This is ステイホーム

QU0Nたむ

特別法案【おうち時間宣言】


 青い空がどこまでも広がる。


『本日の…ザザ…市は概ね快晴でしょう。北西の風……』


 手に持ったラジオからノイズ混じりの天気予報が聞こえるが、言われなくても分かる。


『…以上になります。それでは本日もをよろしくお願いします。』


 今どきのニュースや天気予報の読み上げは、既に合成音声に置き換わっている。

 この放送の女性の声もきっとそうだろう。なるべく業務は人を集めるよりも機械にやらせるのがいい。雇用を生み出すのは少し難しくなるが、人対人のコミュニケーションが必要な場面は不滅だ。なんとかなるさ、たぶん。


 座り込む河原の芝生の青臭い草の匂いが風にのって舞い上がる。


 幼き日に家族とピクニックに出かけてブルーシートを広げてたのをふと思い出した。



「さてと、配給でももらおうかな」


 あぁ、言い忘れていたが今の私はホームレスだ。

 幼少期にもどりたいね!


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 配給をもらえる公園に行くまでの道も静かなものだ。


「公園には人っ子一人居やしないですね。良きかな、良きかな。」


 水で水遊びする子供達を、親が眺める風景も今は見られない。



 私はピッと公園の隅にある『炊き出し自販機』に『生活保護受給カード』をかざす。

 豚汁缶と乾パンのチョイス、腹も膨れるし傷んでる率が少ないのもオススメのベストコンビだ。


 生活保護が現物支給になってから長く、その間に自動化が推進されててよかった。


 今はお店が開いていない。つまり、お金を持っててもネットインフラがないと何も手に入らないから。

 それらは生活保護の支給対象外だ。世知辛いのじゃー。


 カァカァと木の上でカラスが鳴いている、お前らにはやらんぞ。


 鳴き声につられ上を見上げると荷物を運搬する小型ドローンの群れが我が物顔で飛んでいた。アレらにはカラスを迎撃できる機能もあるそうな。


「……カラスも泣きたくもなるでしょうね」


 まぁ、分けてはやらんが。


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 過去にウイルスでひどい目にあった人類は学習した。

 人と接触しなくてもうまく回る世界にしようと。


 それから100年以上経って、それは概ね上手く進んだ。

 だが、1年前に発生した新型変異ウイルスA666Vはそんな平和をぶち殺しにきた。


 致死率80%(年齢関係無しでの数字だ)潜伏期間は驚異の《一年》。もちろん潜伏期間も感染が広まる心折しんせつ仕様。ウイルスの残留期間は長くても4日程度とそこだけ普通だが、救いになり得ない。


 感染力は100年前のウイルス程ではないが、致死率が異常に高く、広まりきるまで発症せずに地道に根を伸ばす狡猾さに人々は恐怖した。


 奇しくも666番目の変異種であり、『黙示録の使者』というおっかない異名を持つウイルスだ。


 ちなみに日本の政治家は死滅した。


 その結果、国民投票でこのウイルスが脅威でなくなるまではAIに統治を任せることになった。


 もちろん、そこに至るまでは人間の政治家で首脳を擁立したが翌週にはウイルスで死去されてしまってね。

 更にはその次の総理も感染が発覚、早期辞任した為にまた選び直しとなった。

 そこで『暮らしもままならないのに何度も時間取らせて国民投票させんじゃねぇ!』という民意の元に死なないAI総理が誕生したのだ。


 ちなみに、我々よりも有能だ。

 今まで喧々諤々で進まなかった改革を容赦なく進めてくれてる。

 生活保護の支給方法の現物化も彼(?)の功績だ。容赦なく国民投票で決を取ってきて裁決。オンライン記者会見にて、『人間的な温情がない!』とか市民団体が叫んでも『仕様です』の一言でバッサリ切り捨てる様にはお茶の間に頼りがいを見せ付けてくれた。


 非情なシステムだからこそ出せる合理的な判断こそ、今のこの国に必要なのだ。


 まぁ、今の自分にその『非情』が降りかかるなら話は変わるかもしれない。


『警告!警告!外出自粛をお願いします!』


 ドラム缶にローラーの付いたロボットが警告音声を流しながら近づいてくる。


『警告!警告!外出自粛をお願いします!……IDカードをご提示ください。1分以内に提示されない場合は強制自粛措置を実行します』


 過激なロボットだが、ステイホーム期間に犯罪を犯す連中が増えてAI総理が下した決断がこれなのだ。


『ディストピア政策』と普段は鉄の意志を見せる彼(?)自身が申し訳なさそうに皮肉ったのには、お茶の間の皆様も彼(?)の感情の是非について議論してしまう程だった。


 それよりも、カード何処にしまったかな。


『10.9.8.7.』「待て待て待て待て!!あるから!!ちゃんとあるから!!」


 ぷりーず!ぎぶみー 温情!!

 私、有名人だし顔パスじゃだめ??!


 誰だよ非情なシステムが必要(キリッ)とか考えたやつ!


 割と強力な暴徒鎮圧用スタンガンのチャージ音が聞こえ始めた時に、ポケットに入れた指先にカードが当たる。


『3.2』「はい!これ!よし、セーフ!」


 1と言いかけるアナウンスを強引にかき消してカードを見せる。


『……ID承認。お疲れ様です、。』


「お勤めご苦労さん」


 さてと、戻るか。


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 『満天の星空』とはいかないのが都会の夜空の悲しいところだ。優しい光を放つ月だけがそこに君臨していた。


 ホームレスのたまり場であった河川敷には、今は私しかいない。


 ホームレスなんて日本から居なくなってたと思っていたが、ウイルスによるネカフェ閉鎖でネカフェ難民などが溢れて爆発的に増えたのだ。


 彼らは家が無いから外出自粛中もバタバタと外で死ぬ。

 都合の悪いことに今回の新型ウイルスは人の遺体からの感染力が過去のウイルスよりも強い。

 つまり、外で死なれると国民的にとても困るし怖い。


 そんな状況を見かね、ある政治家が私財を投げ打って、全国からホームレスという存在は消えた。今は彼らも最低限のプレハブのような家ではあるがステイホームしてるはずだ。


 すごい立派な政治家がいるものだ。


 しかし、彼は最後に一つだけ、わがままを国民投票に流した。


 それは


「祖国を肌で感じ、出来る事なら桜を観ながら死にたいby120代日本国総理大臣」


 一週間1区域丸ごと、政治家わたしだけ出歩ける空間とした。


 AI総理の前任の総理は辞任はしたが、政治家として作ってきたコネや財力に物を言わせ、人生最期の『おうち時間』を勝ち取ったのだ。


 この国の空が我が家の天井、この国の大地が我が家の床である。


 なお、壁は無い。レ○パレスよりひどいな!



 暖かくなってきた春の夜風は、心地いい冷やかさで寝苦しい程に熱っぽい身体から体温を奪っていく。まぁ、悪寒がするのはこの際仕方ないだろう。


 朝は大丈夫だったが既に、峠という状態なのだ。『黙示録の使者』は一晩で一気に病状が悪化するのも特徴の一つだ。全く人類に優しくない。いや、早く終わらせてくれるだけ慈悲深いのか?


 息苦しさを感じながらも河川敷から出て、川沿いの桜並木へ脚を運ぶ。


 腕時計型のバイタルチェック装置が私の死を感知したら、処理班に連絡が入る。そして、速やかに適切に処理してくれる手筈になっている。


「よっこいしょ……あ、ら?」


 河川敷から道路に出た所で足に力が入らずへたり込んでしまう。


 流石は死者数300万人の危険ウイルスだ。


 けれど


「総理なめんなぁぁ!雑菌風情がァァあぁあ!!!」


 気合で持ち堪えて、更に一歩を踏み出す。


 肺が痛い、涙が止まらない。本来は呼吸器が必要な段階だ。大人しく病院で死ねばよかったかもしれない。

 けれども、だけれども。


「国民の皆さん、私に機会を下さり、ありが、とうございます。」


 この時間は私が最期に国民に迷惑をかけてもらったんだ。ウイルスごときに邪魔されていいものではない。


 私は桜を、祖国の美しさを讃えて死にたい。


 寝床を河川敷にしたのは、桜並木まで近いから、発症しても歩いてすぐ着く距離だ。


 現にもうすぐ、だ。


 ぜぇぜぇと荒い息遣いになる。目と鼻の先の距離が嫌に遠い。


 ウィーンと音がする。見覚えのあるドラム缶が近づいてくる。


『警告!警こ……』耳障りな警告音声は途中で途切れた。


、肩を貸します。必ず貴方を届けます。』


 お前……


「AI総理が越権行為してます!全国の皆さん、見えますでしょうか?!」


 実は今日一日、私の視界と音声はライブ配信されてる。


『……かしこまりました、不要と』


 スーと離れようとする彼を慌てて引き止める。


「うそうそ!ま、じ……助かる、よ!流石は総理、いよっ大統領!」


 ロボットに付けられた手すりのような出っ張りを慌てて掴む。

 足だけでなく腕の力でも前に進める様になって、かなり楽になる。



 桜並木への道のりは短い。けれど、足並みが遅く。随分とかかってしまった。


 ざぁと、花びらが舞う空間。


 月光と街灯に照らされるそれらは、特段ライトアップされてるわけでもなくとも美しかった。


 桜色は夜の中にあってもなお、その存在を華やかに魅せてくれた。


 あぁ、きれいだ。



「国民の皆さま、見えますで、しょうか。」



 咳き込む、血の味が味覚障害があっても分かる。




「おうち時間、ステイホームをお願いします。」




「この国は……ゴホッ……私達の国は、強く、美しい」


「必ず、かてます。そして、」


「今度はみんなで、花見をしましょう」










『先生?…………バイタルサインの消失を確認。配信を終了致します。』




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 近年の日本の総理大臣の中でも最短の任期ながら、最も人気な総理大臣がいる。


 彼は、国民投票で個人の自由な時間をねだった歴史上唯一の馬鹿者である。

 しかし、日本人に国民一丸でウイルスに立ち向かう団結力をもたらした英雄と称す声もある。


 その生き様から彼は、こう呼ばれている。


 『おうち時間の総理大臣』と。

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