家事も家事とて

くるとん

家事も家事とて

閑散かんさんとした街並み。


いつもなら雑踏ざっとううるさく開けられない借家の窓も、ここ最近は開放。人通りはあるのだが、みんな無言で距離をとっている。



数週間前、この世界に未曾有みぞうの脅威が訪れた。感染症。もっとも、この世界に「感染症」という言葉はない。医学水準も決して高いわけではなく、多くの人が簡易ベッドにただせっている。この世界で唯一「感染症」という言葉を知る俺は、素人ながらもギルドに情報提供を行い、今日にいたる感染拡大防止措置が講じられることとなった。



「お荷物お届けに参りました。玄関先に置いておきますね。」



これは俺の住む世界…地球の人からすれば「異世界」ということになるが、そこで起きた日常の記録である。


詳しい事情は省略するが、俺はこの世界に飛ばされてきた。いわゆる「異世界転移」というやつだ。もといた世界も未曾有の事態により、深刻な打撃を受けている。感染拡大防止のため「蜜」を避ける生活。テレワークなるものも始まり、自宅にいる時間が生活のほぼ全てを占めていた。その最中、俺はこの世界に転移させられた。


俺の職業は会社員…ではなく、冒険者だ。怪物相手に大立ち回りができるほどの胆力は持ち合わせていないので、薬草採取に励む地道な日々だった。



―――暇だ…。



外出は制限され、人が密集するギルドも閉鎖されている。ギルドが閉鎖された以上、冒険者は依頼を受注することができない。依頼を受けていなければ、薬草採取も仕事ではなく趣味となってしまう。要するに、報酬がもらえないのだ。


仕事がない。お金もない。時間だけはある。


重い腰をあげ、配達してもらった食材の下処理を始める。この世界では、ほぼすべての行動がスキルに支配されている。野菜の下処理も、家事スキルのレベルを2に上げるまでできなかった。



―――できなかった…だと語弊ごへいがあるか。



レベル2にならないと包丁が持てないとか、そういうわけではない。スキルとして「野菜の下処理」を習得できるということ。つまり、レベルを上げればゲームで技を出すように、簡単操作でパパッとできるようになるのだ。本当に一瞬。要するに魔法。



「おうち時間」を快適に過ごすためには、家事スキルが重要なのだ。



というわけで、俺の異世界生活。採取ライフから家事ライフへ。





家事スキルに限らないことなのだが、スキルはポイントを集めることでレベルアップできる。何をすればポイントが入手できるのかは、不明。ちなみに、最初にポイントをゲットしたのは、初めて薬草を採取した瞬間。1ポイントだった。



―――いろいろ試してみるか。



もとの世界では「おうち時間」を少しでも快適なものとするため、家事の勉強をした。恥ずかしながら、勉強しなければできない状態だった。掃除をすれば四角い部屋を丸くはき、料理をすれば何か違う。このままではまずいと思い立ち、家事に関する本を買いあさった。


普段ならば本を買うだけで満足してしまうタイプだが、必要にせまられるとさすがに。



―――まずは料理だな。



異世界に来てからずっと外食続きだった。冒険者にとっては毎食外食が基本らしい。確かにレストランはかなり充実している。ただし、今は事情が違う。



―――えーっと…せっかくだから「つくりおき」でもするか。



「つくりおき」で怖いのは、やはり衛生面。保存容器、しっかり洗ってしっかりと消毒しよう。とりあえず煮沸しゃふつ消毒を試みる。現実と違い、熱湯を魔法で出せるのがありがたいところ。わざわざお湯を沸かさなくても良い。



『消毒を確認しました。スキルポイント+3』



―――あ、消毒で3ポイントももらえるんだ。



視界にポップアップが現れる。これで異世界に来てしまったことに気づかされたわけだが、今ではもう慣れた。それにしても、この調子ならば結構なポイントをためられそう。どのスキルレベルを上げるかは、いつでも選択できる。今はポイントをためることに注力ちゅうりょくしよう。



『なすの煮びたしを確認しました。スキルポイント+5』



とりあえず一品目が完成。あとは冷まして保存容器にイン、からの冷蔵庫へポン。



―――そうそう、割り下があると楽なんだよね。



異世界転移に本を持ってくることはできなかったので、基本的に記憶のみが頼りだ。ちなみに割り下は、和食…特に鍋や丼を作る際に、とっても役立つ。



―――お酒、みりん、しょうゆを入れて…お砂糖、お砂糖。



『割り下を確認しました。スキルポイント+3』



―――おお、合ってた。



そんなこんなで、煮たり焼いたりゆでたりと、バリエーション豊かな「つくりおき」が完成。この勢いでいろいろ作ってみたいところだが、料理だけが家事ではない。まだまだやることはたくさんある。料理フェーズはいったん終了。スキルポイントも200くらいたまっているし、良い調子だ。



―――次は掃除だな。あ…洗濯物、洗濯物。



洗濯機が止まっていることを忘れていた。早く干さないと。



―――ふう。てか…窓、汚いな…。



次に目にとまったのは窓。しばらく構っていなかったためか、結構汚れている。気になりだすとどうしようもないので、ここから始めよう。



―――まずは…新聞紙、新聞紙。



窓を掃除するときの、なんというかちょっとしたテクニック。新聞に使われているインクが、なんか良い感じにしてくれるらしい。俺が買った本に書いてあった…と思う。もちろん窓用の掃除用品なんかがあれば、そっちが良いに決まっている。しかし、この世界にそんなものはない。


新聞紙をぐしゃぐしゃっと丸めて、ぬるま湯に少しひたす。それで窓をふきふき。あとは普通に丸めただけの乾いた新聞紙で水気ごとふきとる。以上。



―――結構キレイになったな。



『掃除の知恵を確認しました。スキルポイント+100』



満足。よく見ると汚いところもあるが、そこまでこだわっている余裕はない。家事は時間との戦いでもあるのだ。


そんなこんなで家事を一周。家事のつらいところは、終わりがないこと。全部終わった、と思っても、お風呂に入れば洗濯物がやってくる。ごはんを食べれば食器の片づけ。はっきり言ってきりがない。しかも俺はひとり暮らし。自分でやらないと、誰もやってくれない。



―――本で読んだ知識、フル活用だ。



今までの経験則的に、家庭の知恵が確認されると、結構なポイントをもらえることが分かっている。家庭の知恵を使えば、家事がちょっとでも楽になるし、スキルポイントもたんまりもらえる。こんなにありがたいことはない。





こうして溜めにためたり9999ポイント。あとは必要なスキルに割り振るだけ。



―――ん…なんだこれ?



ステータス画面に見慣れないポップアップが登場した。



『スキルポイントが9999に達しました。これにより、スキルレベルがマックスになりました。


称号・賢者を取得しました。』

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

家事も家事とて くるとん @crouton0903

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説