走れ!家出の勇者

ケーエス

走れ!家出の勇者

 ボクツトム。一人っ子の小学5年生。今すごくやっかいなことに

 巻き込まれてる。いや別に巻き込まれたっていっても

 自分のことだし、巻き込まれたというよりかは巻き起こしたって

 いうのが正しいのかもしれない。



 簡単にいうと家が家出した。



 うーん、わかんないよね。今ダンジョンの中で鉄球に

 追われてるからさ。うまく説明しようとは思うんだけどさ。



 なんていうか、こう、すっごく親が嫌になるときってあるじゃん?

 小学5年生にもなるとさ、

「そろそろ塾に行かないといけないね」

 なんて言われてさ、塾に行かされそうになるんだよね。

 で、ボク勉強大の大の大大大嫌いだからもちろん、

「嫌だ!」

 て答えるんだ。そしたら親が、

「ツトム、あんたテストでロクな点数とってこないし、

 勉強もちゃんとしないのに塾に行きたくないなんて

 言わないの」

 なんて言うんだ。いつも言われるんだけどこの日は

 いつもよりエスカレートしちゃったんだよね。


「嫌なものは嫌なの! 絶対に行かない!」

「じゃあゲーム買ってあげないよ」

「それも嫌!」

「あれもこれもイヤイヤイヤイヤ、5歳児じゃあるまいし

 そんな子に育てた覚えはありません」

「あー、そうですか。そうですね、わかりましたよ。

 ボクはもうこの家の子じゃないし、もう出ていく!」

「そう、勝手にしなさい」

「ふーんだ!」


 鬼のように顔を真っ赤にしてボクはそのまま家を出て行ったんだ。

 で、最初は本当に一生家に戻らないつもりだった。


 夜になった。公園で一人ぼっち。お空にはまんまるお月さんが

 昇ってた。ふと寂しくなった。


 ――帰りたい。


 でもあんなえらそうなこと言ってて今さら帰れないな……。

 お母さん怒ってたなぁ……。

 ただ、もうすぐ春だというこのタイミングでも夜は思ったよりも

 寒かった。


 ――やっぱり帰ろう。


 寂しさに泣きそうになりながらもやっと家の前まで来たはずだった――。


 だけどない、家がない。あったはずの家がない。辺りを見回してもどこも

 おかしかない。いつもの近所の風景だ。


 なんで?ボクの家だけないの?


 もしかして……。

 ボクが家出したいと思ったから? 家が家出しちゃったの?

 そんな……。


 ボクはその場で泣き崩れた。ずっと大声で泣いた。

 だけどもう夜遅く。誰も泣いているボクに気づかない。


 ごめんなさい……。


 その時だった。遠くの方からブロロロロ…って音がした。

 パッと振り向いたらバイクに乗ってヘルメットをかぶっている

 知らないお兄ちゃんだった。


「よう! 少年!」

「何? 誰?」

「オレは困ってる少年を助ける謎のライダー」

「謎の……ライダー?」

「そうそう、突然だけど君、家失ったんだよな」

「そう……だけど……」

「オレのバイクに乗りな、君の家がある場所に連れてって

 やるよ」

「なんで知ってるの……?」

「いいから早く乗った、乗った」


 謎のライダーは怖がるボクを無理やり持ち上げると、すんごい力で

 後部座席に乗せた。

 謎のライダーもボクの前にまたがった。


「背中につかまれよ。よおし、出発!」


 バイクはボクを半分誘拐するような形で夜の住宅街をひた走った。


「どこまでいくの?」

「……そうだな。ほんのちょっとかかるな。今のうちに

 覚悟しておけよ」

「え?何を?」

「いいか、よく聞け。これから魔王の元へ向かう。それもとびきり

 恐ろしい、家を食う魔王だ」


 家を食う魔王……? どんな魔王なんだろう? 魔王って世界を支配

 するとかそんなものだったと思うけど……?


「君は今からその魔王と戦って勝って、君の家と家族を取り戻さないと

 いけない」

「そんなボクが……」


 逆上がりも未だにできない。跳び箱も高いの怖くて飛べない、

 針に糸を通せない、足が遅いこのボクが……?


「無理だよ、魔王を倒すことなんて。絶対に無理だよ。」

「ずいぶん自信たっぷりに否定するな」

「だって……」

「いいか? お前、魔王倒さないと家もないし、家族にも

 会えないんだぞ」


 そう言われて両親の顔が頭に浮かんだ。

 そして次々に家の中での出来事が頭に浮かんだ。


 それが失われるなんて――。


「絶対にいやだ!」

「おお、やる気出てきたみたいだな! よし、まもなく

 魔王が待ち受けるダンジョンに到着するぞ」

 謎のライダーは顔はわからないけどとっても嬉しそうだった。


 バイクはやがてとある公園の入り口に止まった。

 謎のライダーがまたボクを持ち上げて降ろしてくれた。

「この公園の中にダンジョンの入り口があるはずだ」


 二人でそれぞれ公園中を探し回った。


「ないよ、どこにも」

「うーん、おかしいな。もしや……君逆上がりできるか?」

「え? 何でそんなこと聞くの?」

「RPGのゲームでさ。こういうのないか? あるところで

 ある動作をしたらダンジョンへの入り口が開くみたいな」

「うーん……ゲーム全然買ってもらえないからわかんない」

「そうか……。とりあえずオレからやってみる」


 謎のライダーは鉄棒に近づき、逆上がりをした。いとも簡単にやってのけた。

 すごいな……。


 カシャリ。


 音がした方向を見ると公園の中央にあるおじさんのオブジェの左腕が

 上がっていた。


「当たったみたいだな。次は右腕だな。さあ、今度は君がやってみろ」

「ごめん……」

「どうした?」

「ボク……逆上がり出来ないんだ」

 ボクは鉄棒の前に立ち尽くすしかなかった。そしてどこからともなく

 また涙が出てきた。


「なんだよ。また泣くのかよ。泣いてばっかりでもいいことないぜ。

 ほら、オレが体を支えてやるからやってみな、おうちが待ってるぜ」


 そうだ。ここでくじけてはいけないんだ。


 ボクは鉄棒をつかんだ。

「いっせーので!」

 ボクは思い切って地面をけり上げ、体育の授業で習った通り、

 腕を引き寄せた。

 足が重力に負けて落ちそうだ――。すかさず謎のライダーが

 おしりを持ち上げる。


 気が付くとボクは元の位置に戻っていた。


「できたじゃん。しかもあれを見ろよ!」


 謎のライダーが指さした方向。オブジェの両腕が上がっている。

 しかもオブジェの手前には地下に通じる穴が開いている。


「よし、ダンジョンの入り口が開いた。お前のおかげだよ、

 ほら見ろオブジェの奴も喜んでるみたいだぜ」


 確かにオブジェがボクたちに向かってバンザイしているようにも見える。

 ちょっと嬉しい。


「よし、じゃあ入ろう」

 謎のライダーに背中を押されボクはダンジョンの入り口に入っていった。



 で、今に至るんだけど……ここは巨大な地下迷路になっているらしく、

 あちこちトラップもあるみたいで、突然コウモリの大群が襲ってきた

 かと思えば鉄球に追われたり忙しい。


「ハア……ハア……ハア……。ここまでくれば大丈夫か……?」

 5個目の鉄球からようやく逃れることができたけど、ずっと走り続けた

 二人の体力は限界だった。

「はあ……疲れた、もう帰りたいよ……」

「だから…その家に今向かってるんだろ。もう少しで出口だ。ほら」


 謎のライダーが立ち上がって進んだ先に今まで見たことのないアーチを

 持つ穴が開いていた。


 アーチをくぐると狭い部屋になった。


 パタン


「あれ?後ろの扉がしまったよ」

「扉なんてあったんだな」


 二人がどうでもいいことに気づいている間に両脇の壁が近づき始めた。

 もしかして挟まれる?


「もうおしまいだよ~」

「ちょっと待て、これを見てみろ」

 もう涙腺がゆるんでいるボクを部屋の中央に一本の針とテーブルがある。

 その上には糸がある。


「通せっていうことだろうな」


 ダンジョンになぜこんな試練があるのかよくわからないけどやるしかない。

 壁が迫ってきている。

 でも――。


「ボク不器用なんだよね……。糸通し使っても通せない」

「なに? それは重症だな?」

「笑わないでよ」

「すまんすまん、ここはオレがやる」


 謎のライダーはまたしてもいとも簡単に糸を通してしまった。


「なんでこんなにできるの?」

「いや、みんな普通にできるけど」


 ちょっと傷ついた。思わずむっとしてしまう。

 それを察したのか、

「まあできなくても死にはせんって。気にすんな」

 と謎のライダーはたぶん笑顔で言ってくれた。


 気にしないで済まないから気にしてるんだけどな……。


 もやもやしたまま新たに開いた扉に向かった。



 扉の先は大空間だった。そこにいたのは……魔王じゃなくて……おじさん?

 そしてその後ろにはボクの家が建っていた。


「フフフ……ようやく来たようだな」

 薄らハゲのおじさんが、薄ら笑いをしている。

「早くボクの家を帰してよ」

「フフフ……家だけでもなく家族もだがな」


 家の窓をよく見ると口にガムテープを貼られた両親が窓を叩いているのがわかる。

 早く助けないと。

「家と家族を帰して欲しければ……」


 とうとう戦うんだ。ボクは身構えた。


「ワタシと障害物競走だ!」


 え? なんて? 戦うんじゃないの?


「少年よ。がんばれよ!」

 謎のライダーがガッツポーズをする。

 いやいやちょっと待ってよ。おじさんと障害物競走?


「私は陸上経験者だからな、ただじゃおかないぞ。コースを相手よりも早く

 一周した者の勝利だ、いくぞ!」

「え? え?」


 心の整理もつかぬままどこからともなくピストルが鳴る音がした。


 おじさんがダッシュした。慌ててボクも走り始める。

 確かに、思ったよりおじさん速いかも――。


 だけど今は感心している暇はない。絶対に勝たないと。


 陸上競技経験者のおじさんと足の遅い小学生はほぼトントンの

 レースを繰り広げた。

 ネットをくぐり、平均台を越え、飴玉を探し、ハードルを飛び越えた。


「がんばれー!」

 謎のライダーがしきりに叫び続ける。


 最後のコーナーを曲がると見えてきたのは――。


「跳び箱だ!」


 何段だろ? 飛べるかな? いや、今はそんなこといってる場合じゃない!

 走っている勢いそのままに、跳び箱の頂点目指して飛び上がった――。


 いける。


 真っ白な頂に手をつき、突き放し――着地、決まった。


「よおおおし! やったぜ」

 謎のライダーが飛び上がる。


 あとは一直線ゴールを目指すのみ。横を見るとおじさんも飛び越えてきている。


「少年よ、隣なんか気にすんな! そのままゴールするんだ!」

 謎のライダーが叫ぶ。


 ボクはゴールテープめがけ、全速力で走りぬく――。








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