第21話 勝負

時間が掛かってしまった。

尿意の波が思っているより来なかった。

短時間に出し過ぎたのが原因みたいだ。

でもやっとの思いで出た。

放尿出来た。

ボクは、そこである物を転送した。

水のペットボトルだ。勿論、ボクの尿が付着しているけど、中身は純粋なミネラルウォーターだ。家にある備蓄品だから、冷えてはいないけど水は水。何より中身は綺麗。飲料可能。

どの程度、水を飲めば尿意が来るかは、感覚的に分かっている。

2リットルの水を4本転送させた。お腹の具合もあるが、飲めるのはせいぜい、1本くらいだ。残りの3本は予備だ。隠し玉として、温存する。と、いうより1本以上は飲める気がしない。お腹が受け付けない。口が開かない。手がキャップを開けようとしない。

でも1本飲めば、転送いや放尿が3回可能だ。

だから3回以上の転送が必要な場面にならないように祈るしか無い。

よし。

準備は整った。

鷹茶を転送しよう。

ズボンのチャックを下ろして、手探りでアレを出して、放尿。

無理矢理出しているので、爽快感は薄い。

程なく、鷹茶が転送されて来る。

鷹茶の顔が明らかに不機嫌だ。

本日2回目。かなり不貞腐れている。方法がこれしかないので、睨まないで欲しい。

ボクは、彼女に視線を合わせないように近付く、手に持っているチェーンカッターで口の拘束具を切断した。


「よし」

「よし……じゃないわよ。アンタ、イカれているんじゃないの? バカじゃないの? 何回アンタのオシッコを掛けられたらいいわけ? 私は公衆トイレかっての! もう体と髪が臭いわよ! ふざけんじゃないわよ!」


かなりの怒りだ。

だが、しかし、怒鳴られるのは想定内だ。オシッコを掛けられて怒らない人間なんていない。存在するなら、大枚をはたいて会いに行きたい。まぁ例え、存在しても実際は会いたくない。近付かれるのもごめんだ。他国の人なら入国を拒否して欲しい。頑張れ日本。と言いたい。

だから鷹茶の反応は分かるんだ。緊急事態でもそうなる。ボクが言うことは謝罪しかないんだけど、素直になれないボクはこう言う。


「オシッコ臭いよ」

「アンタのせいでしょ?」

「下水道で暮らしているの?」

「拳銃あったら、死んでるわよ?」

「今、無くて良かったよ。さぁもうそんなどうでもいいことは置いといて、あの男に転送されたの?」

「どうでもいい? どうでもよくないわよ! この問題が解決しない限り、次には進めないわ!」

「また転送されるかもよ? 血の男に」

「大丈夫! 私、もう唾を吐けるわ! 転送されても……アレ? あ、ヤバい。ヤバいじゃん」


言ってて、理解したようだ。

ボク等は自分の元に転送が出来るだけだ。奴みたいに転移、つまり瞬間移動が出来ない。

相手からの転移一回で窮地に立つことになる。窮地の理由はまだある。向こうさんは拳銃を所持している。撃たれれば終わり。ボクは先程、撃たれたばかりだから、言える。銃は強い。どんな虚勢を張ろうと無になる。向けられれば尻尾を振ってしまう。

それが拳銃だ。

人間は思っている以上に弱く、とことん無力だ。

相手の拳銃を転送させる作戦も考えたが、多分無駄。速攻取り返されるか、新たな銃を転送される。

故にボク等が出来ることはそんなに多くはない。


「私は戦うわ。組織のために世界のために、戦うわ。アンタはどうするの? 震えている? バカみたいにお漏らしする?」


彼女はボクに挑戦的な態度を示す。

震えているのは、彼女だ。戦うと彼女は言ったが、自分自身と戦っているんだ。ボクはどうだろうか? 自分の手を見る。手汗で濡れ、震えている。ボクもだった。怖いんだ。相手は拳銃を持っている。能力も使いこなしている。

逃げたい。

触上砂羽先輩を放置して、逃げたい。

最低な思考だけど、銃で撃たれたんだ。誰だって逃げたい。真っ当な思考だ。

だからボクも………。


「逃げるとか言わないわよね?」


泣きそうな顔だった。

口を閉じ、必死に自分を奮い立たせている。拳を握り、震える体を必死に、抑えようとしている。

多分、ここでボクが逃げると言えば、彼女は子供の様に泣きじゃくるだろう。

女の子を泣かせるなんて罪だ。

それにボクは仮にも男だ。

決心は付いている。


「逃げないよ。でも戦わない。敵とか戦うとかアニメの世界の話だよ。触上砂羽先輩を救って終わり。ボクの能力で戦うとか有り得ないだろ? 鷹茶も分かっているだろ? さすがに無理って事は」

「そうだけど。でも……あんな危険な男を野放しはヤバいでしょ?」

「世の中、ヤバいヤツは多いよ。そんなヤツをいちいち、片付けてたら切りが無い。命も保たないよ」

「………弱虫。分かったわ。触上を救うわよ」


ボクは頷き、視線を少し外した瞬間。


「またかぁ」


鷹茶が消えた。

血の男の転送だ。彼は完全に鷹茶を狙っているのがこれで分かった。そうなれば、逃げても一緒だ。ヤツを倒すか、諦めさせる以外に道はない。でも倒すとは殺すことを意味するんだろうか? 気絶させても元気になれば、また鷹茶を奪われてしまう。

ここは鷹茶の組織に受け渡すことが得策だ。

だが、ここまでボクを転送しないところを見ると本当に必要無いみたいだ。それはそれで屈辱だ。

ボクの有用性を教えて上げたい。

奥歯を噛み締めながら、ボクはあのコンテナに向かった。

ボクはコンテナの山をアスレチックをするように登っていく。時々、滑り落ちそうになるけど、頂上付近まで到着した。そこから、ボク等が捕まっていたコンテナを見下ろす。

人影が2つ見えた。

1つは鷹茶。

もう1つは血の男だ。

鷹茶が大人しいところを見ると、また口に拘束具を付けられたに違いない。

さて、どう奪還するか。触上砂羽先輩はまだ目が冷めていないんだろうか? ボクの股間にキスをしたことがそれ程、ショックだったのか。下手をしたら、起きない可能性もあるかもしれない。それはそれでショックだ。ボクも死にかけていた身分だ。背に腹はかえられなかった状況だった。許せとは言わない。仕方なかったと諦めて欲しい。

では、状況を確認したところで、向かうとする。

ボクは高校生だ。

戦略に長けた戦士でもない。

推理が出来るわけでもない。

未来が分かるわけでもない。

凄い力を持っているわけでもない。

オシッコで転送が出来るだけで、何も変わらない。普通だ。普通と思いたいけど、普通以下の可能性もある。いや、底辺の可能性だって否めない。

だから出来ることなんて、多くない。よく考えれば、無いのかもしれない。何も無く虚空な存在かもしれない。

でも、行こう。

行かないと始まらない。

行かないと後悔する。

やらないと自分を許せない。

それだけの小さな気持ちで動く。


「やぁ」


右手を上げた。

血の男は、暴れる鷹茶をロープで縛り上げようとしていた。ボクが普通に現れ、少々驚いているみたいだ。


「傷、治ってるんだなお前」

「触上砂羽先輩に治して貰ったんだよ」

「そうか。アイツは俺のパートナーにやはり相応しい」

「あなたは血を媒介に転送するんだよね?」

「ああ、そうだ。お前とはあれだ。そうあれだ……」


かなり言い辛いのかもしれない。そのなんとも言えない優しさが辛い。


「ボク等から手を引くとか、出来るの?」

「お前、穏便に済ませたいと思っているのか?」

「出来ればそうしたい」


本音だ。

血の男は、小汚スウェットを着ている。そして、負傷した左手には拳銃。右手で鷹茶を拘束している。腕を捻り、関節を決めているようだ。

人質を取られ、拳銃を持っている相手だ。

お手上げだ。

何も出来ない。


「無理だ。ボスがこの女が欲しいらしい。俺は奥の女が欲しい。お前は要らん。だから何も言わず、何もせずに消えろ。そうすれば命は救ってやる」


良い条件だ。

ヨダレが出そうだ。

そうだ。ボクは回れ右で、帰宅すれば良い。家に帰り、ニュースでも観て「ボクには関係無いなぁ」と無意味に独り言を言おう。今日の事件もボクには関係無い。

そう考えれば良いんだ。

鷹茶と触上砂羽先輩は、綺麗な人たちだった。ボクが出会った女性の中ではトップクラスだ。テレビの中のモデル級だ。決して手には入らない。

「あー綺麗だなぁ」と思って終わり。生きている世界が違うから、感想を言っておしまい。鷹茶たちもそうだ。ボクとは関わりがなかった。

そう考えよう。

ボクは血の男に背を向ける。

そして歩き出す。


「それで良い。警察に言ってもイイぞ? 言っても、多分動かないだろうがなぁ」


男は笑う。

気分が良いんだろう。

ボクは歩みを止めない。

情けない。これがボクの人生だ。

彼女たちを助けられずに終わる。主人公になれない。ボクの情けない姿を見て、鷹茶が騒いでいるのか、後ろがうるさい。分かっているよ。ボクは情けない。情けな過ぎる。

でも、ボクは女が欲しいとか言う男が大っ嫌いだ。女性をモノみたいに言う奴はダメだ。言葉に出す奴はもっとダメだ。ボクでも女が欲しいとは言わない。

言うなら「君が欲しい」だ。

ボクは前方に歩きながら、ズボンのチャックを下ろす。そして歩きながら尿を出す。

女性には絶対、理解出来ないだろうけど、前方歩きションはかなりのテクニックが必要だ。一つのミスでズボンは愚か靴もオシッコでびしょびしょになる。オシッコに意識を集中すれば、それは立ちション。もう歩いていない。バランスとテクニックが上手く融合しないと前方歩きションは完成しない。

ボクの場合も、もちろん酷いモノだ。靴も濡れた。社会の窓も濡れている。しかし大半は地面に出す事が出来た。もう少し練習が必要と少し反省する。

そして大股を開いて、止まった。

さぁ。来い!

ここからが勝負だ。


「あ? うわ。やめろ!」


血の男を転送してやった。

予告無しで。

なぜ転送されるのか、不思議に思っているに違いない。普通だったら、転送するのは鷹茶だ。血の男を転送する意味なんて、一つも無い。けど、腹が立ってしまった。情けなくても、この血の男に怒りを感じてしまったんだ。

主人公の位置にボクは立っていなくても、オシッコくらいは引っ掛けてやれる所を見せてやる。

どうだ? 転送後の副産物である尿のダブルコンボだ!

尿を無理矢理、絞り出す。


「おりゃ!」


屈辱だろ? 

そしてコレだ! 手に持っているチェーンカッターでドーン。

チェーンカッターの鉄の部分が、頭に直撃する。

多分、血が出たと思う。血の男は地面に転がって激痛に耐えている。

ボクは男を横目に、鷹茶の元に走った。

鷹茶は「早く早く」と言わんばかりに、口の拘束具に指を指す。

分かっている。

ボクは焦りながら、素早く口の拘束具を切った。


「アンタ、やるわね! 見捨てたと思ったわよ。でも、アンタ、好意がある人間じゃ無いと転送出来なかった筈でしょ?」


確かに。

彼に対しては、好意など無かった。

あるとすれば………。

アレだ!


「良く言うでしょ? 嫌い嫌いも好きのうちって?」


無理矢理な気もするが、それが答えだろう。

ボクは彼に好意はない。でも殺意はあった。ムカついたんだ。


「へぇ。アンタ、面白いわね。少しだけ見直したわ。少しだけ。ほんの少しよ。味噌汁のアサリに入っている砂利くらいよ」


どんな例えだと思いつつ、ボクは血の男を見た。まだ唸っている。


「鷹茶、アイツどうするの?」

「生きてるわよね? 私の組織に引き渡すわ。それで終わり。ハッピーエンドでしょ?」

「ハッピーエンドなの?」

「そうよ。ハッピーよ! 少なくても私はハッピーよ」

「でもあの男、起き上がったよ」

「え? アンタ、そういうことは早く言ってよ! ぺっ」


鷹茶は地面に唾を吐いた。

するとそこに血の男が転送された。ボクと違い、媒介が唾だから便利そうだ。


「テメェ等!」

「うるさいわよ!」


鷹茶は容赦なく、前蹴りを血の男の腹部に喰らわせた。

続いて、クルリと回って回転後ろ蹴りを再び腹部に喰らわせた。

流れる様な2連撃だった。

男は腹を抑え、膝をつく。


「どう? 強いでしょ? 転送だけじゃないのよ私。近接戦闘でも天才なんだから」


虫の息だった人間を痛め付ける彼女を、ボクは白い眼で見ていた。

挙げ句に自分を天才とは、良く言えたモノだ。


「アンタも………あれ?」


彼女は立ったまま、腹を抑えた。そして離した手は血だらけだった。


「本当にイテェよ。お前等」


男は手に拳銃を持っていた。

先程、持っていた拳銃ではない。サプレッサー付きの拳銃に変わっていた。


「ボスが欲しいって言ったけど、仕方なねぇよな。俺を蹴ったんだ。おい。お前も殺す」


ヤバい。これは本当にヤバい。


「震えてるのが、ここからでも分かるぞ?」


彼が言う通り、震えていた。

恐怖だった。

ボクが撃たれたことより、鷹茶が撃たれたことが信じられなかった。

もう怖すぎて、お漏らしをした。

本当に情けない。

情けな過ぎる。


「うわぁ! またか!」


血の男がボクのスボンの内側、つまり股間付近で暴れる。

男は逆さまになり、ボクのズボンに頭だけ突っ込んだ状態で転送された。

ズボンはもちろん、裂けた。ボクも男の体重を支えられず、ボディーアタックをするように地面に倒れた。

顔面が股間と激しく衝突し、悶絶するボク。

それは相手も同じだった。

握っていた拳銃は落とし、悶えている。

これがもうラストチャンスだ。


「鷹茶、海に唾を吐け!」

「私、お腹が痛いわ!」

「分かってる! でもやるんだ!」

「分かったわよ!」


鷹茶は痛む腹を押さえて、海の方に向かう。

そして、唾を吐いた。

すると股間で悶絶していた男が消えた。

ボクは急いで、海の方に向かう。

鷹茶が倒れている。だが、まだ終わっていない。相手の能力を封じただけだ。

夜の海に男が、溺れそうになっている。

コイツ、泳げないのか?

まぁいい。

ボクは男を放置し、コンテナに移動する。

まだ触上砂羽先輩は眠っている。かなり重量があるけど仕方ない。お姫様抱っこだ。

ボクは「ふぅーふぅー」言いながら鷹茶の所に行き、無理矢理、触上砂羽先輩の唇を鷹茶の傷口に当てた。

股間の時もそうだったが、治癒とは凄い。鷹茶の腹部の傷は一瞬で治った。少しだけ、皮膚の具合が違うように感じたが、鷹茶が元気になったから良しとする。

ボクは鷹茶の傷が回復するのを確かめ、海の方へ向かった。


「………」


鷹茶の回復を優先させたから、血の男が逃げたと思っていたがまだ海面に漂っていた。

たまたま見付けたペットボトルに捕まり、青ざめた顔をしていた。


「アイツ、泳げないみたいね。ザマァって感じ。で、どうするわけ?」

「野放しは不安だから、このままコンテナに閉じ込めようと思うよ」

「え? 海の底に沈んで死んじゃうわよ?」

「分かってる。だから鷹茶、アレを転送してアイツに渡して」

「アレね。何となく分かったわ。ぺっ。あ! アンタ! またオシッコを……って………アンタ、すごいわね」

「まぁね」


さすがに4回目の転送もとい放尿は少ししか、出なかった。

だけど転送は出来た。

空中にコンテナが垂直に立ったまま現れる。

そのコンテナはボク等が閉じ込められていたコンテナだ。

そして入り口はオープンになっている。

そのまま海に浮かぶ、血の男を中に飲み込み海中に沈んだ。


「やるわね。これで能力封じも出来て、一石二鳥ね」

「ダイビング用の酸素ボンベセットもあるから、しばらくは生きる筈。だから早く鷹茶の組織に連絡して。ボク………」

「何よ?」

「帰るよ」

「そうね。明日も学校だしね」


学校。

その響きは懐かしく、安心出来た。

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