ある二人のおうち時間

シジョウハムロ

おうち時間

『暇だねえ』


「電話かけてきて第一声がそれかよ」


 学校が春休みに入って三日ほどたったある日の事、唐突にかかってきた彼女からの電話に何事かと思ったらこれである。


『だってせっかく恋人になれたのにデートにも行けてないんだよ?』


「……このご時世じゃ仕方ないだろ」


『わかってるけど……』


 口数少なくおとなしい彼女だが、いつも以上に元気がない。なんか調子狂うな……。


「……まったく、終業式終わった直後に騒いでたやつとは思えないよな」


『それはきっと人違い』


「何をどう間違えろっていうんだよ」


 少しからかってみると、とぼけたような返事。いつもと変わらない軽口のやり取りに少し安心する。



 ……せっかく恋人になれたのに、その気持ちはまあ、わかる。


 紆余曲折あって恋人関係になったのが一か月ほど前、されど世間は自粛ムード、デートなんてできそうにない。


 ……え? 紆余曲折の中身? ああ、彼女の猛アピールの悉くに俺が気付いてなかったってだけだよ。ラブコメの鈍感主人公に『それは無いだろ』って思ってたのがまるまんまブーメランになって返ってきて友人に笑われたさ。


『……ん? おーーい』


 それにしてもどうしたものか……。


『聞こえますかー?』


「おう」


 俺も『恋人同士らしいこと』をしたいのは同じだ、でもだからと言って家族に余計な心配をかけたくないし、『我慢できない若者』と一緒くたにされるのも腹が立つ。


『むうぅ……、絶対ちゃんと聞いてないじゃん』


「聞いてるよ」


 ……そういえばこの前テレビで見た『アレ』なら何とかならないか?


『…………これは言質を取るチャンスなのでは?』


「んー」


 …………いけそうだな。


『明日泊まりに行くねー?』


「却下」


『なんで聞こえてるの!?』


「聞いてるっつったろ」


 俺の理性に試練を与えようとするなよ……。


「……あー、今パソコンの電源入ってる?」


『……? ちょっと待って、今つける』


「グー〇ルマップ開いといて」


 ガサゴソと電話口から物音が聞こえる。俺の方も準備しないとな、うまくいくといいんだけど。


『準備できたよ』


「どっか行きたいところとかない?」


『どっかって?』


「デートで行きたいところとか」


 やろうとしていることは単純、以前昼の情報番組で見た『おうち散歩』を二人で通話しながらやろう、というだけである。


『ならよ〇うりランド』


「アトラクションに乗れなくてむなしくなりそうだから却下」


『えー』



 ……うん、趣旨を説明してなかったらそうなるよな。

 というわけで説明、すると、


『決めて』


「いやそう言われても……」


 彼女曰く、『デートしたい』が先走りすぎて具体的に行ってみたい場所などは全く考えていなかったらしい。らしいといえばらしいけれども困ったな。


「そうだな……、横浜にしようか」


『中華街?』


「いや、赤レンガ倉庫」


 検索をかけ、建物の前に黄色い人形をドラッグしてポイっと落とす。瞬く間に地図が写真へ変わり、そこには特徴的な赤いレンガの倉庫があった。


『うわああ!! なにこれ!? 怪奇現象!!??』


 そこに突然慌てふためく声、


「ど、どうした?」


 何事か、もしかして何か危険なことが起きているのかと身構える。


『変なところで手を離したら急に建物の中に!』


 ……


 …………


「………………それだけ?」


『そ、それだけって』


「いやだって赤レンガ倉庫って今グー〇ルマップで中見れるようになってるし……」


『あっ』


 ……その正体は何とも脱力してしまうようなものだった。


 その後合流――といっても同じ場所に立つだけだが――して、その館内をめぐること小一時間。掲示物はあまりよく見えなかったものの、結構楽しめたと思う。


「さて、じゃあ次だな」


『次?』


「中華街も見に行こうぜ」


 道順の予習も兼ねてカチカチとクリックしながら進む、のは良いのだがここで問題が発生した。

 歩幅(?)が合わないのだ。

 赤レンガ倉庫のような建物の中では色々なものを見ようと移動距離が小さくなっていたのだが、外に出ると途端に歩幅が合わなくなる。


 仕方ないのでバスから降りる所で合流することにした。


―*―*―*―


「…………お前マジでどこに居んの!?」


 おかしい、曲がり角なんて片手の指に収まるほどしかないのになぜ道に迷うのか。

 左下のミニマップに表示されるガイド通りに移動するだけだよな? 何故細い路地に迷い込めるんだ??


『大丈夫、自分の足で歩くときは迷わない』


「信じられるか!」


 ……これは実際にデートに連れて行っても大丈夫なものだろうか、よく知らない場所で目を離した隙にフラフラとどこかへ行ってしまったらちょっと見つけられる自信が無い。

 ……一応、釘を刺しとくか。



「……俺とデート行くとき、絶対に手を離すなよ?」



『…………』


 ……ん? あれ?


「お、おーい?」


『…………』


 なんかバタバタしてるような音はかすかに聞こえるのだが。


「あのー……」


『き、今日はおしまい!! また今度!!!』


「いや、あの」


『もっと自分の言葉に責任をもってよ!』


「へ?」


『じゃあね!! …………ぜ、絶対に、離さないでね?』


プツン、ツー……ツー……


 なんか、よくわからないまま通話が切れてしまった。

 自分の言葉に責任を持てってどういうことだよ……。


 えー、っと……、自分の言葉というと……



 お前マジでどこに居んの!?


 信じられるか!



 この辺りがあいつを傷つけた、とか? いやでもそうなると『離さないでね?』が何のことだか分かんないし……。


 確か、その後は……



 俺とデート行くとき、絶対に手を離すなよ?



「…………」



 俺の手を離すなよ?



「…………ぁ」



 俺 の 手 を 離 す な よ ?



「―――あああああああああああああ!!!!????」


 恥ずい、死ぬほど恥ずい、なんであんなクサいセリフ言っちゃってるの?!

 だめじゃん、普通に考えてきもい奴じゃん、ああ、ああああ!!!


 ベッドに倒れこんでジタバタゴロゴロ転げまわる。顔から火が出そうなほど恥ずかしかった。


 ……


 …………


 5分経ってやっと落ち着いた。その間、母親に文句を言われたり、転げまわったりしていた。


「あ゛あ゛あ゛あ゛」


 嘘です全然落ち着いてないです思い出すたびに恥ずかしくなります騒ぎつかれているだけです死にそう。



『ぜ、絶対に、離さないでね?』


 ……


「…………やってやろうじゃねえかよこのやろう」


 そうだ、こんなことで恥ずかしがっててどうする。あんなクサいセリフを言ったんだ、それに見合うくらいのデートプラン考えてやるからな!



 結局、その日は寝るまで落ち着かなかった。

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