3. 【異】邪気の森へ

「それじゃあ私が行って来れば良いんだね。ちょうどさっき主様に認められたんだ。だから安心して任せてよ!」


 簡単に言うが、当然簡単なことではない。

 技術が未熟で邪獣と戦ったことすらない女の子。瀕死の邪獣が相手とはいえ、手に負えない相手であることは間違いないし、そもそも邪獣が居るところまで辿り着けるかも分からない。


「ってあれ、そもそもそのモグラって邪気の森の何処にいるの?まさかしらみつぶしに探さなきゃダメ?」


 自分が邪気の森に長居出来る実力があるとは思ってもいないし、かといって実力があったとしても制限時間があるので闇雲に探すというのは無理がある。


「それは大丈夫。お母さんがあいつに追跡魔法をかけてあるから居場所は分かるわ」

「さっすがお母さん」

「もう隠れる場所を決めたみたいでずっと動いて無いわね。今いる場所ならなんとかキヨカでも辿り着けるわ」


 これで捜索する必要は無くなった。


「そうだお父さん。そのモグラって瀕死なんでしょ。もしかして滅茶苦茶強くなってたりしない?」

「おお、ちゃんと勉強してるじゃないか。偉いぞ」


 邪獣が強ければ強いほど、瀕死になった時にパワーアップする可能性が高い。モグラもそうなっていると考えるのは当然だし、なっていたら今のキヨカだと手も足も出ずに負けてしまうだろう


「その点は大丈夫だ。あいつはそれが出来ないくらい疲弊してたからな。怒り狂ったとしても体が動かないだろう」


 実質、ほぼ倒していたようなものらしい。

 モグラ自身、生き延びたのが奇跡的と思っているかもしれない。


「よし、それじゃあ私、やるよ」


 自分の実力と状況を冷静に分析して、誰もが助かる可能性がまだ残されていると理解した。


「待て。一つだけ条件がある」

「条件?」


 キヨカの行動を全面的に応援するスタンスであった父親が、キヨカの選択に待ったをかける。


「お父さんとの約束、覚えてるか」

「もちろん。忘れたこと無いよ」


 この確認こそが、キヨカの父親にとって、そしてキヨカ本人にとっても、とても大事なことなのだ。


「よし、ならば行きなさい」

「うんっ!」


 村人たちの申し訳なさそうな表情を歓喜の表情に変えるべく、少女は力強い笑みを浮かべてモグラ邪獣を倒すと決心する。


「そうだ、うちの倉庫に予備の剣が置いてあったはずだ。お世辞にも質が良いとは言えないが、あいつを斬って帰ってくるくらいなら大丈夫だろう」

「分かった、持って行くね」


 武器はこれで手に入った。後は防具と道具を揃えないと。


「うちに寄って好きなの持ってって~」


 宿屋の窓から聞こえて来たのは雑貨屋のミルフィーさんの声だ。


「といってもやっすい防具しか残って無いけどね。キヨカちゃんに合った可愛いのを作ってあげたかったなぁ」

「あはは、それはまた今度で。それじゃあありがたく頂戴しますね」


 この村で売っている防具は、レザーアーマーとレザーハットとレザーシューズ。武骨な装備で防御力の方は推して知るべし。


「後これも持って行きなさい」


 今度は宿屋の女主人、ケスリーさんから餞別をもらった。


「ってこれポーションじゃないですか!何で残ってるの!?」


 ポーションは邪獣との戦いで使い切ったと聞いていた。それなのに、五本のポーションがケスリーさんの手の上に乗せられていた。


「念のため私が残しておいたやつだよ。怪我人を治すために絶対必要だったからね。本当ならこれで誰かを治してあいつを倒しに行かせたかったんだが、厄介なことに回復薬を無効化する呪いがかけられていてポーションの効果が無いんだよ。本当はもう少し残したかったんだけど焼け石に水でもと思って効果が無いと分かっていても少し使っちゃった。ごめんね」

「そんなとんでもない!」


 正直なところ助かった。回復アイテム無しに邪獣ひしめく森へ入るなんて自殺行為だからだ。


「みなさん、ありがとうございました。それでは、行ってきます!」


 準備は整った。

 必要な装備を回収しつつ、いざ邪気の森へ。


――――――――


 村が襲われたのはお昼過ぎ。

 その後手当などをしてから村を出て、すでに日が暮れようとしていた。


 邪気の森の中は魔灯が設置されていて夜でも明るく探索出来るようになっているが、昼間より圧倒的に視界が狭い。ここでは夜の方が邪獣が強くなるなどということはないが、それでも夜に初心者が入るべきではない。


「キヨちゃん……怪我しないでね……」

「う~ん、それは無理かな」

「そんなぁ」

「心配かけてごめんね」

「うわーん」


 森の中に入るキヨカと金色ウサギ。

 話をしながらだけれども集中力は切らさない。


 キヨカの装備は、頭部を守るレザーハットに、胴体から太ももまでを守るレザーアーマー

 直径20センチ程の円形の木の盾に、鉄の片手剣。


「盾は苦手なんだけど、そんなこと言ってられないからなぁ」


 盾の使い方について一通り父親に教えてもらってあるが、致命的にセンスが無いため、とりあえず前に出しておけば良いと投げやりだ。


「キヨちゃんはもっと自分の身を守ることを考えた方が良いよ」

「うぐっ……でもほら、やられるより先に倒せばダメージも少なく」

「キヨちゃん!」

「ごめんなさい!」

「そうじゃないの、前!」

「!!」


 目を凝らして前方を見ると、サッカーボール大の何かが宙に浮いているのが分かった。

 それが徐々に近づいて来る。


「ネズミ?」


 翼の生えたネズミが一匹、宙に浮いている。


 剣と盾を構え、戦闘態勢に入る。


 まずはキヨカが敵に近づき、剣を右上から斜めに振り下ろす。攻撃を喰らった敵は少し後方に吹き飛ばされるもすぐに戻ってくる。


 手ごたえはあった。


 そう思い最初の位置に戻った時、今度は敵が体当たりをして来る。


「っ!」


 右に飛んで避けようとしたけれども敵の攻撃が当たるのが早く、盾の左隅に当たってしまった。


「ったぁ……」


 盾越しでも感じられる重い衝撃。盾を持つ左腕と脇腹辺りを痛めたのかズキズキする。


「ええいやっ!」


 元の位置に戻っていた敵に対して今度はキヨカが先ほどと同様に右上から剣を振り下ろす。


 当たった敵はその場で消滅し、カランと何かが地面に落ちた。


「た……倒した」

「キヨちゃん!大丈夫!?」

「大丈夫……なのかなぁ。思ってたより大分痛い」


 痛みはひかないが、このまま立ち止まっているわけにはいかない。

 ひとまず敵が落とした何かを拾ってみる。


「そんな……これだけのダメージでもこんなに痛がるなら、この先一体……」

「レオナちゃん?」

「う、ううん、なんでもない。それより何が落ちてたの?」

「多分これがブルークリスタルだと思う」


 高さ10センチメートルほどの正八面体の結晶。

 暗闇なので良く分からないが、明るいところで見ると青いのだろう。


「確かこうすれば……おお、吸い込まれた!」


 ブルークリスタルを体に近づけると、抵抗なく吸い込まれる。


「それを吸収することで能力アップ出来る……だっけ?」

「うん、そのためには街に行って専用の魔道具を貰わなきゃダメだから、すぐには効果がないんだけどね」

「今すぐパワーアップ出来れば、キヨちゃんが少しは安全になるのに」

「あははっ、しょうがないよ。強くなるには地道に頑張るってね」


 体はまだズキズキするものの痛みには慣れて来た。今と同じ敵なら三体同時に現れても大丈夫だろう。

 そんなことを思ってしまったせいか、本当に三体同時に現れる。


「いったいいいい!」


 宣言通り倒したが、攻撃しては攻撃されの繰り返しで体中がボロボロだ。

 一つとして直撃していないのに、立っているだけで辛い。


 その後も敵が現れるが、体当たりを喰らいながらもなんとか倒す。


「キヨちゃん、ポーションを使って!」

「……うん」


 五個しか無いから勿体ない、とは言ってられない。キヨカ自身が、これ以上に被弾は危険だと実感している。


 目的地まではまだ半分以上あるのに、もう貴重な回復アイテムを消費させられた。本当にモグラを倒して帰って来られるのかと不安な気持ちが生まれるが、なんとかして振り払う。どちらにしろ生き残るためには前に進むしか無いのだ。


 その後、チューリップのような邪獣、オレンジのような邪獣が出るものの、強さはネズミとあまり変わらない。攻撃と被弾、苦しくなったらポーションを繰り返し先に進むと、道中に謎の箱が落ちているのを見つけた。


「キヨちゃん!これ宝箱だよ!」

「宝箱?」

「うん、絶対開けるべきだよ」

「大丈夫かな。罠とかじゃないかな」

「こんな序盤で罠なんてないよ。大丈夫だって」

「序盤?」

「ううん、なんでもない」


 レオナの言葉が気にはなったが、そこまではっきりと断言するならと開けてみる。中に入っていたのはポーションだった。


「ポーション!?」


 すでに三本も消費してしまったので、本物ならばかなりありがたい。


「なんでこんなとこに……?」


 道端の謎の箱の中に入っていたポーション。使うのには抵抗がいる。


「まぁまぁ、せっかく手に入ったんだからラッキーとでも思おうよ」

「う~ん、じゃあどうしようもなくなったら使うよ」


 初心者のために村の人が置いてくれたのかと思うことにした。


 結局その後も、ポーションをもう二本手に入れた。五本中、四本使って三本手に入ったので、残り四本。


「あれがお父さんの言ってた泉かな」


 邪気の森の中には体力を回復させる泉が湧いていると、父親が言っていた。何故こんな危険なところにそのような泉があるのかは分かっていないが、活用するよう言われている。


「美味しい!体もスッキリした!」


 疲労までも解消されたかのような気持ち良さだ。


「さて、この先にモグラがいるってことか」


 ここまではどうにか辿り着くことが出来た。ポーションは道中で拾った怪しいものも含め、なんとか四本残っている。この数で何とかならなかったら、もうどうしようもない。


「キヨちゃん!ちょっと待って!」

「レオナちゃん?」

「この先に進む前に、少し戻ってもう少しだけ邪獣との戦いに慣れない?」

「どうして?」

「えっと……その……多分その方が良いから!」


 要領を得ないレオナの説明だったが、邪獣との戦いに慣れるべきというのは最もだと思った。これまで回復アイテムの量を気にしておっかなびっくり戦っていたので、お世辞にも戦い方が上手になったとは言えない。それなら、回復を気にしなくて良いここを起点に、無理の無い程度に訓練するのはありかもしれない。


 時間はまだ残っているため、レオナのアドバイスに従って少し戻り、チューリップとネズミの混成パーティーを撃破する。戦い方が特にうまくなったわけではないのだが……


「あれ?」


 なんとなく、新しい攻撃方法を思い付いた気がする。これまでより多くのダメージを与えるための『技』を。




 思い付いた『技』の練習をしてから、泉で回復し、モグラ討伐に向けてついに歩みを進める。母親の魔法によれば、モグラはこの先にある洞窟の中に潜んでいる。洞窟内で戦うのは崩落の危険があるため、洞窟の入り口付近におびき出す必要がある。


 そのためのアイテムを母親から貰ってあった。強い邪獣のみ引き寄せるそれを使えばモグラは必ずやってくる。そして自分を酷い目に合わせた人間を見て激情し、地面の中に逃げ込むことは無く攻撃してくるだろう、と。


 目当ての洞窟前、少しだけ切り開かれたその場所で、キヨカはそのアイテムを地面にぶちまけた。

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