THE FAST TAKE IN BAND(KAC20212)

つとむュー

THE FAST TAKE IN BAND

『明日集合。突然で悪いが』


 リーダーのヒュから、グループラインが回ってきた。

 俺が所属するロックバンド「ムイタイティ」のグループラインに。

 というか、いきなり明日ってどういうことだよ。

 練習予定日でもないし、そもそもライブも最近やってない。


『めんどくせえ、パス』


 早速、ベースのオミから返信が来る。


『釣りに行くから無理』


 今度はドラムのツリ。

 ニックネームの「ツリ」は、もちろん釣り好き由来だ。


『なんだよ、来れるのギムだけかよ』


 いやいや、俺は「行く」なんて返信してないぞ。

 まあ、グループラインを見ている時点で既読が付いているはずだから、了承したことにされても文句は言えないが。


『ビッグになれるチャンスなのにな』


 えっ、それってどういうこと?


『あの話題の動画チャンネルからお誘いがあったのにな』


 ヒュのやつ、気になることを小出しにするじゃねえか。

 すると早速、オミが食いついた。


『話題の動画チャンネルってどれだよ?』


 それって……ま、まさか……!?


『一発撮りだよ。俺たちの演奏を撮りたいってオファーが来たのにな』


 な、な、なんだってぇ!!?

 グループラインに衝撃が走る。

 実際に走ったかどうかは顔を合わせてないから分からないが、衝撃波はすぐにメンバーからの返信となって表れた。


『やっぱ行く』

『天気悪いから釣りは諦めた』

『もちろん俺も行く』


 思わず自分も返信していた。



 ◇



「本日はお集まりいただき、ありがとうございます」


 東京のスタジオにバンドメンバーが集まると、派手なメガネを掛けたひょろりと背の高い志滝という人物が説明を始めた。

 もらった名刺を見ると、『THE FAST TAKE IN BAND』プロデューサーと書いてある。


「うちの動画チャンネルでは、このたび一発撮りのバンド版を始めることになりまして、実力派バンドに声をかけているんです」


 ――実力派バンド。

 上手い言葉だ。

 バンドをやっている以上、実力うんぬんという話は必ずつきまとってくる。そういう俺たちの自尊心を巧妙にくすぐる言葉なのだ。


「皆さんもご存知の通り、一発撮りは難易度が高いものです。うちのチャンネルでは演出のためさらに難易度が高くなっておりまして、それに納得していただけないと今日の話しは無しということになるのですが……」


 俺たち四人は顔を見合わせた。

 一応プロとはいえ、いまだヒットには恵まれていない。

 ライブの固定客がいるから食べれるくらいにはやっていけるが、新型コロナの影響でそれもかなりヤバくなっている。

 ここで一発当てないと、この先は無いかもしれない。


 つまり、俺たちに引き受けないという選択肢は無いのだ。


 一発撮りは難しい。

 それを承知で四人はここに集まった。

 難易度がさらに高くなってとしても、逃げ出そうと目を伏せるメンバーは一人もいなかった。


「と言いますと?」


 一応、リーダーのヒュがプロデューサーに尋ねる。

 そこで聞かされた内容に、俺たちがちょっとだけブルったのは内緒だ。


「まず、楽器やエフェクターは、こちらで用意したものを使っていただきます。撮影時に色を合わせるという演出のためです。黒を基調とした服装をお願いしたのもそのためです。ピックやスティックはご自分のを使っていただいて構いませんが」

 

 俺はキーボードだからあまり影響はなさそうだが、他のメンバーは大変だろう。

 初めて触る楽器で一発撮り。これは確かに難易度が高い。


「同じ理由で、キーボードもエレピだけになります。それでよろしいですか?」


 俺はプロデューサーに伝わるよう、大きく、静かにうなずいた。

 エレピとはエレクトリックピアノのこと。まあ、様々な音色を使わずに済む分、いつもよりは楽になると言えるかもしれない。音のバリエーションは乏しくなってしまうが。


「曲は代表曲で構いません。皆さん初めて触る楽器ですので、三十分程度の練習時間を設けます。ただし、四人で合わせるのは本番の一回だけです」


 皆がゴクリと唾を飲む。

 こうして俺たちの将来を掛けた、一発撮りチャレンジが始まったのだ。



 ◇



 録音ブースに入ると、そこは白と黒の世界だった。

 周囲の壁はすべて白。そして白と黒に彩られた楽器が置いてある。

 驚くべきはその配置だ。中央の四角形の空間を囲むように、ギター、ベース、ドラム、キーボードが対面しているのだ。これから四人で麻雀でも興じるかのごとく。


 こんな配置はライブでは考えられない。

 一発撮りならではシチュエーションだ。


 早速俺は、エレピの前に立って電源を入れた。

 他のメンバも楽器を触って音を出し始める。

 チューニング、弦の硬さ、ネックの感触、ドラムの位置など、いろいろと確認して慣れる必要があるだろう。


 その点、俺は気楽なものだ。

 音色を変える必要もなく、目の前の鍵盤を叩くだけなのだから。

 試しに弾いて見ると、ごく一般的なエレピだった。鍵盤の重さも普通、ペダルの硬さも普通。鍵盤の感触も、特に指が滑るとか引っかかるということもない。


 しかし余裕があるからこそ、俺は大事なことに気がついた。

 それはとても重要なことに。

 だから俺は、目の前のマイクを使ってプロデューサーに訊いてみる。


「あのぅ、モニターは無いんでしょうか?」


 モニターとは、モニタースピーカーのことだ。

 それぞれの演奏者の近くに置かれていて、四人の出す音がミックスされて流れて来るので自分の音のバランスを確認することができる。

 つまりこれがないと、どれくらいの強さで鍵盤を叩いていいのか分からなくなるのだ。


『説明が足りずに申し訳ありません。モニターやヘッドホン無しというのも難易度の一つになっておりまして……』


 壁のスピーカーからプロデューサーの言葉が流れる。

 って、マジか。

 モニター無しで演奏って、暗闇の中を手探りで歩くようなものだぞ。

 まあ、多少バランスが崩れてしまっても、ミックスダウンで上手くやってくれるのかもしれないが。


 仕方ない。なるようになるだろうと、この時俺は楽観視してしまった。

 他のメンバーを見ても、皆初めての楽器に慣れるのに必死になっている。

 時が戻せるなら、この時の自分を殴ってやりたい。

 俺たちはこの後、モニター無しの一発撮りの恐ろしさを、嫌というほど味わうことになったのだから。



 ◇



「じゃあ、代表曲の『ムイタ、ワフワフ』いきます!」


 リーダのヒュが声を上げる。

 俺たちは大きく息を吸うと、顔を見合わせた。


 曲はあらかじめ決めてあった。だから問題はない。

 しかしこの楽器配置は緊張する。メンバー全員で顔を突き合わせて演奏するなんて初めてのこと。カメラが回って一発撮りをするとなれば尚更だ。

 皆の表情は、緊張でガチガチに強張っていた。


 四方を囲むカメラのランプが一斉に赤く灯る。

 さあ、いよいよだ。

 ドラムのツリがスティックを上げた。

 彼がスティックを叩くと、ヒュがイントロのギターリフを弾き始める。


 ていうか、おいおい、いきなり走り始めてどうすんだよ!


 ヒュの演奏は、緊張のためか、いつもよりも各段に早くなってしまっているのだ。

 そしてそのスピードは次第に加速する。


 演奏のスピードが普段よりも早くなってしまうことを『走る』と言う。

 アマチュアバンドではよくある現象だ。

 だが俺たちは底辺と言えどもプロ。一発撮りで緊張しているとはいえ、あってはならない出来事なのだ。


 続いて演奏を開始したのは、ベースのオミ。

 彼もヒュの走りにお付き合いしてしまった。

 そしてドラムが入る。リズムキープが売りのツリでさえ、コントロールが不可能な状態になっている。


 ええい、もう破れかぶれだ!


 いつもより早いペースで俺は鍵盤を叩く。

 音色を変える必要がないとはいえ、高速で鍵盤を叩くのはかなりきつい。

 こんなに速い演奏で、サビのコーラスの息継ぎがちゃんとできるだろうか?

 俺の不安は的中する。


「ムイタら、ワフワフ!(ムイタら、ワフワフ!)」


 ヤベぇ、声裏返った。


「オトナだ、ワフワフ!(オトナだ、ワフワフ!)」


 もう最後まで裏声で通すぞ!


「ムイタぞ、ワフワフ!(ムイタぞ、ワフワフ!)」


 おいおいさらに走るなよ。


「シビレる、ワフワフ!(シビレる、ワフワフ!)」


 ああ、もうめちゃくちゃじゃないかっ!!

 

 ついには誰にもコントロールできなくなってしまう。

 ――走る、走る、走る、走る、走る、走る!

 俺の鍵盤さばきは超絶技巧のようになって曲は終わった。



 ◇



「ブラボーブラボー、最高の演奏でした!」


 カメラの赤ランプが消えると、満面の笑みと拍手でプロデューサーが演奏ブースに入ってきた。

 他のメンバーは一様に脱力している。

 俺も限界だったが、あえて訊いてみた。


「こんな演奏で良かったんですか?」

「もう最高です。断トツの『走り』でしたよ」


 えっ?

 断トツの『走り』ってどういうこと?

 普通、走ったらダメと言われるのがバンド演奏だと思うのだが……。


「一発撮りチャンネル『THE FAST TAKE IN BAND』にふさわしい演奏でした」


 プロデューサーは、名刺に書かれたチャンネル名を指差す。

 まさか、あれは、ただのスペルミスではなかったのか?


「バンド演奏がどれだけ『走る』のかを競う『FAST』ですから……」

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