第3話 名前はナナちゃん8歳

 お辞儀から姿勢を戻した女の子はまだ俺を見上げている。


「年齢はいくつじゃ?」」

「えっ? ああ、16だよ」

「ナナは8歳じゃ。お兄様……と、呼べばいいかの?」

「お兄様? いやぁ、そんなに大層なもんじゃないよ俺は。もっと砕けた呼び方でいいよ。おにいちゃんとか、それか名前でもいいし」

「いや、女が名前で呼ぶ男は夫と息子、あとは弟だけじゃ」

「あ、そう」


 ずいぶんと大人びた子だな。


「……ふむ、ならばにーにと呼ぼう。こればらば不都合はなかろう?」

「うん。それでいいよ」


 大人びていると思ったら、ずいぶんとかわいい呼び方に落ち着いた。


「しばらく家にいられるのかい?」


 親父に問われて俺は迷う。


 ここはもう俺と親父が暮らしていた家ではない。新しい家族がいる。

 そんなところへ突然、帰ってきた俺が入り込んでもいいのだろうか……。


「俺は……その」

「いてくれると助かるんだけど。ねえファニーさん」

「はい。マオルドさんがいてくれると、とっても助かりますっ」


 2人が必死な目で俺を見てくる。


 そんなに俺が必要なのか。


 パーティを追放されてすぐなので必要とされるのは嬉しいけど、理由が気になる。


「俺がいてもいいのか?」

「もちろん。だって……ねぇ」

「ねえ」


 頬を染めて親父とファニーさんは見つめ合う。


「たまには2人っきりでしたいこともあるし」

「マオルドさんがナナちゃんを見ていてくれると助かるんです」


 なるほど。俺もいい歳だ。わからなくもない。

 どんな理由でも、俺がここにいて迷惑にならないならば嬉しいことだ。


 俺はナナちゃんを見下ろし、ポンとその頭を撫でる。


「もう旅には出ないよ。農家を継ぐために帰ってきたんだ」

「マオルド……。いいのかい?」

「……」


 勇者に選ばれたティアとともに魔王を倒す。家を出るときに親父へ言った言葉だ。堂々と言った手前、格好悪いことこの上ないが、もはや未練はない。


「いいんだ。もう俺じゃティアを助けてやれないしな。これ以上、ついて行ってもあいつの足を引っ張って迷惑をかけるだけだ。それにあいつにはもう俺よりも頼りになる仲間がいる。心配ないさ」


 俺は親父の顔を見れず、ナナちゃんに目を向けていた。


「マオルド……」

「さあナナちゃん、にーにと遊ぼうか」


 俺は無表情のナナちゃんを抱き上げる。


「でも疲れているんだろう。少し休んだほうが……」

「はは、大丈夫だよ。これでも勇者の仲間だったんだ。体力には自信があるよ」


 本音を言えば疲れている。

 しかし体力よりも心の消耗のほうが激しい。この子と遊べば少しは心が晴れるだろうと思った。


 ――ナナちゃんを抱いたまま外へ出る。


 さてなにをして遊んであげるか。


 かけっこ? 転んで怪我でもしたら大変か。

 かくれんぼ? 迷子になったら大変か。


「なにして遊ぼうか?」


 聞く俺をナナちゃんは不思議そうな顔で見ている。


「遊んでくれるのかの?」

「もちろん。あ、もしかして嫌だったかな?」


 ナナちゃんは首を振る。


「ううん。今まで遊んでくれた兄弟姉妹はいなかったからの。嬉しいんじゃ」

「お兄さんとかお姉さんとか、弟とか妹がいたの?」

「うむ。いっぱいおった。母親は違うがの。異母兄弟姉妹というやつじゃ」


 身なりも仕草もしゃべりかたも立派だし、もしかしたら貴族かなにかの生まれなのかな。でもそんな子がなんで母親と2人で旅をしてこんな田舎の村に来たんだろう?


 どうにも不可解であるが、ファニーさんは良い人そうだ。後ろ暗いようなことなど無いと信じたいが……。


 俺はナナちゃんを下に降ろし、落ちている小枝を手に取る。


「なにか絵を描いてあげようか」

「うむ」


 地面に屈んだ俺は、そこへ小枝で絵を描き始めた。

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