第11話 ヴェルサイユ宮殿
昼食をとったレストランの名前や住所などをあいにく覚えていないが、まわりの都会的な洒落た町並も含めて、なんとなくイメージしていた「フランス」という感じだった。
メインはエスカルゴ。
食べ方は「ながらみ貝」に似ている……と言いたいのは私の郷愁で、もっと通りの良い例を挙げるなら、サザエの食べ方に似ている。貝殻の開口部から串を刺して、中身を取り出すのだ。
開口部に詰まった緑のものは香草だと、そのとき知った。
飲み物は、ワイン、シードル、オランジーナの三種類から選べる。オランジーナは炭酸入りのオレンジジュース。当時から好きだったが、日本では今より扱っているお店が少なかった。スッキリするものを飲みたかったので、これにした。
本場のシードルも気になっていたけれども!
この店からヴェルサイユ宮殿まで「フランスという感じ」の街なかをもう少しバスで移動した。
* * *
ヴェルサイユ宮殿は、パリから南西に約20km強ほど離れている。
日本で言えば、東京都の千代田区を起点に北東へ約20km行くと千葉県柏市がある。ちなみに「ベルサイユのばら」の作者の池田理代子先生は執筆当時に柏市にお住まいだったそう。
入場門が見えてきた。
遠目には門扉の高さのあまりない、間口の広い門に見えたが、それは違った。
門扉は高く、間口はすごく広い門だ。
バスの駐車場で迷うことのないよう、目印のクマのマスコットがしっかり写るように、携帯電話(まだスマホではなかった)のカメラで写真を撮ってから出発した。
入館できる時までかなり間があって、半時間ほど広大な庭園を見て回ったり記念写真を撮ったりして過ごした。
入館してすぐのロビーには、一部屋使って現代アートの大作が一点、展示されていた。
広く民衆に開かれた場所とする考えだ。
大人気の名所らしく宮殿内はかなり混雑しており、油断すると同じツアーの人たちを見失ないそうだ。
「ヴェルサイユ宮殿に来たのだ」という実感が湧いたのは、階段を登って2階の吹き抜けから、1階にある壮麗な王室礼拝堂が見えたときだ。
1770年5月16日、ルイ16世とマリー・アントワネットの結婚式が行われた礼拝堂。
奥の祭壇の輝きに、神様を見下ろすような構図で畏れ多いような気がしたが、天井画もすごい。見下ろされているのは、やはり人間のほうだった。
王族が宗教的儀式を行うのを二階席から見るような場所でもある。
ヨーロッパの王侯貴族といえば幼いころ読んだお伽話の印象が強いが、実像を知るほど、とても興味深くはあるが懐かしさとは程遠いものに思えてくるのだった。
国民の不満は国王の周りの女性に向かいがちなので、いっそのことルイ16世に愛妾がいればマリー・アントワネットの悲劇的な死は避けられたかもしれない。とか。
広大な宮殿は冬場は大きな暖炉で暖められるが、暖炉から遠いところは非常に寒かったそうだ。いたるところに掛けられたタペストリーは、一族の歴史や伝説を知らしめるためだけでなく、防寒も兼ねていた。とか。
王の間で椅子に座ることが許されるのは公爵夫人以上の身分ある人のみ。王子、王女も冷たい床に座る。とか。
けれど彼らの残した建造物や美術品は、懐かしい童話の世界が遠ざかるような寂しさを拭い去って余りある眼福だ。
今なお鮮やかな絵画や、装飾的な内装、大理石の床の模様。
その一方でタペストリーやソファのカバーなど、布製のものは色褪せている場合も多いが、歴史の長さを証明している。鮮やかなものとはまた違う美しさがある。
美しく時を重ねるための手入れの良さを、広大な建物に、敷地に、そこにある全ての物に、行き渡らせる人々の意志の力と技術力と財力!
その最たる空間が、鏡の間。
無限に続くかのように長い廊下で、至るところに絵画や彫刻が一定間隔に並んでいる。
窓からは、待ち時間の間に散策した庭園や、踏み入らなかった場所が上から見える。
美と視覚的情報の洪水だった。
宮殿を出るころには、もっとじっくり観たい気持ちもあるが、混雑のせいもあって歩き疲れていた。
屋外の石畳を集合場所に向かって歩き、足裏に凹凸を感じながら、クッションのきいたパンプスにして良かったと思った。
(次回、バスでパリへ向かいます)
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