第10話 道中

悩みがあると公言してしまえば、本当に悩んで困っている人に非難されそうだから、悩みではなく、言いたいことがある。他人から見れば、些細なことに思われるのは自覚しているし、どうでもいいと分かっている。ボクだって、出来ることなら言わないでいたい。口笛を吹きながら平静を保ち、コーヒーを優雅に飲んでいたい。

でも限界だ。

臨界点突破だ。

ストレスで胃に穴が空きそうだ。胃液も吐きそうだ。

もう秘めておくことが出来ないんだ。1回目だったら見逃そう。2回目は無理だ。自分自身でも矮小な許容量で残念かつ無念だ。ボクが高校生だから許容出来ないのか、大人になったら許容出来るのかは、分からない案件だ。多分、ボクが大人になっても許容は出来ない。

出来るはずがない。

これが現在で、事実だ。

では、言う。

厳格に言わせてもらう。


どうしてなんだ? どうして、会話が途切れたのに一向に鷹茶綾からコンタクトが無いんだ?

中々重要なことを話していた。今から核心に迫る場面だ。生唾を飲んで、ボクの葛藤とか、彼女の想いが交差する………的な局面への1歩だったはずだ。

ボクの勘違いだったのだろうか? その辺の熱量というのが違うのか? 組織の話とか、任務とか言ってたのに、学校のチャイムで遮られた程度で無かったことにするのか?

分からない。

いや、ボクが変に真面目なだけか?

いやいや、これは一般的な感情だ。

これは譲れない。

………分かっている。

分かっているんだ。

そうなんだ。

皮肉なことにボクが話したいんだ。

猛烈に鷹茶綾とお喋りがしたいんだ。

真剣に考えれば理解出来る。ボクは今、すごく寂しいだけだ。

学校であんなに話したのは初めてだった。思い出しただけでも夢のような時間だった。

女子との会話。

高校生活では無いと考えていたが、ボクの誤転送でこんな奇跡が巻き起こるとは。

神がいるなら祈りたい。

ありがとうと胸の前で十字を切ろう。

女の子と話させてくれてありがとう。


………。


女の子という単語で、忘れていたことを思い出した。

屋上のいた超が付く潔癖症の不登校児。

彼女とも会話をしたが、潔癖症と分かった以上、絶対にボクとは友達になれない。もし、鷹茶綾より彼女の方と先に出会っていたら、彼女を転送していた。そうなれば、地獄だった。そう考えれば転送したのが、鷹茶綾で良かった。鷹茶綾も能力者で、やはり運命だったのだ。少し、屋上の潔癖症の不登校児に心が揺れたが、ボクの運命の相手は鷹茶綾だ。

それに対しては胸を張ろう。


ふっ。

ニヒルに笑う。

まぁいい。待つことも人生だ。良く言うじゃないか、待つよりも人を待たせるなと。ボクは楽しみを待っているんだ。なら、この時間を楽しもう。楽しめたら、会った時に嬉しさも倍増だ。

待ち時間を堪能する時間と変換しようじゃないか。それに、ここでボクが騒ぎ立てたとしても、相手次第だ。

話したいなら、向こうから来るだろう。

などと、思っていたらあの屋上での会話から3日目が経過していた。


とある日の帰り道。

1人で下校していた。

一緒に帰るクラスメートは勿論いない。ボクの目の前でキャハキャハとやっているのはクラスメートたちだけど、一緒に帰ろうとは言われていない。

泣きそうだ。

目と鼻の先の距離でボクが歩いてるんだ。

声を掛けてもバチは当たらないけど、声を掛ける勇気がない。彼らからも声を掛けて欲しいが、彼らは彼らだけで楽しいようだ。

除外された対象とは、彼らの視界にも入らないらしい。

別に良いんだ。ボクなど路傍の石。名の無い雑草。空に浮かぶ雲。誰にも見向きもされず、人知れず消えるのが運命。

彼らを見る。

彼らの顔を。今が楽しいと言わんばかりの笑顔だ。体全身で喜びを感じ、何にも捕らわれず、偏見も無い笑顔の花。お互い共有する時間が友情を強くする。彼らはこの何気ない風景を、何気ない笑い話を輝かしい未来で語り合うんだ。大人になって「俺たちは馬鹿だったけど、楽しかったなぁ」とか言って、酒の入ったグラスで乾杯する。一方、ボクの方は、何も無い。大人になっても酒を飲み交わすこともなく、過去を振り返ることもない。後ろは暗黒の黒歴史。友達がいない高校生活なんて地獄だ。

あ〜私は貝になりたい。


駄目だ! 自分で声を掛けるんだ!

運命は決まっていない。

自らの手で勝ち取り、掴み取れ!

どうか神様! ボクに勇気と力とお金を!

拳を握り、重い1歩を踏み出した時だった。後方から黒い影が覆い被さった。

一瞬のことでボクは全ての思考が停止する。


雨?

雨雲?

人生が終わった?

眼前暗黒感?

世界の終焉?


止まった思考が一気にフルスロットルで動き、脳裏で考えられる全てが、走馬灯のように駆け巡った。

しかし、それは杞憂に終わった。


「チッス」


ボクは予想外で、リアクションがとれずその場で立ったまま膠着した。

視線の上方からアフロと顔が出て来た。悲鳴を上げなかった自分の褒めてあげたい。

断言出来る。予告もなく、アフロと顔が現れたら、誰でもびっくりする。

拳銃を持っていたら暴発していた。


例にも漏れず、またあのアフロだ。

ボクは深呼吸をして、叫びたい気持ちを胸の奥底に閉じ込め、彼と対峙する。この前は鷹茶綾のことを「お嬢」と呼んでいたが、関係性までは聞いていない。身内とかだろうか?


「………こんにちは……です」

「そういえば、ジコショーまだっすよね?」


ジコショー?

自己紹介のことだろうか? 若者の喋りなのか、軽い人が独自に生み出した話し方なのか知らないが、大変難解だ。

こういう喋りをするから日本は他国から舐められる。

果てに日本の民度を下げる可能性を秘めている。ここでビシッと注意出来れば良いけど、この人はボクの母さんとも繋がっているのでとても厄介だ。下手なことを言って、母さんの耳に入ると厄介では済まない。ややこしいことになる。はたまた、拘置所の逆戻りも有り得る。

だから軽口は叩けない。


「………そうですね。ボクは天流川御男です。一応、高1です」


無難な言葉を並べる。

自己紹介をここ最近した記憶がない。小学校の頃は良くやった気もするが、高校生になってやったのは初めてだ。友達になる前段階だったら、軽くやるんだろうけど、残念なことに友達になる前段階も存在しないボクには自己紹介も無縁だ。


「んじゃ、御男っちっすね! お母さんにはいつも世話になってます」


御男っち……。軽い。そんな呼ばれ方されたことがない。初めて呼ばれたのにこの不快感は何故なんだろう。

彼は言葉が言い終わるタイミングで頭を下げた。母に対してのお礼のつもりかもしれないがタイミングが遅い。これも不快指数を上げる要因だ。

それにしてもお辞儀をされるとアフロが目の高さまで下がってくる。

色々と課題はあるが礼儀正しいみたいだ。服装もピッチリした黒いジャージ上下で完全にニートっぽいけど、よくよく考えればこの人も警察官だった。根は真面目なんだな。


「いえいえ」


取り敢えず、ボクは社交的に軽く受け流す。

ここで変な受け答えをしても、面倒だからだ。


「俺っちは、黒影闇影っす。クロと呼んで下さい」


なんてカッコいい名前なんだ。クロカゲヤミカゲ。完全に忍者の末裔っぽい。

これで自己紹介は終わったが、何をしにボクのところへ来たんだろうか?


「えっと〜あと〜俺っち、お嬢の奴隷っす。小間使いっつうか、何でも屋っていうね。基本的には警察の情報を垂れ流しっすね。マジウケる」


クロは腹を抱えて笑っている。

ボクは若干、引いている。

警察の情報を横流しにしているのは、ヤバいんじゃないのか? 母さんに相談しよう。いや、相談など生温い、報告だ。相談する時点で、バレるんだ。報告しよう。それは日本の為で、ゆくゆくは警察の全体の為だ。


「御男っち。今、お母さんにチクろうって思ったっしょ? チェーウケる。爆笑! 草! 草過ぎて平原! 平原からの鯉のぼりから! 昇り龍!」


バカ極まる。

ボケ冴え渡る。

不快マックス。

と、いった感じだ。どう教育を受けたら、こんな大バカが誕生するのか不可解過ぎる。無駄に動くし「昇り龍」の所で袖を捲くり上げ、二の腕を見せる所など低能だ。時代劇の遠山の金さんばりに見せて来たので、龍のタトゥーでも彫っているのかと思いきや、何もなかった。ガリガリの干物のような二の腕だった。


「………言いませんよ」

「ちょ! 完全に言うヤツ! ウケる! ウケミザワ!」

「言いませんよ! 言ってもボクに得はないでしょ!」

「確かに! サワガニ! ヤドカリ!」


軽いとか、バカとかではない。寒いギャグを連発しているような気もしてきた。もう付き合っているのも疲れるので、家に帰りたい。


「俺っち、普通に忘れてたっす。デリートしてたっす。お嬢が家にエスコートしろって言ってたんで付いて来て貰っていいっすか? ちょっと遠いっすけど、良いっすよね?」


絶対に行かないと駄目な雰囲気を出してくる。

目が座っているし、無駄に威嚇するように1歩前に出て来る。ただでさえ、大きいのに1歩前に出るとさらに大きい。図らずとも萎縮してしまう。蛇に睨まれたカエルだ。

クロの顔をチラリと見る。

細い目に薄い唇。肌は乾燥肌でガサガサしている。

昨今、男もフェイスケアをすると聞くが、この男はケアをしていない様子だ。

ここは、逆らうのも怖いので、従うことにする。

短時間だが、このクロという男がどんな奴かは理解したつもりだ。他人に対して考慮、顧慮、思慮もしないチャランポランなヤツだから、断れば酷い目に合いそうだ。

今も、目が笑っていない。

細い目だが、獲物を狙う眼光をしている。

逆らったら負けの奴だ。


それにだ。

鷹茶綾の家は興味がある。

クロを奴隷として飼い殺せるくらいの財力があるのだから、十中八九お金持ちに決まっている。

大きい家に住み、ドーベルマンとか5匹ぐらい飼っていそうだ。お茶とかもアールグレイとかオレンジペコーとか出てきそうだ。紅茶が出て来るなら、チーズケーキもセットで出て来ることは容易に考えられる。

あ! 

大きい家、つまり屋敷だ。

メイドもいるに違いない。アニメでしか見たことがない、ヒラヒラした衣装のあのメイドだ。

黒と白のコントラストのクラシカルメイド服。

青と白のコンボでスカート丈も太ももくらいのメイド服も捨てがたい。

日本人には着こなせないかもしれないが、そこが良い。和の日本人が、メイド服を着こなそうとして、慎ましさが胸を締め付けて離さない。和と洋のコンビネーションこそ、最大の武器で最大の盾。ゆえに無敵ということだ。


「行きます!」

「あれ? なんか期待しちゃってます? グロウケる! んじゃ、行きましょか!」


何にウケているか分からないが、嫌な笑顔を見せるクロ。

ボクは頭を傾げなら、後に続いた。

しばらく歩いていると、御坂高校を横目に長い長い坂を下る。こちら方面は来たことがないので、異様な感じがする。静まり返っており、人の気配がない。長い坂は何かを飲み込もうとしているようにも思う。

高校の屋上から見下ろした時は、崖底のようで、薄暗い程度の認識だった。実際、歩いてみると今までいた平地と今、下っている場所の高低差が非常に大きい。そのせいか、気温が一気に下がったように思う。

そういえば、もう10月の初めだ。秋だ。

でもここは、冬が来たように寒い。自然と鳥肌が立っている。


「寒いっすよ。御男っち。温暖差で風邪引いちゃいますよ。俺っち、寒いんで帰るんで。もう少し行ったら、寂れたアパートがあるんでそこの205号がお嬢に家っす。では、さよならっすのばいばいきーん」

「え? ええ?」


ボクの返答も待たずにクロは踵を返し、帰って行った。

1人残されたボクはその場で佇み、彼を見送った後に進行方向を向いた。出来れば帰りたい。

クロはアパートと言っていた。

何が悲しくて、そんな所に行かないと駄目なんだ。アパートだと、もし親御さんが在宅なら気まずい。

いや苦しい。居辛い。

決めた。

帰ろう。

鷹茶綾には申し訳ないが、ボクを制止するクロもいないことだ。この時点で強制力も、ワクワクも消失した。行く意味はない。鷹茶綾が独り暮らしだったら、ワンチャン行く意味は産まれる。年頃の男女が二人、1つの部屋にいるんだ。間違いの1つや200、起きても仕方ない。何なら、起きないようだったら、起こすのが男だ。


だが、しかし。

狭いアパート。親御さんもいる可能性を予測に組み込むと、行かない方が良い。屋上でした会話の続きも気になるし、女子と話したいと思う下心もあるけど行くことの煩わしさを考えれば、行かない方が得策だ。

そうと決まれば帰ろう。

さらば、鷹茶綾。

その時だった。

ボクのスマホが鳴った。


「?」


スマホを見ると母からの着信だった。


「アタシだけど、彼女独り暮らしよ。じゃ」

「………」


電話は唐突に切れた。

まるでボクの行動を監視しているようだ。

おそらくクロが母さんに電話をして、伝えたんだろう。

憶測だけど、クロはボクの行動を読んでいた。故に母さんを使い、年頃の男が疼くだろう理由を伝言させた。

なんて奴だ。

だけど、ナイスだ。

良し! 仕方ないから行こうじゃないか!

待っていろ鷹茶綾!

ボクは必ず、君のアパートに行く。命に変えても。

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