人馬特急便

武海 進

人馬特急便

 街と村とを繋ぐ街道を一人のケンタウロスがとんでもないスピードで駆けている。


 豪快に土煙を上げながら走る姿とは対照的に、その背に背負った荷物が余程大切なものなのだろうか、ほとんど揺れていない。

 馬の体から伸びる人の上半身が出来る限り振動を吸収し、懸命に揺れを抑えているのだ。


「早く!早く届けなければ!手遅れになる前に!」


 ケンタウロスの顔には激しい疲労の色と焦りが見られる。それもそうだろう、彼が荷を受け取ってから三日三晩、眠るどころか休むことも無く走り続けているのだ。


 走る速さと体の頑丈さが売りのケンタウロスとはいえ、普通ならばとうに限界を超えている状態だ。だが、それでも彼は休む様子も無くスピードを落とすことなく走り続ける。


 彼の名前はスレイ、ケンタウロスの中でも特に屈強な体を持つ彼は、それを生かして荷物の運び屋をやっている。そんな彼が今運んでいるのは薬だ。


 事の発端は三日前だ。彼の住む街の病院に魔法通信で街からかなり離れた所にある村から緊急連絡があった。


 その内容というのが、村に住む少女が未だ発症原因が特定されていない奇病、石化病を発症したというものだった。


 石化病自体は直すことは難しくない。既に特効薬が開発されているからだ。ただ、今回の場合は問題が二つあった。


 一つは薬の材料だ。材料にかなり珍しい薬草を使うのだが、小さな村の病院にはその備蓄が無かった。


 もう一つの問題は時間だった。石化病は発症からおおよそ4,5日で完全に石化してしまうのだが、街から薬を運ぼうにも普通の馬ならば村までは5日は掛かってしまう。それでは少女は完全に石化してしまい命を落としてしまう。


 病院内は何とか少女を救う方法は無いかと大騒動になった。そんな大騒ぎの中、自分に運ばせろとケンタウロスが駆け込んできた。


「私の足ならばどんな馬よりも早く駆けることが出来る!」


 運び屋として街で有名なスレイのことは当然医者達も知っており、他に良い案も出なかった医者達はスレイに賭けることにした。


 そうして少女の命を救う為に、薬を託されたスレイは村に向けて走り出した。


 休む事無く走っているとはいえ、道中全くトラブルは起きず、時間的にもなんとか間に合いそうだった。


 そう少し安心した途端、トラブルが起きた。街道の前方を男達が塞いでいたのだ。スレイはスピードを緩めて男達の前で止まる。


「すまないがそこを通してくれないか。急いでいるんだ」


 スレイの言葉を聞いた男達は笑いながら武器を抜く。中でもリーダー格のであろう男が一歩出てスレイに剣を向ける。


「そうはいかねえなあ!通してほしけりゃその荷物を置いてきな!」


 下卑た笑いを浮かべながら男達がスレイを囲み始める。男達は最近巷を騒がしている盗賊達だったのだ。


「私はこんなところで止まってはいられないのだ!どかないと言うのなら力ずくでも通してもらうぞ!」


 スレイはその健脚を生かして強引に包囲網を突破する。盗賊たちは所詮は人間、本気で走るケンタウロスに追いつくことなど出来るはずも無く、あっという間に盗賊達はスレイから見えなくなった。


 だが、スレイも無事とは言えない状態になってしまった。体は盗賊達に切り付けられたせいで刀傷だらけになり、肩には矢が刺さっている。


 それでも彼は走ることを止めない。薬を待つ少女の為にひたすらに走り続ける。


 その日の夕刻ことだった。街の病院から知らせを受け取っていた村人たちが村の入り口で待っていると、満身創痍のケンタウロスが駆け込んできた。


「ハア、ハア、私は間に合ったのか」


「ああ、間に合ったとも。すぐに薬を飲ませてくる!」


 薬を受け取った医者は病院へと駆け込んでいった。スレイはその様子を見ながら満足気な顔してその場に倒れこんだ。


「ここは……どこだ?」


 次にスレイが目覚めると見知らぬ天井が広がっていた。


「おはよう、ここは村の病院だよ。君、過労とケガで倒れて三日も寝ていたんだ」


「少女は助かったのか?」


 医者は笑顔浮かべながらスレイに少し待つように言うと、病室を出ていった。


 医者が再び戻ってくると、傍らに少女を連れていた。


「おじさん、私の為にお薬を持ってきてくれてありがとう」


 少し人見知りの気があるのか、恥ずかしそうにしながらスレイが助けた少女が礼を言う。


 元気な少女を見て、スレイは満ち足りた気分になった。今まで運び屋として様々な報酬を受け取ってきたが、こんなに素晴らしい報酬を受け取ったことが無かったからだ。

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