放送部、今でも恨んでいるからな。

無月弟(無月蒼)

放送部、今でも恨んでいるからな。

 今日は僕の通う小学校の、体育祭の日。

 グラウンドでは徒競走が行われていて、同じクラスの池面くんも走っている。


 先頭走者はコーナーを回って最後の直線に差し掛か、池面いけめんくんがそれを追う。

 するとその時、見守っていた女子達が声をあげた。


「「「池面くーん、頑張ってー!」」」


 するとどうだろう。途端に池面くんが加速して、みるみるうちに前を走る走者を追い抜いて、そのままゴールイン。


 すごい、一位だ。

 直前までは二位だったけど、たぶん女子達の声援を力に変えたのだろう。

 いるよね、応援されたら実力以上の力を発揮できる人。羨ましいよ。


 え、僕は力にできないのかって?

 とんでもない。そもそも僕は運動音痴で、応援されることすらないんだから。


 本当は体育祭も、あんまり好きじゃないんだ。

 あーあ、きっと競技に出ても、ビリなんだろうなあ。


「コウくん、コウくんってば」


 感傷にひたっていたら、僕を呼ぶ声が。振り返るとそこには友達の女の子、マヨちゃんが立っていた。


「何、マヨちゃん?」

「何じゃないよ。次の競技、『目隠し競争』でしょ。もうそろそろ準備しないと」

「え? ごめん、もうそんな時間だっけ」


 危ない危ない。自分の出る競争の順番を忘れちゃってた。

 僕らは二人して、指定された配置場所へと移動して行く。




 さて、ここで『目隠し競争』のルールを確認しておこう。

『目隠し競争』ではまず、ペアとなる男子と女子がそれぞれトラックの反対側に立ち、よーいドンの合図と共に楕円形にそって走る。

 ここまでは二人一緒に走り出す以外は徒競走と変わらないけど、違うのはここから。


 二人の走者の中間地点。合流ポイントで落ち合うと、男子は女子からハチマキをもらって目隠しをする。

 女子は男子を上手く誘導してゴールを目指すというものなんだけど、この目隠しというのがなかなか厄介。何せ目が見えなくなるのだから、全力で走ることができずに、下手をするとコースアウトしてしまう。

 だから女子の誘導が勝敗に大きく左右するんだけど。ごめんマヨちゃん、走るのが苦手な僕じゃ、足を引っ張っちゃうかも。


 そう思っていたその時。マヨちゃんは急に立ち止まって、じっと僕を見つめてきた。


「……勝とうね」

「え?」

「絶対勝とう、目指すは一番だよ。せっかくの体育祭なんだから、勝たなくちゃ」

「ええと、でも僕、走るのは苦手だし」

「もう、そんなこと言っててどうするの。一番になれるように、頑張ろうよ。約束だよ」


 マヨちゃんはそう言うと背を向けて、自分の待機場所に行っちゃった。


 一番になろうって、張り切ってるね。マヨちゃんは体育大好きだからなあ。それにひきかえ僕は……。

 いや、弱気になっちゃダメだ。せっかくマヨちゃんが頑張ろうって言ってくれたんだもの。少しはやる気を出さなくちゃ。


 気合いを入れて、僕も待機場所へと移動する。

 ほどなくして目隠し競争は始まって、一組目二組目と、次々と走って行く。


 そしていよいよ僕達の番。

 僕を含む五人の男子が位置について、トラックの反対側には同じように女子がスタンバイする。

 そして、スタートを告げるピストルの音が鳴った。


 みんな速い!

 やる気になったところで速く走れるほど、世の中甘くはなかった。

 僕は出遅れて、前を走る走者の背中が、どんどん遠ざかって行く。


 見ると先頭の走者は既に合流ポイントに到着していて、女子から受け取ったハチマキで目隠しをしている。僕も急がなくちゃ。

 だけど焦っていると、放送部がしなくて良い実況をして来た。


『おーと、先頭集団は目隠しに入った! 一方、男子では一人遅れているぞ! 光太こうたくん、頑張れ!』


 止めて! 名指ししないで!

 こういう時名前を出されて応援されるのって、すっごく恥ずかしいんだから!


 羞恥に耐えながら力いっぱい走って、ようやく合流ポイントに到着。当然だけど、マヨちゃんは既に来ていて僕が到着するのを待ってくれていた。


「ごめん、遅くなった」

「いいよ、これから取り戻そう。コウくん、後ろを向いて」


 え、後ろ?

 言われるがまま背を向けると、途端に布で視界が塞がれる。マヨちゃんがハチマキを、僕の目にかけてきたのだ。

 だけど、あれ? これってハチマキを受け取った男子が、自分で目隠しするんじゃなかったっけ。さっきまで走っていた子達は、みんなそうしていたはず。


 まあいいや、ルール違反じゃないんだし。それよりも早く走らないと。

 だけどその時、放送部がまた……ううん、さっきよりも数倍、余計な事を言ってきた。


『おおー、光太こうたくん真夜子まよこちゃんペアは、真夜子ちゃんがハチマキを巻いてあげています。なんと言う素敵なカップルでしょうか!』


 カップル? …………………………って、ええっ!?

 実況のとんでもない発言に、頭がパニックになる。な、な、な、何て事を言うんだ!


 だけど慌てた時にはすでに遅し。

 応援席からは、今日一番かもしれない大歓声が上がっていた。


「え、あの二人付き合ってたの⁉」

「キャー! マヨちゃんだいたーん!」

「光太、お前いつの間に。リア充爆発しろー!」


 アナウンスを信じてしまったのか、それとも悪のりしたいだけなのか、放送を聞いた全校児童が一斉に騒ぎ出す。

 もう誰も、他の走者のことなんて見ていない。いや、僕らの先を走っていた走者でさえも、足を止めてこっちを見ていた。

 だけどそんな状況を、チャンスだなんて思えない。何これ、恥ずかしすぎる!


「ち、違う! カップルなんかじゃないってば!」


 だけど声をあげても、勢いを増していく歓声にかき消されるばかり。

 ああ、どうして目隠しを、マヨちゃんに任せちゃったかなあ。他のペアみたいに僕が自分でハチマキを巻かなかったせいで、カップル報道なんてされてしまった。 こんなことを言われて、マヨちゃんもさぞ恥ずかしがってるに違いない……。


「コウくんコウくん、チャンスだよ。今のうちに走ろう」

「どうしてマヨちゃんは平気なの⁉」


 目隠ししているから顔は見えないけど、聞こえてくるマヨちゃんの声からはまったく動揺が感じられない。

 ええい、もう。こうなったらどうにでもなれー!

 僕はゴールがあるはずの方角に、破れかぶれになって走り出す。


「わ、速い! コウくん、いつもより速いんじゃないの?」


 たぶん、そうなんだろうね。この恥ずかしい時間を少しでも早く終わらせたいと、僕はかつてないスピードで走っている。

 人間追い詰められると、自分でもビックリする力を発揮するものだ。


 そうして走っている中ふと思い出したのは、さっき徒競走で、女子からの声援を受けて走るのが早くなった池面くんの姿。

 池面くん、君も恥ずかしい時間を終わらせたくて、速く走ってたんだね。

 一応池面くんも僕も、声援を力に変えているって言えるのかな?


『光太くん真夜子ちゃんカップル、速い! 他の走者をどんどん追い抜いて行く。愛の力かー!』


 一向に煽るのを止めてくれない実況に頭を痛めながら、僕はゴールに向かって走るのだった。


 で、何とかゴールしたけど。その後はクラスの子達に冷やかされてばかり。

 やっぱり、体育祭なんか嫌いだ。もうこんな恥ずかしい思いは、二度としたくないよ。

 ただ……。


「やったね。コウくんが走ってくれたおかげで、一番になったよ」


 お日様のような笑顔で、にっこりと笑いかけてくるマヨちゃん。

 死ぬほど恥ずかしかったけど、マヨちゃんが喜んでくれたから、良しとしよう。



 おしまい♪



 ※ちなみに

 目隠し競争でカップル報道をされて恥ずかしい思いをしたのは、筆者の小学校時代の実話です。

 カップルなんて言った放送部、なんつー事してくれたんですか(|||´Д`)


 メチャクチャ恥ずかしい思いをしたので、せめてその時の経験を少しでもプラスにしようと考え、今回のお話を書きました。







  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

放送部、今でも恨んでいるからな。 無月弟(無月蒼) @mutukitukuyomi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ