手で受け取った。



「くれぐれも一人で行動しないでくれよ? 君にこの事件を任せたのは、朔夜がいるからだという事を忘れないでくれ」


 佐久間さんは、最後に念を押してから私を帰した。




 そのまま一階に下りた私は、一階にある図書室に行って渡された資料を見ることにした。




 昼まではまだまだ時間がある。


 それに、やるはずだったことはもう必要なくなった。




 私はハンターになってから毎日のように本部に通い、吸血鬼の事件をくまなく調べていた。



 それは両親の仇である吸血鬼を探し出すため。





 でももう探さなくてもいい。



 だって、見つけたから。




 私は資料を封筒から出して一通り机の上に並べた。



 そしてはじめに写真を見る。


 両手足と胸の辺りの拡大写真だ。



「やっぱり間違いない……」



 両手両足の甲、その中央。



 まるでキリストのようにそこに杭を打ち付け、自由を奪うために付けた印。



 心臓部分はその人の命、もしくはその人の全てを奪うという意思表示。




 私の体に跡を付けながら、あいつがご丁寧に説明していたのと同じ……。



 反吐が出る。








 ――何の抵抗も出来なかったあの頃の私。


 でも今は違う。



 今なら、きっと対抗出来る。



 見つけ出して、本当なら殺してやりたい。



 でもハンターは勝手に吸血鬼を殺してはいけないことになっている。


 命に関わるような特例を除き、その法は絶対だった。



 だから、それが無理ならせめて捕まえて協会に突き出す。




 あいつがこの世界のどこかで今ものうのうと生きている限り、私は先に進め無いんだ。




 この事件は、きっと……ううん。

 間違いなく誘いだ。


 私を誘い出すためにあいつが起こした事件。




 佐久間さんが私にこの事件を任せたのは偶然? それとも必然?



 何にせよ、私の中のあいつと決着をつけるときが来たという事だろう。




 望むところ。





 絶対に、逃がさない!

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