第24話 軽めのランチ同盟

 バスはローテンブルクへ向かう。

 見せてもらった地図によると、この街は天狗が横を向いたような形をしている。

 ガイドさんがリーメンシュナイダーという彫刻家の話をしていて、この人が制作した「聖血祭壇」をぜひ見に行こうと思った。

 それは聖ヤコブ教会にある。


 着いた時は午後2時頃だったと思う。

 誰かさんのせいで予定より遅れたがランチタイムの範囲内。


 ローテンブルクも壁に囲まれている。

『進撃の巨人』ファンの友達に見せたいような、いい壁だ。

 壁の上部の内側は庇のついた通路になっていて、人が歩いてギリギリすれ違えるくらいの幅がある。外を見張るための小窓が一定の間隔に作られている。地面から上り下りするための階段も、ところどころにある。 

 一周すると1時間ほどだという。


 門からすぐのところで振り返ると、分かれ道が見える。向かって左はさっきくぐった門に通じ、右の道は若干下り坂になっている。

 趣深い風景を早速一枚撮る。保存した画像を確認すると、いつか見たような……。

 それもそのはず、いろんな雑誌の写真やらアニメ漫画ゲームの背景やらで見かける「中世ヨーロッパ風のメルヘンチックな街並み」の取材元だ。

 この分かれ道は絵になる。

 

 街の中央のマルクト広場に時計台がある。この旅行のときはメンテナンス中だった。

 本来なら、カラクリ人形芝居を見られるのだそう。これも三十年戦争のころの伝説で、一気飲みの挑戦に応じて街を救ったヌッシュ市長の物語。


 名所旧跡のほかにも賑やかな店が並ぶ、大きな街だ。今日は日曜日なので安息日を重んじて休む店もあるが、営業するところが多くお土産を選ぶのにぴったりだ。


 私たちはというと、昼食込みの自由行動だ。お昼をディンケルスビュールで済ませた人もいたが、たいていはこれから。

 町の名物の一つに、シュネーバル(雪玉)というお菓子がある。ドーナツ生地を紐状に伸ばして丸め、球状に整えて揚げたもの。粉砂糖で白くなっているのが定番。おやつにも軽食にも良い。


 ところで、私は車酔いしていた。

 ガイドさんのおすすめはシュネーバルの小さいのだったが、未知の揚げ菓子を食べたいと思えなかった。

 

 昼ごはんをカフェで軽く済ませようとしているグループにまぜてもらうことにした。

 まず飲み物を人数分注文するが、食べ物は食べたいもの(おもにパンかケーキ)が早く決まった人から注文する。フォークは人数分持って来てもらう。届いたものに口をつける前に希望者でシェアして、それぞれ自分のフォークで食べる……という荒技。

 なお、メニューを頼んだ人が切り分ける。

 物足りなければ適宜追加して良い。

 

 さくらんぼのケーキとチーズケーキを少しずつ食べた。どちらも美味しくて満足だ。

 割り勘だったが、私が最年少だったので支払いを少なくして頂いた。ありがたい。


 コロナ禍より何年も前のことで、幸運にも、食事を分け合うことに抵抗が少なくなる条件が揃っていた。

 ツアー参加者のほとんどが夫婦か母娘の2人組。しかも、このグループは年配で食の細い方が多く、ドイツの食事は量が多いという見解が一致していた。しかし旅先でいろんなものを味わいたい気持ちがある。

 そこで赤の他人でありながら仲間に入れてもらったのが私だった。



 カフェを出て聖ヤコブ教会へ行く。他の人たちは買い物に行くので、一人になった。


 教会の手前に、髭を伸ばした質素な服装の男の像がある。巡礼の姿だろう(※)。

 ホタテの貝殻に紐をつけて首から下げているのは巡礼の印。泉の水をすくって飲んだり、飲食物の施しを受けるときの皿にもなる。ホタテは聖ヤコブの象徴でもある。

 これはリーメンシュナイダー作品とは違う、もっと新しい時代のものだ。


 建物の外装にも素晴らしい彫刻がある。

「ゲッセマネの祈り」。彫刻の奥行きのぶん小部屋のような空間になっており、街の景色のなかでここだけ聖書の世界が切り取られたような趣きだ。

 キリストの処刑前日を表現したもの……とこの時知っていたら、更に深い印象を受けたかもしれない。


 聖血祭壇は2階にあり、周りはステンドグラスの光で穏やかに照らされている。

 十字軍が聖地エルサレムから持ち帰ったキリストの血が祀られているそうだ。

 色を塗っていない木製の祭壇で、派手ではないが、圧倒されるような迫力がある。崇高な美しさ。


 1階に下りて、無人売店で十字架の小さなお守りを購入した。2ユーロ。この時から数年はこの十字架を同じ財布に入れていた。


 まだ時間はたっぷりある。

 市庁舎の塔に登ってみることを思いついた。

 この塔のために、それまでの道中で最大の不安と恐怖に苛まれるとは思わなかった。読者の皆様のご想像とはたぶん違う方向性で。

 高層建築物の展望台より小さな梯子のほうが怖いという感覚を、どなたかお分かりいただけるだろうか……?



(次回、ローテンブルク市庁舎の塔)



※ この像の名称を確かめようとしたら、サイトや記事によって「巡礼の像」とも「聖ヤコブの像」とも呼ばれている。聖ヤコブの画像とお顔が似ているような気がする。








 

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