第18話 白鳥の村

前回のあらすじ:仏独両国の労働者の権利によって、私たちは二度寝の機会を得た。 



 この日の朝食も美味しかったはず。

 寝不足のせいか、けっきょく朝食後から集合時間まで二度寝も同然のぼんやりした過ごし方をしてしまった。

 ともあれ、今日はいよいよ憧れのノイシュヴァンシュタイン城へ行くのだ。


 私たちのバスはまず、城が建てられている山の麓にある村シュヴァンガウを目指す。そこからシャトルバスに乗る予定だが、下りてから城まで山道をかなり歩くそうだ。


 お城へゆくのでいつもよりほんの少しだけフェミニン(当社比)な服装だ。ヴェルサイユ宮殿の時とだいたい同じ、スカートとヒールの低いパンプス。冬ならもっとしっかりとした装備が要るそうだが、今は夏で、私は元気だけが取り柄だった。


 シュヴァンガウには観光客向けのお店が多い。そこでは昼食と、その後に予定のシャトルバスに乗る前までの自由時間がある。買い物タイム込みで。



 バスを降りる前にお土産事情の話をしたい。

 じつはお土産の用意は済んだも同然だ。

 出国前に通販カタログで、帰宅と同じ日に到着するように注文してある。カタログは旅券事務所の脇の旅行用品店でもらった。


 お土産を考えるのも配るのもきらいではないが、そのために現地で焦るのはいやだ。現地で見つけた素敵なものを贈れたら素晴らしいが、それはごく限られた人と物にしかできない。付き合いのある人みんなには足りないのだ。


 というのも、帰れば近所や親戚のつきあいの盛んな環境で、個人間というより世帯ぐるみの交流が多い。誰かに深い印象を残すこと以上に、消え物でも相手方の皆に行き渡ることが肝心だ。


 よって箱菓子こそ最強の定番。


 ちなみにフランスで買ったメール・プラールのサブレの小さい箱は、イベント会場で会うオタク仲間への差し入れだ。


 シュヴァンガウの土産物店では、手の届く範囲で素敵なものがあればいいな、と思う。気楽にごく親しい人と自分のための買い物をしたい。

 たとえ丁度良いものが見つからなくても通販の箱菓子がある。備えあれば憂なし。


 

  *  *  *



 バスを降りると緑ゆかしき高原の観光地。

 「シュヴァンガウ」とカタカナで書かれた標識もある。

 だいたいどの店や家のまわりにも、樹木が青々と茂る。植木も自生しているのを手入れしたのもあるだろう。ある時期の流行か植生か、名前を知らないが、白い花を咲かせている種類の木が多い。


 ノイシュヴァンシュタイン城も勿論楽しみだが、この村をそぞろ歩いていたくなる。


 ほどなくして昼食のレストランに着いた。

 カフェ・レストラン・カインツ。

 外装の正面に壁画が!

 こういうの見たかった! 

 描かれているのは月と狩猟の女神ダイアナ。自然の恵みの予感が溢れる。

 正面以外の壁は窓が広く、爽やかな印象。緑豊かな山の景色も楽しめる。ソーセージ盛り合わせがとても美味しい。

 同じテーブルに、二組の母娘がいた。一組は娘さんの結婚前に思い出づくり。もう一組はカメラを趣味とし、風景写真を楽しみにしているそうだ。

 思えば、このツアーに参加していたのは殆ど、ご夫婦か母娘の二人組だった。



 お昼が済んだら日本語の通じるお土産物店で買い物。日本円も使える。

 特に気に入ったのが、フェイラー社のタオル。地域限定、ノイシュヴァンシュタイン城の四季をモチーフにした4枚組だ。一組で約50ユーロ。ディズニーアニメ『バンビ』コラボとそうでないのの2種類ある。

 4枚組といっても箱などに入っておらず、小袋をタオルの枚数分もらえるので配分を考えるうえで助かる。たとえばの話、スミレの花のような友達に、春のコラボ版とコラボしない版の2枚あげる……といったことが可能だ。

 2種類1組ずつ買って両親と恋人に。

 それと忘れてはならないのが、シュタイフ社のテディベア!

 従姉の娘用と自分用に小さいのを2つ。


 これらをどう日本へ持ち帰ったのかよく覚えていない。バスに預けたか、現地から発送したか、案外バッグに入れて持ち歩いたままノイシュヴァンシュタイン城に行ったのかもしれない。

 日本語の堪能な中国人とおぼしき若い女性に対応してもらって発送伝票を書いた覚えがあるのだが、それがこのお店だったか、2日後のハイデルベルグだったか、判然としない。


 このお店もすてきな建物で、売り場は吹き抜けになっている。左右の階段を登ったところの通路にトイレの入り口がある。

 トイレタイムがてら、上の通路から売り場を見てみたくなり、階段を登った。洒落た光景の一部となることが楽しい。みんな買い物に夢中で誰もこちらを見ていないがそれでいいのだ。

 

 丘の上にホーエンシュヴァンガウ城も見える。オレンジ色がかった黄土色の壁が緑に映えて美しい。ノイシュヴァンシュタイン城の「狂王」ルードヴィヒ2世の父親マクシミリアン2世によって改修された、名高いお城だ。けれど行かなかった。

 所要時間を聞いてみると、急いで往復するのがやっとで、それより村をゆっくり見て回るほうが楽しそうだ。

 このお城をかねてから楽しみにしていた人たちはとっくに出発していた。


 強烈なインパクトを残したのが、ホットドッグの立体看板。もしこれが人間の子供キャラクターの形であれば「等身大フィギュア」と呼べる大きさと立体感だが、ホットドッグなのでどう呼べばいいのか……。

 ホットドッグのソーセージの部分に顔があり、パンから筋肉ムキムキの手足が生えている。片手を腰に、もう片方の手にマスタードの容器を握って勢いよく自分の頭にぶっかけている。いい笑顔で。

 近くの軽食屋さんのものらしいが、どのお店なのかよく分からない位置にポツンとあった。

 中世風の趣きもへったくれもない、俗世間そのものの光景がおもしろかった。

 

 買い物を終えた人が増えてくると、ホーエンシュヴァンガウ城をバックに写真を撮り合いはじめた。

 撮る役目は、写真を趣味とする人やネットに詳しい人が引き受けてくれていた。私も撮ってもらった。


 集合時間にはホーエンシュヴァンガウ城に行っていた人たちが戻ってきた。詳しく話を聞いてみたかったが、シャトルバス乗り場に向かって歩きながらではあまりよく聞こえなかった。

 

 シャトルバスでは満員で立っていたが、若いご夫婦の隣にいて雑談して過ごした。何を話したか思い出せないが、奥さんは綺麗で、旦那さんは気配り上手な面白い人だった。

 こんな人たちが若いうちに意中の人と結婚できるのだな、と自分のことを棚に上げて余計なお世話みたいなことを思った。





(次回、いよいよクライマックス!

ノイシュヴァンシュタイン城へ!!)

(最終回ではありません。帰国するまでが旅行記です!)


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る