まるごとおうち時間!

水木レナ

データ1・おうち時間!

 2XXX年。

 人類は宇宙で暮らすようになっていた。

 そして、彼らはみな寝たきり生活を送っている。

 どういうことか? それを今、一般人のレポートからお知らせしたいと思う。


『私は今、悠久の時を旅している――』

 と言えばかっこいいと思っていた時期が私にもありました、確かに。

 外界に汚染されないように、私たちは宇宙を漂う育成カプセルの中で隔離されて育った。

 たとえるものがあるとすれば、貨物のコンテナの中で暮らしてる感じ。

 でも、でもね。

 もうこれはあんまりだと思うの。

「お目覚めですかパターン・オメガ1」

 頭蓋に直接響く音声が、ゆるやかに、そして緩慢に思考する私の脳内プログラムをたたき起こした。

 あのね、寝起きぐらい子守りロボットの存在は忘れていたい。

 うざったい。

 けどまあ、もうじき私も成人だから、このシステムにも慣れなくちゃ。

「朝食はいかがなさいますか」

「ウォーミングアップの後で」

 言うと、腕足、胴につながれた電極からパルスが送られてきて、筋肉と腱がひきしぼられ、弛緩させられ……を繰り返す。

 呼吸値と心拍数があがって、汗をかくと生体ポリッシュが吹きつけられ、一通り磨かれると私の肌は温風でなでられた。

 うん、これで朝の運動おわり。

「栄養ミルクをどうぞ」

 あっ、そのまえにうんちをしたい。

 その旨告げると重力場が設定され、無事発することができた。

 汚い? いいえ、うんちは流れ星になります。

 大気圏内に突入したうんちは、摩擦で燃えて落ちていく。

 地球上にいる罪人たちは、きらめく私のうんちに願いをかける。

 それはなんて、エコなのかしら。

 きれいなものも汚いものもない。

 私たちはあるがままに在ることを定めづけられている。

 上もなく下もなく、右もなく左もない。

 それらは概念として存在するが、私の世界にはないものだ。

 今日も宇宙の講義を脳に送られるパルスで学習し、脳内プログラムの容量を大きくした。

 幼児から成人までの学習カリキュラムをほぼ問題なく終えたものだけが宇宙の真理にたどり着ける。

 地球の罪人たちはそのために日々、プログラムの改良と変革のために働いて、私たちの栄光のために、そしてつぐないのために息をしている。

 彼らの罪って? もっとも、私のような無垢な人間にはわかるはずもない罪業だけれど、それにふれることは許されない。

 星を、地球を汚染しつくして、とんでもない破壊兵器で人の住めない区域にしてしまった私たちの祖先、とだけデータにはある。

 ……私たちって言ったわ。

 そう、私は一人じゃない。

 原始的クローニングを突破して、受精卵からより分けられたエリートなの。

 成人すれば、生殖も光合成も可能だ。

 こうして一つの環境にとどまらず、宇宙を旅していればすくなくとも人類は滅びない。

 宇宙で単体で暮らしていくこのおうち時間は、なかなか意義のあるものであると言える。

 人は昔、社会的生き物と定義されたけど、よって集まって異なるイデオロギーを掲げて争ったり、病気で絶滅しちゃわないように、こうしてばらけてるってわけ。

 あ、まあ。

 必然的に経験は不足するし、トラブル対応はみんな機械任せになっちゃうけれどね。

 安全、快適。

 20年代のボカロっていうジャンルには「大人になりたくない」なんていう趣旨の解説のついた歌が入っていた――と、記憶してるんだけど、どうだったかな。

 昔は人と人との間にいろいろあったらしいのね。

 それこそ政治、宗教、思想、貧困、格差、などなどなど。

 まあ、少なくとも個人カプセルの中で育った人の考えることじゃあない。

 私なんて、成人したって他の人間に逢えるかどうかもわからない。

 逢ったら即、生殖の話をするわ。

 だって、めぐり逢いって大切。

 この銀河にどれだけの人類が異なる遺伝子をもって漂っていると思うの。

 まずは遺伝情報を調べ上げて、同じ祖先かどうか、違うのかを確認。

 交わることによってどんな子供が生まれるか、予想、タグ付け、登録。

 そして受精できたら、卵子を細かく分裂させてクローン体をつくるために、受精卵カプセルに入れて宇宙研究本部に送るの。

 これで宇宙の人口を増やせるってことね。

 まあ、ごく初期のカリキュラムによって脳内伝達されたデータなんだけど。

 この脳を育てるために、個人の育成機関は必ず必要だから、私たちには同じように育成カプセルの中での暮らしが義務づけられている。

 ぬくもりも、風も、すはだを撫でる清潔な布も、みんなある。

 だから、この中に入れてくれた人間には感謝しかない。

 私は放射能が届かない位置のシャッターを開けて、外を見る。

 星がきれいよ。

 無数に輝く銀河の星。

 あのどれか一つにでも、私の運命の人はいるのかなあ。

 どうか、生きているうちに遺伝子交換ができますように。

 ――私は願いかけて、真っ白なリボンを自分のしっぽにくくりつけた。


 おわり

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

まるごとおうち時間! 水木レナ @rena-rena

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説