第21話 おとぎのホテル

 私たちの観光バスはほどなくして、フュッセンの宿泊先「ルートポルトパーク・ホテル」に着いた。

 パステルカラーの壁面が愛らしい。周りの建物も素敵だが、大きくて桜色のこのホテルはひときわ目立つ。


 フュッセンの市章は、3本の人間の脚が三つ巴になった形をしている。3本の街道を表しており、それぞれアウグスブルク方面、ケンプテン方面、イタリア方面に通じるとか。ロマンティック街道の終点にあたる要所。

 後に大河ドラマ「いだてん」のオープニングを見たとき、ああ、フュッセンのマークに似ているなぁと懐かしくなった。


 鍵を受け取ってエレベーターに乗ろうとした時、ボタンが奇数階と偶数階との2列に分かれて半分ずれた並びになっていることに気づいた。建物の構造もそうなっているのだろうか? 中二階はロマン。


 自分の部屋のあるフロアに着いたら、パン

キッシュな服装にスキンヘッドのお兄さんを含むグループが通路にいる。1フロアが私たちのツアーでほぼ一杯になる状態に慣れていたので、明らかに雰囲気の違う宿泊客が同じ通路にいるのが新鮮な感じがした。

 パンキッシュ兄さんは私のとよく似たトランクを持っている。荷物にはパンクの要素がない。彼はそれをこちらに寄越した。この人たちは宿泊客ではなく、私たちの荷物を運んできたポーターだったのだ。勤務中の服装が自由!



 旅行中に泊まったホテルはみんなそれぞれ素敵なところだったが、建物の美しいホテルといえばここが一番。

 これから夕食だ。部屋に荷物を置いて、周りの人が上等な服を着てきた時に恥ずかしくないように……と母が勧めた少し良い服に着替えて夕食の食堂に移動した。


 食堂の内装もお城を思い出させる細かな縦縞模様。縦縞の一本一本にさらに小さな模様が並んでいる。上品な、どこか荘厳な雰囲気。西陽の差し込まない立地や気候のせいもあるだろう。着替えてきて良かった。

 

 前日食べられなかったマウルタッシェンが出た。今日のマウルタッシェンには肉が入っていないが、肉料理は他にあるからだ……と説明され、肉は多いほど良いのにと当時の私は思った。

 けれど、肉なしマウルタッシェンも豚肉の煮込みもそれぞれ良かったし、付け合わせのジャーマンポテトが驚くほど美味しい。

 他に焼きおにぎりをアレンジしたものがあった。そろそろお米を食べたくなってきた人のための心遣いだとか。炊き込みご飯をドリアにしたような味だった。

 ドイツの食事は日本人から見ると量が多い……というのは本当らしく、私は焼きおにぎりを半分残した。


 夕食の後は、すてきな部屋でのんびりと過ごした。メルヘンの世界のようなホテルに泊まれて、夢みたいだ。

 客室の内装も、やはりリボンを敷き詰めたような縦縞模様が印象的。入口から数メートルは通路になっており、両側に収納、トイレ、バスルームなどがある。


 窓側に寝室とリビングがある。

 大きな窓が2つ。もしかして外壁は柱を残してほとんど窓なのではないかと思うほど。天井から床まで届く長いカーテンが美しい。

 リビング側の窓と壁には、天井と床を底面とした八角柱の一部のような角度がついて、出窓のようになっている。

 菱形(というか正方形)のテーブルに曲線的な椅子が2脚、隣り合って窓のほうを斜めに背を向けて配置されている。

 窓の反対側の壁にも、たぶん作りつけの机と、椅子と、物入れがある。仕事で来た人にも使いやすそうだ。

 物入れに天然水のボトルが置かれていたのを有難くいただいた……ような記憶があるのだが、ノートには水を2.5€でフロントで買ったとも。今夜の分と明日持ち歩く分だろう。


 寝室のベッドの上には真四角のクッションが2つ、洒落た置き方で並べられていた。四隅の一つを押し込み、平らな底にして立てるのだ。格調高いながら、もふっとしたゆるキャラが2体並んだような可愛らしさがある。 

 

 窓から道をはさんで向かいのホテルが見える。窓辺にアジア系の男性がいて、連れと話しているような横顔がみえた。つまり、向こう側からもこちらを見ようとすれば見える距離ということだ。

 部屋着がないのをまた残念に思いながらカーテンを閉めたが、美しいカーテンの面積が広がってこれはこれで居心地良い。

 お風呂を済ませ、荷物の整頓をした。

 

 趣豊かなホテルだが、室内の家具の配置にたいして、どういうわけか微妙に違和感があった。

 おそらく単なる自宅との動線の違いで、たまたま私の体の動きの癖に合わないところがあったのだろう。

 このまま素敵なホテルでいてほしい。


 寝る前にトイレに行ったところ、生理が始まっていた。

 用意してきた生理用品は3日分。本当に旅行が残り約3日という日に始まったので、最小限しかない。帰国直後に始まる予定だった。余裕をみたつもりでトランクに入る最大限を詰めてきたのに。

 飲み水だけでなく、生理用品のことも気にしないといけないのか。それにしても、多い日用のナプキンはバッグの中で嵩張るなぁ。

 でもまあ何とかするさ。生理前によくある頭痛に今回悩まされなかったのも幸運だった。

(私は生理が軽いほうらしく、重い方とは事情が違うところもあります。男性読者の方にも、女性が皆こんなふうに気楽に対処しているわけではないことを頭の隅に入れておいていただければ幸いです)


 明日の起床時間は、当初の予定より1時間強も早くなる。こんな変化はふだんなら不安の種だが、今回は違う。

 私たち一行に素敵なサプライズがあるのだ。

 夕食の前後にあった連絡によると、フランスからの移動の日に街歩きが中止になったぶんの埋め合わせに、予定になかった観光が一箇所追加される。

 どんな名所もほかの名所の代わりにはならないが、その場所ならではの楽しみがきっとある!


 フュッセンはロマンティック街道の終点。ノイシュヴァンシュタイン城もこの街道沿いのクライマックスと言われることが多く、旅程全体の中でも大きな存在感がある。

 けれど私たちのロマンティック街道の旅は、この日に始まったばかり。お城が連ドラでいえば第一話スペシャル放送、漫画でいえば新連載巻頭カラー増ページのようなものだ。明日が楽しみ。


 おやすみなさい、また明日。

 ロマンティックなこの地域。




(次回、私たちへのサプライズとは!?)


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