第26話 ロマンティック街道を経て

 バスはゆく。

 窓から広々とした牧草地帯や森が見えた。

 街の中と外が壁によってハッキリと区別される光景は不思議な感じだった。


 ロマンティック街道沿いの街や城は日本人にも大人気の観光名所。なので日本語で書かれた看板や標識も多い。

 当地の人々が慣れない片仮名をどうにか手書きした結果「ロマソティック街道」になることも。日本人だって片仮名を覚えたばかりの幼い頃はそうだよね、と親しみが湧く。

 商魂のなかに一分の友好がもしもあったら嬉しいと思う。


 「自由都市」の実物を見た。

 「都市の空気は自由にする」というドイツの慣用句がある。もともとは、農奴も都市に出て条件を満たせば自由な身分になれるという、封建社会を背景とした言葉。しかし現代にも通じる都会への憧れを絶妙に表している。

 平成日本の中高生だった私や同級生にも、世界史の授業で聞いて、時代と国を超えて刺さった言葉。

 

 当時の都市といまの都会は違う。また、道中のいろんなものが(高級ホテルの水回りでさえ)日本ほど便利でも快適でもないというガイドさんの言葉もその通りだった。

 けれど私はこの旅行の間ずっと自由を感じていた。



 ところで、この日に見た少し面白いもので、二つの街のどちらかにあったのは確かだが、どちらなのか思い出せない物がある。

 教会の一画にある無人販売コーナーに、"BOOKMARK" の札があった。

 名所で売っている栞は良いものだ。場所を取らず高価でなく、絵柄や模様によって当地の雰囲気を伝える……と思いきや、そこにあるものは栞に見えなかった。

 栞というにはあまりに大きく厚い。本を傷めないためか、角は削られている。

 鍋をかき回すための木ベラを真っ直ぐにしたような。禅僧が「喝ッ!」とやるときの棒にも似ている。

 あれが栞として使われる場面とは、あれを挟んでも大丈夫な本とは、一体何だろうと不思議だった。


 (いま思えば、本を閉じるときに挟むのではなく、特定のページを開いた状態でしばらく押さえておくための重しかもしれない。謎のままだけれど)


 やがて車窓の景色に、建物や人並みが増えてくる。壁に囲まれていない街が近いのだ。

 もうすぐホッケンハイム。ヨーロッパを発つまでの最後の宿泊地だ。




(次回、ホッケンハイム)


 

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