第15話 敵対

虫の知らせ。

第6感。

なんて結局なところ、そんなもんは無かった。有り得なかった。何の知らせないが無いまま、ボクは触上砂羽の家の前に立っていた。

あと少しで、呼び鈴を押す瞬間にスマホが鳴った。


スマホの画面には「母親」という二文字が浮かんでいた。母さんから電話なんて本当に珍しい。この前、鷹茶の家に行く時に掛かって来た電話が、初めてと言っても過言ではない。

どんなことがあっても、電話をしない母さんがボクに電話をするなんて。

職場で犯人に刺されても事後報告。

同僚に誤射で肩を撃ち抜かれた時も事後報告。しかも2年越しでの報告。

感謝状を授与された時は事後報告もなかった。ネットで見て知った。

そんな母さんから電話だ。

嫌がらせか、本当に重要な事かの2択だ。

だから出ない選択はない。

数分後には、ここに鷹茶綾も合流する予定だったが、要件次第では二の次にするしかない。

ボクは若干の発汗と動悸を感じながら、スマホを耳に当てた。


「父、負傷、御坂病院へ」


ガチャ。

ツーツーツー。

唐突に切れた。

動揺しているのが、直に伝わった。緊急事態なのが分かった。

父さんは正義感が強い。教師より警察官が向いているくらい、正義感が強い正義漢だ。歩きタバコを見付けたら注意をする。電車の中で電話や騒ぐ者にも、結構な口調で注意をする。見た目ヒョロヒョロでガリガリだから、反撃を喰らうことも多いが、合気道で大概は返り討ちにして来た。そんな父さんが負傷? 耳を疑った。怪我をさせても、怪我を負うような事はないと思っていた。

息子として、父さんの一大事だ。

鷹茶には悪いが、ボクは父さんのところに行く。

あと、このバカみたいにデカイ家に住む、潔癖症の不登校児の触上砂羽に天罰よ下れ!

ボクは貧乏人全開の妬みを放出し、その場を後にした。


病院に付くと、個室に通された。

木製の高級感溢れるスライドドアを開けると、白いカーテンが見えた。窓を開けているのかカーテンが揺れている。病室内の薬の匂いが、不安を助長させる。

3方向のカーテンがベットを囲んでいる。中で人の気配がした。

ボクの頭に嫌な想像が湧き上がる。

意識が無い状態なのか?

もしかして、虫の息?

そんなの駄目だ。

膝から下の力が抜けていきそうだった。溶けるように膝から崩れそうだ。酸素が薄いのか呼吸もままならない。涙も出そうだ。


「父さん!」


ボクは思わず、叫んでしまった。そしてカーテンを開けた。

そこには、父さんが爆睡していた。


「え?」


どういうことだ。

喉に包帯を巻いているが、全然、大丈夫そうだ。血色も良い。見た感じ、喉以外の外傷はない。

どういうことだ?


「ん? 良く寝た。お? 御男か! あ! 母さんは来たかい?」

「………」


何となく分かった。

いや、完全に理解した。

父さんは怪我をしたんだろう。しかし、入院するほどでもなかったが、無理矢理入院することで、母さんに会おうとしている。家でお互い照れているから、家で隠れんぼをしているような暮らしを2人はしている。

だから顔を会わさない。

………会わさないと言っても、こんな病院にも迷惑を掛けて、きっかけを作ろうとするなんて。


「父さん、これは駄目だ。本当にこれは駄目だ」

「何を言っているんだ御男。父さんは本当に怪我をしたんだぞ?」

「そういう問題じゃない。怪我だけで入院とか必要ないでしょ? しかもこんな個室なんて用意して、お金はどうするんだよ」

「ボーナスだ。冬のボーナスを使う。公務員のボーナスを馬鹿にするなよ。将来、御男も父さんのためにいっぱい、税金を収めるんだぞ」


よし。本当に入院させてやる。

何で殴ればいい?

バールのようなモノか?

鈍器のようなモノか?

いや、ここは5階だった。突き落とせばいいのかもしれない。

こんな事なら、無視すれば良かった。母さんの着信だったから出てしまったけど………って、これ母さんも来るんだよね。

ヤバいんじゃないの?


「父さん、母さんも来るんでしょ?」

「そう、来てくれるんだぞ。凄いことだ。父さん、化粧とかした方がいいかな?」

「逃げた方がいいんじゃない? これ立派な犯罪になりそうだけど?」

「まさか! そんなこと………そうなんことはない……だろ? 御男? なぁ?」


ボクは病室から見える風景を見る。

視線が合うのが怖い。

バカ過ぎて、とても怖い。

母さんのことも知らな過ぎて怖い。

もう撃たれたら良いんだ。

そして本当に入院すれば、良いんだ。

さぁ。帰ろう。今から帰れば、鷹茶と合流出来る。


「じゃ、父さん、帰るから」

「嘘だろ? 御男! 父さん、今から母さんと会うんだぞ? 恥ずかしくて、今夜が山だ。に、なったらどうなるんだ?」


どうにもならない。

山田でも鈴木でもなんでもなればいい。ボクは立ち会わないし、名字も変えない。

そのまま、鬼籍に入ったら直葬で、家に骨を郵送してほしいくらいだ。

でも、1人息子のボクはそんなことを出来ない。なんだかんだ父だ。

母との対面を待って、帰ることにする。

仕方ないので、ボクは病室の片隅にある丸椅子に座る。

今頃、鷹茶と触上砂羽先輩の邂逅がなされている筈だ。

触上砂羽先輩は潔癖症だから、鷹茶と合わないような気がする。

無論、ボクとも触上砂羽先輩は合わない。

能力の話をすれば、刺される可能性も出て来る。やはり会わない方が賢明だ。

先程からガンガンスマホに着信が来ているが、無視だ。

絶対に鷹茶だ。

もう耐えれないのは分かっている。

ボクもそうだ。

触上砂羽先輩はボクら一般人からすれば宇宙人。地球外生命体だ。そんな人と会話など出来ない。空気中にあなたの唾が分泌されているなど言われたら、発狂する。ビンタするからもしれない。


父と会話が無いまま数分後、母が到着した。

扉を思いっきりスライドさせる。凄まじい力だったんだろうか、爆発したような音がした。そして母が登場だ。

髪の毛ぐちゃぐちゃ。

黒いスーツはシワシワ。

化粧はもちろん……こんな時にバッチリメイクだった。


「あなた!」

「御男、来たんだな?」


何故か小声の父。

声を聞けばわかるだろう? と頭を引っ叩いて言ってやりたいがそんなことはしない。ボクは笑顔だ。

小さく頷くそれだけだ。


「ここだよ! 母さん!」


演劇か!

活劇か!

と、ツッコミを入れたい。なんでビブラートを効かす必要があるんだ。

なんだ!

その泣きそうな顔は!

父さんは舞台俳優のように演じていた。ボクは心の中では、壮大にツッコミを入れているけど、微笑ましい光景を見るように暖かく見守っている。

母さんは父さんの声を聞いて、頬を赤らめ、ゆっくりと近づいて来る。


「御男?」

「なに」


母さんは驚いたような顔していた。

なんだ?

ボクは邪魔ってこと?


「怪我はしていないのね? 大怪我には我慢してね」

「?」


どういう事だ?

大怪我には我慢してね?

良くわからない日本語だ。けど、母さんの場合はこれが普通だ。いちいち、反応しているとキリが無いので、ボクはそのまま病室を出た。


ボクは母さんの謎の言葉よりも、久々に2人の会話を聞いて、少しだけ嬉しくなっていた。

この2人の会話を聞けただけでも、ヨシとしょう。

個室だから、会話はいくらでも出来るだろう。あと、愛を深めたらいい。息子としては悍ましいが、父さんのムスコは大喜びだろう。


さて、行こう。

色々と心配だ。

と、歩き出そうとした時だった。

ボクがまたお湯を通り抜けた感覚を味わい、転送された。


「どう? これでわかった? 私も能力があるの?」

「あ? ええ? ええええっ!!! あああああ!? 今、今、今ァ! 今! 今いま、唾を…唾を……唾を……唾をはっははは……吐きましたか??? あり得ないです! 見過ごせないです! 気が狂いそうです! もう吐き気が来そう! いや、あー吐く。もう吐く吐く………いや、吐きません。綺麗にしないと。ちょっと! ちょっと! 今、転送した人! 土足! 部屋の中で土足。あーダメです気絶します。もう駄目」


そう言うと触上砂羽先輩はベットの上で倒れた。

潔癖症を殺すコンボで瀕死になったみたいだ。自らの電源を落とせるとは、出来る女だ。

ボクも世界が嫌になったら、自発的に失神をマスターしたい。嫌な上司に文句を言われたり、彼女になる女性に差別的発言や個人の人権侵害されたら、即座に失神したい。

意外にも失神とは、この世に必要なんだと思う。自己を防衛する処世術だ。心配もされて、自分のミスも帳消しにされる。

うん。

便利だ。

ってか最悪だ。

残された者は、大変だ。どうしようも出来ない。どうして良いか分からない。


「鷹茶。どう彼女?」

「変態ね。潔癖が過ぎて、こっちが吐き気するわ」


最もな意見だ。

鷹茶の顔を見れば、分かる。彼女も能力を使うのは、最終手段だったはずだ。それを使ったんだ。でも、触上砂羽先輩は、能力以上に自分の個性を優先させた。他人にとっては、最悪の個性だ。

自分勝手で自分よがりの救いようのない性質。

どうやって、歩み寄ればいいんだ。


「組織に入れるんでしょ? 出来るの?」


ボクは、不可能に近いと分かって聞いている。


「ふん。家に入れただけでも、凄いと思っているわ。でも入った瞬間にコレよ」


ボクは鷹茶の指差す方を見た。

あ〜。

ガスマスクとアルコール消毒スプレーが床に転がっていた。自分がするんじゃなくて、鷹茶綾に装着を義務付けようとしたわけだ。

これは荒れる。

もう戦いだったんだろうと容易に想像が付く。

ボク、母さんの電話に出て良かったと本当に思う。


「彼女、倒れているけど、どうする? 帰る?」

「駄目。起きるまで待つ。触上砂羽の母親が招き入れたから、ここに居ても大丈夫よ。アンタ、脈とか見れる?」


なんだかんだ言って、倒れたことを心配しているところが鷹茶らしい。

強気の中に、優しさがあるんだ。

ボクにはない優しさだ。ボクだったら、放置して帰る。いや、その前に胸は揉むかもしれない。パンツを見るかもしれない。

と妄想するが、出来ないのは分かっている。ボクは小心者だ。そんなことを想像して妄想して悶々となるのが性に合っている。

まぁ、そんなボクでも脈は見れる。

母さんと父さんが公務員で、人命を最優先することは宿命であり、職務だ。だからって訳ではないけど、自動的に、いや半強制的に人工呼吸と脈のあるなしの判断は出来るようになった。

親とは、ガチャガチャみたいなモノだから、その意味ではラッキーなのかもしれない。

恵まれているという面では。


早速、ベッドで横になっている触上砂羽先輩に近づく。

が、ボクはそこで、停止する。

ここは、女子の部屋。そして先輩の部屋。一個学年が上ということでいわゆる、大人の女性。

いやいや、これは観察してから脈取りしてもいいでしょう。いやいいんです。良く見たら、あの寝転んでいても分かる豊満で、童貞など粉砕する胸が上下に動いている。つまり命は今も続いているということだ。だったら、急がなくても良い。


「鷹茶いいか? まずは周囲の確認だ」

「確認? なんで? 脈を取れば分かることでしょ?」

「おま、おま、お前は大馬鹿野郎だよ」

「な、な、何がよ!?」


明らかに動揺する鷹茶綾。


「もしだ、触上砂羽先輩が息をしていない場合、どうするの?」

「それりゃ! アレよアレ。口と口でプーって息を入れる! やつよ」


人工呼吸を知らないのか?

どんなヤツだ。


「………人工呼吸をするんだよ」

「私は、そう言ってるし」

「………まあいいけど。その時、周囲がごちゃごちゃしてたら、どうするの? 本棚が倒れて来そうだったら? 足元に何かあって、躓いたら? そうならないための周囲の確認だよ。まずは周囲の確認、そして安全確認。分かった?」

「……分かったわよ。任せるから早くして」

「今後、素人は黙っててよ」

「うぅ」


完全に負け犬と化す鷹茶。

これで物色が出来る。

さてさて。

これが触上砂羽先輩のお部屋ですか。第一印象は大きい部屋だった。ベットはクイーンだ。大きい。4人くらいは寝れそうだ。1人だったら寝返りし放題だ。もうバーゲンセール状態。

それよりも、なんだこの甘い香りは?

女の子の部屋ってなんで甘いんだ。鷹茶の部屋もいい匂いだったが、ここは段違いだ。

もう自然と発情しそうなくらい、いい匂いだ。鷹茶の部屋が麻薬だったら、ここの部屋の匂いは男の本能を解き放つ媚薬だ。一度、吸ったら、もう戻れない。どれが現実でどれが幻か分からない。

そんな匂いだった。

部屋全体もオシャレだった。

木目模様で落ち着きのある空間だ。明かりは全て間接照明。天井にあるファンが部屋全体の空気を流動させて、暮らしやすい設計をしている部屋だった。

潔癖症ということもあるのか、下着やニーソなど散乱はしていない。脱ぎたてホヤホヤのブラなど落ちていたら良いと思ったが、そんなモノは1つも無かった。それどころか、ホコリ1つ落ちていない部屋だった。

ある意味、潔癖症の鏡のような部屋だ。

少し面白みに欠ける部屋だなぁ〜っと思いつつ、備え付けのクローゼットを開ける。


「コラ! そこは関係ないでしょ? アンタ!」


そんな制止を無視して、クローゼットの中を見てみる。開けるまで普通の壁面のクローゼットと思っていたが、ウォークインクローゼットで驚きの方が上回った。

が、目の前に飛び込んできたモノを見て、ボクは扉を閉じた。


「何よ? どうしたのよ?」

「脈を見るまでなく、生きているよ」

「そう。ならいいわ。私は最初から分かっていたけど、でもこの娘が敵対行動するからねぇ〜仕方なく」


鷹茶綾の言葉はほとんど、聞いていなかった。

クローゼットには直ぐ、手が届く範囲に制服が掛けてあった。しかも、綺麗にクリーニングされていた。

触上砂羽先輩は潔癖症だ。

でも進んで、不登校児になったわけではない。

潔癖症だから、不登校児なんだ。

今の世は、多様性が認められている。でも、多様性とは個の力だ。だから、個で突き通せば、突き抜けられる場面はいっぱいあるだろう。

けど、疲れた時、失敗した時は、誰も救ってくれない。

みんなと並んで歩かなかった人間の責任だ。それが多様性。

触上砂羽先輩も個人的な個性を曲げないから、そうなった。克服しないから、そうなった。

誰も悪くない。

誰のせいでもない。

触上砂羽先輩のせいだ。

それを考えると何とも言えない気分だった。

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