「おうち時間」は絶対です。

味噌わさび

第1話 解除の日

「……ようやく、か」


 俺は玄関までようやくたどり着き、玄関のドアを睨みつけていた。


 長い長い……とても長い「おうち時間」だった。


 しかし、それがようやく解除される……それはすでにニュースやネットの情報で確認済みだった。


 それにしても……みんなはどうしているだろうか? 知り合いや友達とは長いこと電話や連絡がとれていない。仕事もどうなっているのだろう? 同僚の皆はどうしているのだろうか?


 ……しかし、問題はそうではない。問題なのは、もうすぐ「おうち時間」が解除されるということなのだ。


 俺は今一度玄関の扉を見る。


 ……もしかして、もう解除されていたりするのだろうか? 俺は試しにドアノブを握ってみた。


『警告。現在「おうち時間」が継続中です。いかなる理由があっても、外出することはできません。「おうち時間」の解除まで残り3分43秒』


 無機質な音声がどこからか聞こえてくる。どうやら、まだ解除されていないようだ。


 あと3分程度。もう少し待てばいい話だ。俺は落ち着くことにした。


「……落ち着けるわけ……無いだろうが!」


 俺はドアノブをガチャガチャと乱暴に動かす。


『警告。「おうち時間」継続中です。いかなる理由があっても外出は認められません』


「後3分程度だろうが! さっさと出せ! 出せって! バカの一つ覚えみたいに何度も何度も……いい加減聞き飽きたんだよ!」


 俺は何度もドアノブを動かしたが……やはり、駄目だった。いや……もう何度も試したのだ。


「おうち時間」は絶対なのだから。


 たとえ、すでにもう家の中に食料がなく、外出しなければ助からない状態であっても。


 たとえ、友人や知り合い、会社の同僚と連絡がつかなくなって大分経っているとしても「おうち時間」は絶対……。


 そして、俺はいますぐにでもこの家から……「おうち時間」から開放されなければ、命の危険さえあるのだということを理解していた。


『「おうち時間」解除まで残り10秒』


 あと10秒……ようやく……ようやく解除されるんだ。


「3、2、1……」


 ……解除された。俺は即座にドアノブを握り、動かした。


「……は?」


 ドアは……開かなかった。俺は信じられずに今一度ドアを開けようとする。


 しかし……ドアは開かなかった。


「な、なんでだよ! 解除されたんじゃないのかよぉ!」


『「おうち時間」が延長されました』


「……はぁ!? 延長……な、なんで?」


『延長の必要があることが認められました。これより「おうち時間」の延長を開始します。「おうち時間」の期間内はいかなる理由があろうとも外出は認められません』


 俺はそのまま力なく玄関に座り込む。延長……それってつまり、まだ「おうち」にいなきゃいけないってことか?


 俺は「おうち」から出られないってことか?


『「おうち時間」の解除まで残り335時間59分30秒』


 無機質な音声の残酷な宣告を聞きながら、俺はまだまだ「おうち」から出られないことを。


 ……いや、もう二度と「おうち」の外へ出られないことを悟りながら、意識を失ったのであった。

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