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 午後十一時。ベルツとの国境線から一時間程の距離にある山奥の村。


「お待ちしておりました、ジネーヴラ大尉」


 村の外れにある教会の裏手にジネーヴラ、エルダ、レオンティーヌの三人が一人の年老いた男と顔を合わせている。


 腰が直角と思える程に曲がり、鶏ガラのようにやせ細った四肢。


 皺だらけの顔に開いているかどうかも分からない瞳。


 左手にはそこら辺の枝で作ったかのような節だらけのくねくねと曲がった杖をついている。


 しかし、男はそんな風貌をしてはいるが、ベルツがクラン帝国の各地に忍ばせている経験豊富なエリート特務部隊の一人である。


「お久しぶりです、カライさん。お元気でしたか?」


 ふんわりと微笑み、カライと呼ばれた老人へと声を掛けるジネーヴラ。そんなジネーヴラへぺこりと頭を下げ、ぎろりと光る目で辺りを伺うカライは、こちらへと三人を教会の井戸へと案内した。


 井戸の前に来ると、さらにしつこく辺りの気配を探るカライは一人頷き、井戸へ垂らしてあるロープを掴みするすると降りて行く。すると井戸の底よりちかちかと灯りが点滅してきた。カライが井戸の底へ着いたという合図である。エルダはジネーヴラに合図が来たことを伝えると、三人は一人づつ順番に井戸の中へと飛び込んで行く。


 井戸の中は広い空間となっていた。


 そしてその奥に扉がある。扉を開けるとさらに扉。用心に用心を重ね二重扉となっていた。


「相変わらず厳重ですね、カライ」


「まぁ、我々も命懸け。敵の手の内にいるわけですからなぁ」


 もごもごと口を動かしながら喋る老人をレオンティーヌは無機質な硝子玉のような目で眺めている。そんなレオンティーヌをちらりと見た老人は、早速、三人へ今回の任務について話し始めた。


「今回は、結構な任務ですわ。クラン帝国の第三皇太子の抹殺。任務終了後は速やかに帰還せよとなっておりますな」


「クラン帝国第三皇太子の暗殺。それはなかなか骨の折れる任務ですね」


 ふふふっと口に手をあて笑うジネーヴラに、少しも大変だという様子はまるで見えない。


「今、あの極東の島の生き残り達が、クラン帝国相手に何かをしようとしている動きは既にクラン帝国側にも伝わっております故、その者達の仕業に見せて暗殺しろという事ですなぁ……」


「要はクラン帝国と極東の島の生き残り達との間に、争いの種を蒔いてこい……と言う事ですね」


「そういう事ですわ」


「分かりました。それでいつから?」


「今日はここで休んでもらいます。そして明日の午後七時、日の落ちた頃より決行ですな」


 説明が終わると、老人は明日また来ますと伝えると先程の入口とは違う扉から出ていった。


 クラン帝国には四人の皇太子がいる。


 第一皇太子は既に成人しており、帝国の皇帝である父と共に国政に携わっており、死ぬか余程の失態を晒さなければ次期皇帝が約束されている。


 第二皇太子も成人しているが、彼は国政には興味を持たず、のんびりと絵や詩を書いて隠居のような生活を送っている。


 第四皇太子だけ母親が違う事もあり、まだ五才と小さな幼児であり、皇帝からも溺愛されている。


 それでは、今回ジネーヴラ達から命を狙われている第三皇太子とはどんな人物なのか。


 年齢は十七才であり、クラン帝国トップクラスの高等学校にて英才教育を受けている。人望も厚く成績優秀。将来は長兄の第一皇太子が問題なく皇帝の座についた場合は、ある程度の経験を積んで軍部のトップへと就任する事が間違いないと言われている。


 その為、現在も学業の合間に戦線への視察や軍の作戦会議への参加を積極的に行っていた。そして、あの山岳駐屯地で見せた対狂戦士用として新たに大量導入したガトリング銃も彼の意見からである。


 正直なところ、他国からの評価は未知数の末っ子を除く三人のうち最も高いのが彼であった。


「若い芽は早めに刈り取るってことですわ」


 ジネーヴラは差し入れられていたワインを楽しみながら独りごちた。


 仄かな電灯の下、三人は食事の真っ最中である。


 三人のいるシューベルという名の寂れた山村はクラン帝国領内に秘密裏に作られたベルツ連邦特務部隊の中継地となっている。元々はただの山村であったがベルツ特務部隊が時間をかけ、そこに住んでいた住民と入れ替わり、なおかつ村を離れて働いている者まで処分した。徹底的に入れ替わるためである。


 また先程のカライを含む特務部隊のメンバーは本当の姿を誰にも見せない。あのカライも実際は老人ではないのだ。この寂れた山村では屈強な若者に成り済ますより、年寄りの方が都合が良いからである。


 そして次の日の夕方となった。


 ジネーヴラ、エルダ、レオンティーヌの三人のもとに、あの年寄りの格好をしたカライが訪ねてきた。


 決行の時間である。


 昨晩と同じく全身を黒の服で包み、黒いマスクで顔の半分を覆っている。


「準備は出来ているようですなぁ……それでは、地図と第三皇太子の通う学校の寄宿舎の見取り図、そして必要な物全てをお渡しします」


 ジネーヴラはそれらを受け取ると、エルダとレオンティーヌとで地図と見取り図を確認すると、それぞれ三人で分けて持った。


 そして、ジネーヴラがそっとエルダの肩へ触れると出口の方へと歩き出した。それに続くレオンティーヌ。レオンティーヌは背に身の丈と変わらぬ大きな斧をせおっていた。


「それでは、お気をつけて。ご武運をお祈りし……て……ごぼぼぼぼっ……」


 カライが最後にエルダを送り出そうとしていた最中、エルダがカライの喉を鋭いナイフで横一線に斬り裂いた。


 鈍い音を立てカライの体が床へと崩れ落ち、血溜まりを作っていく。そして、完全に事切れているのを確認したエルダは出口から出ると闇に紛れ山村の民家がある方へと走った。


 長い時間を掛け作り上げたベルツ特務部隊の中継地点である山村が潰された。


 誰一人生き残る事もなく、そこに住んでいた部隊員やその家族全て殺されていた。


「ご苦労さまでした、エルダ」


 ふふふっと笑みを浮かべているジネーヴラは戻ってきたエルダを労う。


「さぁ、みんな揃いましたので出発しましょうか」


 まるでピクニックに行くかのようなのんびりとした声でそう言いぞくりとする笑みを口元に浮かべると、『死刑執行人BoiaCieco』ジネーヴラ、『獅子姫Principessa Leone』レオンティーヌ、『血塗られた舞踏家ballerino』エルダの三人は夜の闇に包まれた森へと姿を消した。

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