第5話 お風呂

「そろそろ風呂も沸いた頃ね」

 

 風呂場へと案内するイメルダ。脱衣場に到着したイメルダが衣服を脱いでいるが、アンへリカは何故かもじもじして一向に脱ごうとしない。恥ずかしがる歳でもないだろう。

 

「どうしたの?」

 

 不思議に思ったイメルダがアンへリカへと尋ねた。

 

「着替えがないの……」


「それなら心配要らないわ。今、ラファエラが買いに行ってるから、あがる時までには間に合うと思うから」

 

 それを聞いて驚くアンへリカ。それと不思議な気持ちで一杯になった。なんで、この人達は自分にこんなに優しくしてくれるんだろうか?と。

 

「何も私達が悪者退治ばっかりしてる訳じゃないわ。あなたの様な子供達を助けるのも私達の仕事なのよ。それと、あなたは私達が引き取ります。里子には出させません」

 

 引き取る?里子に出させない?アンへリカは何が何だか余計に分からなくなり、頭の中がこんがらがってしまった。

 

「その事については、後から隊長がきちんと話しをすると思うから、今はお風呂に入ってすっきりしましょう?それとも、ラファエラが帰ってきて三人で入る?」

 

 ラファエラと言う名前が出てくるとアンへリカがぶるりと身震いした。余程、苦手なのであろう。ばたばたと脱ぎだすアンへリカを見て、イメルダがくすりと笑った。

 

「気持ち良いぃ~、湯船にゆっくり浸かるのって何年ぶりかなぁ」

 

 湯船に浸かっているアンへリカが、ふにゃりとした顔をして言った。

 

「孤児院では?」

 

「孤児院でお風呂は二日に一回。時間が決められてるから、ゆっくり湯船に浸かれないの」

 

「そう……ねえ、アンへリカ。あなたは良く街の中を歩き回っているの?」

 

「うん、孤児院で礼拝ミサと自分のお仕事が終わったら散歩してるわ」

 

「何か見かけた事ない?」

 

「無いなぁ……」

 

 イメルダの問いに答えるアンへリカ。そのアンへリカが何かを思い出した様な表情に変わった。

 

「何か思い出した?」

 

「うん、うちじゃないけど、別の子がマカレナを見たって言ってたわ。話し掛けようとしたけど……直ぐに女の人とどこかへ行ってしまったらしいわ」

 

「マカレナ?」

 

「うん、三年前に突然、いなくなっちゃった子なの」

 

「いなくなった?」

 

「うちと一緒で、お父さんとお母さんが暴動の首謀者だって言われ殺されて……孤児院へ行くのを断って弟のイノセンシオと暮らしてたんだけど……」

 

「その子も両親を……孤児院へ入れられ様としてたのね……もしかして、他の孤児院の子達の親達も暴動に?」

 

「そうみたい……中には違う子もいるけど……ほとんどは暴動に関わった人達ばかり」

 

 少し悲しそうに話すアンへリカ。幼心に両親が処刑された事が大きな傷跡として残っているのだろう。

 

『暴動に関わって処刑された親の子供ばかり?……これは……』

 

 そんなアンへリカを浴槽から上げ、体や髪を洗うイメルダ。平均的な十歳の女の子の体にしては随分と痩せている。多分、入浴もそうだが、食事などの生活面において孤児院ではろくな扱いは受けていないのだろう。

 

「それで、そのマカレナって子は?」

 

「見たのはその子だけなの……うちも探して見たんだけど……マカレナ、とても優しくて、皆のお姉ちゃんみたいな子だった」

 

「そう……」

 

「うん、うちも会いたかったな……」

 

「どこら辺で見かけたの?」

 

「この先の森の入口らしいわ」

 

「一人でいたのかしら?」

 

「いいえ、綺麗な女の人と歩いていたって聞いたわ」

 

『三年前に姿を消した子が現れた直後に、この教区の司教や司祭達が次々に殺された……しかも、同一犯による犯行……』

 

 一通り洗い終えたアンへリカと一緒に湯船に浸かるイメルダ。

 

「そのマカレナって子は幾つなの?」

 

「うちの二つ上だから……今は十二歳」

 

『十二歳……余程、特殊な訓練を受けなければ無理ね……』

 

 暴動に加担した罪を着せられ処刑された者達の子供が集められた孤児院。三年前に姿を消したマカレナの目撃情報。それと同時期に殺された司教に司祭達。

 

 そして、マカレナと一緒にいた綺麗な女性とは?

 

 浴室にアンへリカの鼻歌が響いている。とても気持ちよさそうに湯船に浸かり幸せそうな表情をしている十歳の女の子。

 

「ねぇ、アンへリカ……」


「なぁに、イメルダ?」

 

 名前を呼ばれイメルダの方へと振り返るとほんわりと微笑むアンへリカ。その顔はまるで天使の様である。守らなければ。この罪のない女の子を私達の手で守らなければ……イメルダはそっとアンへリカを抱きしめた。

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