第15話 拝名、偽善の聖騎士

 洗礼拝名せんれいはいめい


 大教会、地下神殿にて行われる儀式。新たに叙勲された聖騎士が、教王により洗礼を受ける。教王により頭部を触れ、神託聖典に聖騎士のが記される。


 読んで字の如く、与えられるのは蔑称べっしょうにも近しい。


 聖騎士のあり方を嘲笑うような拝名。この世界の神様は随分と意地が悪いらしい。しかしこれが無ければ聖騎士とは言えず、その力を十全じゅうぜんには発揮できない。


「陛下、先程は申し訳ありません」


 頭に血が上り、少女相手に凄んでしった自分に自己嫌悪。外のナターシャ達にも停戦命令は出し、闘技場に向かうよう伝えた。今は地下神殿、その最奥。


「構わない、というか意外だな。そなたは余のような子供相手に頭を下げるのは嫌がりそうなものなのに」


 全く、年下に見透かされて恥ずかしいったらない。この子がどんな人生を強いられてきたのか考えてしまう。


 服は教王はそのまま、私は窮屈な修道服に着替えさせられている。狭い部屋に私達二人だけ、よくもまぁ王城に乗り込んだってのに信用されたものだ。


「……なあ、聖女よ。何故なにゆえ、神を殺す?」


 名前で呼んだのは私本人の意思を問いただすため。二人きりになったのもこの質問が目的か?


「人が、人らしくある為です」


「その人の中には、亜人も奴隷も……教王も含まれるのか?」


 たどたどしく、恐らくは人前では言えない彼女の本音。


「えぇ、もちろん」


「そうか……ユースと、呼んでも良いか?」


「はい、こちらも何か愛称でお呼びしましょうか?」


「ほ、本当か?!」


 冗談めかして言ったつもりが、予想外の反応。せっかくまとめた白みがかった銀髪が崩れてしまいそう。左顔面のひび割れようたような傷が痛々しい。


「では二人の時はアナリシアとお呼びしましょう」


「アナではダメか?」


「うッ」


 幼女の上目遣いは卑怯だって。


「アナ」


 何だかこっぱずかしい。だが嬉しそうに微笑むアナを見てるとそんなのどうでも良くなった。


「ユース……今から言うことは教王アナリシアとしてではない。ただのアナとして聞き流してくれ」


「ええ」


 出来る限り優しく。目の前の少女のり所となれるように。


「この傷、呪いなんだ……」


 ジクジクと少女の顔を蝕む、ヒビのような傷。


「教王の家系は、代々呪いを背負ってる……見てくれよ、この傷。醜いだろう?」


 そんなことないと、言えたらどれだけ楽だったか。


「この国、ひいてはフィーリァ教に対する恨みの結晶がこの呪いだ。もし、私に子供が生まれても女なら引き継がれてしまう……」


 神って奴はよ……


「こんな見た目だ、政略結婚できた婿殿もガッカリだろうな」


 どうしてこうも残酷な運命を人に背負わせるんだ。


 自嘲じちょう気味に笑う彼女を抱きしめる。


「大丈夫、まだ貴方は若く世界の広さが見えてないだけ。貴方の傷すら魅力に感じる殿方だっているかもよ?」


 腕の中の少女は一瞬、驚いたような表情をすると泣き出してしまった。


「そんな人いるかなぁ?」


 年相応の幼さに、少しばかり救いがあってもいいじゃないか。


「一緒に探しましょう」


「役目も、血筋も、放り出してもいいのかなぁ」


 たった八歳の少女に背負わせすぎなのだ。


「もう、貴方が悩まなくても良い世界を作ってみせます」


「……信じて、いい?」


「賭けられるものなんて、命くらいしかありません。だからこそ」


 手を握り、しっかり目を見て。


「この命、尽きても果たすと誓います」


 感情が魔法となり、死者の願いすら力になるこの世界だからこそ。


「信じるからな」


 虚しい王位に立たされ続け、一人孤独に泣きじゃくる少女を救わんと誓うのだ。


 

~数時間後~

 少女の涙を拭き取り、拝命の儀式へ向かう。

 

 神託聖典が掲げられる石の譜面台の前にはすでに兜を外したウィルがいる。


「正義の聖女、ユース・ティーツィア・スプリチウム。その聖騎士、ウィルよ。其方に聖女を守り、聖道をなさんと誓うか?」


 ウィルはうなずく。肯定。


「創造神にたてまる。我は聖騎士を祝福せん。ここに御名みなを」


 少女の詠唱。

 神託聖典が光り、文字が新たに浮かぶ。少女は顔をしかめ、その名を告げる。


「ここに忌み名を。偽善の聖騎士、ウィル」


 例え神にあざけられようと、隻腕の英雄は笑っていた。







 

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