第17話 夜の森の国
ツアーを乗せたバスは森の中の道を行く。
ライン川を越えるところを窓から眺めて、ようやくドイツに来たという実感が湧いた。
水面に明かりが微かに揺れて美しい。
川辺を過ぎたらまた森だ。
窓から見える月は満月というにはほんの少し欠けていたが、人狼が変身するところを想像したくなるような月夜だ。
月明かりに照らされるというより、月のほかに明かりといえばこのバスのライトしかない闇夜だ。
初めて現実に訪れたドイツの第一印象は、夜の森の国だった。
宿泊先のホテルが見えてきた。
坂道をくだっているところで、森の間から白い建物が見下ろせた。
「メルキュール・シュトゥットガルト・ジンデルフィンゲン・アン・デア・メッセ」
パリで泊まったのと同じメルキュールのホテルだが、深夜と地形のせいか実際以上に鬱蒼とした場所に見えた。
どう見てもレストランが開いている時間ではない。本来はここの夕食として郷土料理のマウルタッシェンというものを食べるはずだったのに。ドイツ風ラビオリと説明される(ドイツ風餃子とも)。サービスエリアの食事も楽しかったが、その点は残念。
ロビーで説明された話によると、明日は出発が遅くなるという。
運転手さんの労働条件として、今日の終業が遅かったぶん法律で定められた休息時間を挟むと当初の予定通りにバスを出せないのだ。
「朝食の時間は予定通りです。寝不足の方も間に合うように朝ごはんを済ませてから二度寝をなさってください」
また、「ノイシュヴァンシュタイン城には行けますので、安心してください」とのこと。
もともと入場後の滞在時間に制限のある場所なので、閉場時間にかからなければ着くのが早くても遅くても損得はなさそうだ。
私は楽天的というか呑気というか、パリを出るあたりからのトラブルにもかかわらず「ノイシュヴァンシュタイン城には必ず行ける」と信じて疑うことはなかった。
部屋に入ると、枕の上にハリボーのテディベア型グミキャンディが2つ置いてあった。
抽斗にアメニティのあの石鹸もある。
なんとなく嬉しい。
何もしていないのに疲れたのか、お風呂に入って寝るスイッチが入らない。
明日のノイシュヴァンシュタイン城が楽しみで仕方ないのに。
今だらだら起きているより明日(「寝るまで今日」システムを採用しております)の集合時間まで散歩でもするほうが楽しいに違いないのに。
元気を出すために電気ポットでお湯を沸かしてココアを飲んだ。
TVをつけるとバラエティらしき番組をやっていたので、その音を聞きながらシャワーを浴びることにした。
ここのバスタブにはシャワーカーテン代わりの透明な仕切り板がついている。洗面所と共通の床を濡らす心配なくシャワーを使えて快適だ。
しかし、身体を洗っている最中に悲鳴やおどろおどろしい音楽が聞こえてきた。TVがじつは怖い番組だった! リビングに出てリモコンのTVチャンネルのボタンを押しまくる。確実に怖さを吹き飛ばすような番組が見つからず、てきとうなところにして早々にシャワーを終えた。
ドイツ語をもっと真面目に勉強していれば出演者のセリフやテロップなどから見分けることが出来たのに。
私はむしろ怖い話が大好きなのだけれど、そのぶん怖くなりたくない時にふと思い出す、怖い話のストックが多い。それを掻き消すための入浴時のTVが今夜は逆効果だった。
ベッド脇のサイドボードに充電中の携帯電話(アラーム付)、小さいクマの真斗をはじめ、お守り代わりのマスコットを並べ、眠りに就こうとした。
怖い話を思い出しそうになり、TVをつけ、やっぱり消してをもう一巡して眠った。
おやすみなさい、静かな夜の森。
(次回、ノイシュヴァンシュタイン城の麓の村シュヴァンガウ)
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