第22話 会話

気が付けば、俺はあの島に戻っていた。

砂浜で仰向きになっている。下半身が海に浸かり、波が優しく包んでいた。

記憶が曖昧だが、あの夜は最悪だった。

あのガキたちに良いようされた。

尿を掛けられた。

頭をカチ割られた。

腹を蹴られた。

股間が顔面に密着した。

海に落とされ、上からコンテナを落とされた。

泳げない俺からすれば、地獄に等しい。

必死に浮上しようと手足をバタつかせたが、コンテナが俺を海底に引きずり込んだ。もう駄目だと諦めていたけど奴らが俺に渡したスキューバーダイビング用の酸素ボンベとレギュレーターがあって助かった。無我夢中でマウスピースを咥え、酸素を吸った。スキューバーダイビングなどやった事の無い俺が使えたのは殆ど奇跡だった。あの状態は下手をすれば死んでいてもおかしくない。


そして気付けばここだ。


海のせいで俺の転送能力は無効化されていた。

転移など、出来もしないし、他の道具を転送する事も無理だった。

水中では血が溶けてしまい、どうしようもない。

だから、ここにいるのは俺の力ではない。

ボスだ。

ボス以外有り得ない。

俺を助けてくれるのは、いつもボスだけだ。

感謝しか無い。

そうだ。こんなところでいつまでも、横になっているわけにはいかない。

ボスにお礼を言わないと。

痛む体を無理矢理起こす。至る所から悲鳴が上がる程、疲労と負傷をしている。海底に引き摺り込まれた時、コンテナにあちらこちらを激しくぶつけた。頭も殴打したみたいで、頭を触ると酷く痛んだ。だが、ガキではないので痛い痛いと言っていられない。

辺りを見渡しボスを探さないと。

島は、いつも通り静かだった。人の気配も無く。時間が静かに流れている感じだ。

俺は、浜辺を歩いてボスを探していると遠くの防波堤の上に立っているボスを発見した。


「ん?」


近くに漆黒のスーツを着衣し、サングラスをしている女が立っていた。

アイツだ。

取り調べ室に居たあの女刑事だ。

そして自分の息子の股間をぶち抜けと依頼したイカれ野郎だ。

女刑事もその子分の黒影も悪の十字架の協力者らしいが、俺は刑事なんて認めない。裏があるに違いない。

今だって、ボスの寝首をかこうとしているんだ。

で、何を話してやがるんだ。

ボスは変わらず、笑顔で対応している。

ボスのことが心配だ。俺が近くにいないと駄目だ。

俺は、怒気を発しながらボスたちに近付いた。


「おおっ。郎士君、気が付いたじゃん。心配したよ。大変だったね。任務は………今は良いか。無事で良かった。ちょっと待ってて。今、この女刑事さんと話しているから」

「承知致しました」


いつものボスだった。

女刑事は俺に一瞥をくれ、また地平線を見ている。


「息子は駄目だったんでしょ?」

「見てはいないけど、結果は残念じゃん?」

「アレを転送出来たんでしょ? あの子の力で」

「見てはいないけど、出来たんじゃん?」

「………君は要領が得ない。脳みそがイカれているの? ガチで逮捕するわよ?」

「イカれてる………その通りじゃん? でも逮捕は勘弁じゃん」


何の話しをしているのか分からない。

アレの転送?

アレとは何だ? 

俺の脳みそでは付いていけない。質問をしたいが、質問が出来る雰囲気ではないので、俺も地平線を見るしかない。


「はぁ」


ため息を吐き、女刑事はポケットから紙タバコを出し、火を付けた。灰を吸い、灰を吐く。煙は青い空と青い海には似合わなかった。

でも女刑事には似合っていた。


「刑事さん。報酬として、オレ様たちは自由?」

「自由? 息子がまだ能力持ちなんだけど?」

「良いじゃん。能力は楽しいじゃん。普通とは違うんが良いじゃん?」

「アンタ等みたいな犯罪者と関わり合わせたくないから、頼んだんだけど?」

「結果は失敗じゃん。でも頼みは聞いたじゃん? 触上砂羽の能力で、撃ち抜いた股間部を未来から転送させた。まぁどの未来から転送させたかは、分からないけど、刑事さんの息子は未来でも能力者ってことじゃん。未来が分かって良かったじゃん。だから見逃してよ?」


ボスは体をくねらせ、お願いする。

触上砂羽の能力は治癒だと、思っていたが違ったようだ。未来から部位を転送しているとは。

じゃ、未来で転送された体はどうなるんだ?

俺が異能でやっていた部分転送の未来版だ。

つまり………。


「最悪な未来が分かっただけでしょ? で、アンタはどこまで分かってるの?」

「オレ様?」

「アンタもそうでしょ? 脳ミソ爆散されて、幼い触上砂羽に救って貰った。その結果、触上砂羽は潔癖症。アンタは未来が理解出来たせいでテロリスト。世界をどうしようとしてるのさ?」

「世界はありのままじゃん? 何も変える気はないし、夢を語ろうが、理想を掲げようが、何も変わらない。それが世界じゃん」


ボスの言葉を聞いても、女刑事は反応が無い。

戯言を聞くように、聞き流しているようだ。


「アンタが何をやろうがアタシには関係ない。頼み事も聞いてもらって、結果が出なかったことも今回はいいよ。ただね。旦那が怪我をした。アタシなりに捜査して分かったんだ。そこの男だよ。銭湯で傷を付けた」

「あ〜それは悪かったじゃん。でも良いじゃん? 命があるんだから」

「ごめんね〜で、済んだら警察は要らないんだよ? それにそいつも能力者だ。世界には必要無い」


女刑事は胸から拳銃を出した。

ボスは、仕方ないという表情だった。

そうか。俺はここで終わる。

ほどなく、銃声がして俺の世界は終わった。

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