Rebelde de dios

ちい。

プロローグ

 戦争が続いていた。大国は小国を己の領土にしようと進軍し、小国はそれに抗い続けていた。しかし、圧倒的な兵力差。初めは良かった。その地の利を活かした作戦で、何とか大国を相手に出来ていたが、それもほんの僅かな期間である。瞬く間に大国の兵達は小国の首都へと流れ込む様に攻め入り、首都を占領。その配下へと治めた。それがきっかけとなり、大国は地方都市もあれよあれよという間に攻略、そして小国はその全ての領土を失ってしまったのだ。しかし、それでも大国は進軍を止めなかった。その小国を足掛かりに、この大陸全土を掌握しようとしているのか、小国の隣にある国にまで宣戦布告し、その軍を送り込んでいる。侵略された小国に大国から送られてきた役人や駐屯軍が各地に配備されている。小国の民達は恐れ慄いた。自分達がどの様な扱いを受けるのかと。だが、予想に反して、送られてきた大国からの役人や兵士達は厳しかったが、まともな人間達ばかりであり、逆に今までの様に不正を行ったり、無茶な重税を掛け様ともしなかった。

 

 豚が去って犬が来た。

 

 そう言われる様になった程だ。前近代的であった小国は、不正にまみれ、その土地を任された権力者が民の事など考えずに搾取していた。その為、民達の不満は溜まっていたが、抵抗する術など持ってはいなかった。

 

 そんな小国が大国より侵略される二十数年前の事。とある町に女児が産まれた。元気な女児であった。その女児が産まれたこの町は、この小国の殆どの民が信仰している宗教の教区を治める司教が牛耳る町であり、献金という名の搾取で民は貧困に喘いでいた。だが、信心深い民は、全能の主である神を疑わずそれを受け入れていたのだ。自分達が食うのに困ろうがだ。それを馬鹿だと思うだろう。しかし、民にはそれが心の拠り所であった。遥か昔より受け継いで来た信仰心。それを逆手に取られ、献金を強要されてもだ。毎朝、毎晩の祈りを捧げ。

 

 女児は両親からたくさんの愛を受けて育てられた。例え貧しくとも、心だけは清らかに、心だけは強く正しくと。少女もそれに応える様に育っていく。そして、少女が四歳になった時、彼女に弟が出来た。今度は少女が弟に愛を注いだ。小さいながらも弟を愛し、自分が出来る事をなんでもしてやった。その弟が五歳になった頃である。

 

 小国を飢饉が襲った。度重なる悪天候のせいで作物の不作。そして、それでも変わらぬ重税。それは少女達のいる町も例外ではなかった。

 

 そして、その飢饉の真っ只中、身も凍らせる冬が訪れた。この町は小国北部にあり、特に寒い地域である。飢えと冬の極寒。体力のない年寄りや小さな子供達が死んでいく。大人達も最早限界であり、暴動さえ起こる始末。だが、それもろくに手に取る武器もなく、体力的にも限界が来ていた事もあり、直ぐに鎮圧され、そして、首謀者達は捕えられ、殺された。その暴動の首謀者の中に少女の両親もいた。濡れ衣であった。少女の両親は、農業の盛んだったこの町の農業組合のおさをしていた事もあり、見せしめの為に、罪を着せられたのだ。残された少女と幼い弟が、この状況で生き伸びれる訳がなかった。

 

 小さな弟はひもじいと泣き、喉が渇いたと泥水を啜った。誰も助けてはくれなかった。助けられなかったのだ。姉弟を助ければ、自分達が司教から目をつけられてしまう。仕方の無い事。誰もがその日を生きるので精一杯だったのだ。

 

 少女は朝も昼も夜も、神に祈る事しか出来なかった。そして、とうとう少女の家に備蓄されたいた食料も底を尽きた。力なく横たわる弟に、少女は自分の食べる分の小さなパンを譲った。震える手でパンを受け取り微笑む弟。しかし、それを口にする事はなかった。

 

 ぽとりと弟の手からパンが落ちていく。一欠片のパン。少女は弟を強く抱きしめた。やせ細ったその腕で、小さな弟を抱きしめた。

 

 ざくり……

 

 ざくり……

 

 少女の家の庭から土を掘る音が聞こえてくる。穴を掘っていた。空腹で力の入らないだろう痩せこけたその腕に力を込めて掘っていた。

 

「ごめんね……イノセンシオ……ごめんね……ごめんね……ごめんね……」

 

 少女は穴を掘りながら、ずっと呟いている。寒さで凍る固い土を掘りながら、謝っている。

 

 掘り終えた穴に、弟の小さな体を寝かせた。僅か五歳。枯れ木の様に細く痩せた四肢。本来なら丸いだろう頬も硬く薄かった。その弟、イノセンシオの頬に触れる少女はあれだけ悲しかった筈なのに、不思議と涙が出なかった。

 

 それから少女は身を切る様な寒風の吹く中、弟の眠る穴の前に立っていた。既に穴には土を被せ、そこだけが不自然に盛り上がっている。

 

 悲しみの余り、絶望の余り、寒さすら感じなくなっているのか、少女はその場所を虚ろな目で見つめ続けている。

 

「ここにいたのね」

 

 少女の後ろから声がした。しかし、少女はそれに振り向く事もしない。聞こえていないのだろうか。声の主がその少女へ外套をかけてやった。

 

「ねぇ、あなたレアンドロとヘッセニアの娘よね?」

 

 少女の両親の名前である。その名が耳に届いたのか、声の主へと顔を向け頷いた。濡羽色ぬればいろの長い髪をした女が立っていた。意思の強そうな瞳に、椿の様な紅い唇。

 

「そんな格好でいたら、死ぬわよ」

 

 もう一度、女は少女へ言った。いくら外套を着せたとしても、痩せた少女の体には暖は取れない。

 

「死んでも良いの……死んだらお父さんにお母さん、イノセンシオに会えるから」

 

 細く消えそうな声でそう言う少女。それを聞いて悲しそうな顔をした女が少女の前に立った。そして、屈みこみその体を抱きしめた。

 

「レアンドロとヘッセニアが聞いたら泣くわよ……両親の為にも、弟の為にも死んでは駄目よ……残された者達の分も生きなさい……何がなんでも生きなさい」

 

 冷え切った体。強く抱きしめると折れそうな体。住民からも見捨てられ、弟と二人、何とか生きてきた少女。

 

「ねぇ……あなたは誰?」

 

 抱きしめられた少女が女へと尋ねる。吐く息が白く、すぐに消えていく。

 

「私はルシア……昔、あなたの両親に助けられたの」

 

「お父さんとお母さんに……」

 

「そうよ……だから今度は私があなたを助けるわ」

 

 いつも弟のイノセンシオを抱きしめて上げていた少女。でも自身が抱きしめられる事は久しぶりであった。暖かかった。ぽろぽろ、ぽろぽろと少女の瞳から涙が溢れ出してくる。止まる事無く、次から次に溢れ出しては流れ落ちていく。その涙が頬を伝い、女の胸を濡らしていく。

 

「泣きなさい……我慢しなくて良いから、たくさん泣きなさい」

 

 少女を抱きしめるルシアも泣いている。この少女の苦しみ、そして、悲しみに胸を痛めている。

 

「今日から私達は家族よ……」

 

 女の言葉が凍てつく冬の風に吹かれる少女の心に暖かく響いた。

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