第7話 約束(表)



 突然だけど、テンプレと言う言葉をご存知だろうか。

 この言葉はテンプレートの略で、型どおり・ありきたりな展開と言う意味の表現だ。

 単によくある展開・よくある設定という意味でテンプレと言うこともあれば、「ありきたりでつまらない」という否定的なニュアンスを含む表現として用いられることもあ……ったと思う。

 そばにスマートフォンでもあれば、こんな誰にともなく説明するような現実逃避も数秒で終わっていたんだろうけど、残念ながらスマートフォンが普及するのは何十年も先の話だ。

 で、どうして僕が朝っぱらから現実逃避をしているのかと言うと……。

 

 「柔らかい……」


 右手から伝わる、初めて経験する感触に感動してついついこぼしてしまった台詞でだいたい察しはつくと思うんだけど、布団から身を起こしたら隣にナナさんが寝ていた。

 しかも全裸で。

 しかも、全裸で。

 全裸で!

 はいここ!大切なところなので三回言いました!

 さらに、身を起こす時に突いた手の先には、昨日の晩にお世話になったナナさんのオッ……オッパ……胸があったんだ。

 ああそうさ、テンプレだよ!

 ラブコメとかでよくある見飽きた展開だよ!

 言っとくけどね、過度な性描写は73年後じゃアウトだから……いや待て。

 仮に、僕がナナさんの胸の感触や形、果ては形まで事細かに解説すれば、僕が人様には決して言えないような恥ずかしい死に方をした改元前の73年後ならアウトだろう。

 だが、少し考えて見てほしい。

 今は何年だ?

 その答えは1946年。

 要は73年前。

 そう!今僕は、そういった制約がない過去に生きている!なので、今から僕がナナさんの胸の感触や形や感度を詳細に語ろうと何ら問題はない。

 何故なら過去だから。

 今は僕が死んだ平成じゃなくて昭和ですからぁぁぁぁ!


 「どうしてナナさんがここに……」


 と、平静をよそおって言ったけど、心の内も右手も、ついでに股間も全く平静を装えていない。

 右手なんて、オッパイを離そうとする意思に反して揉み続けているし、この歳になっても朝から元気な愚息は冬用の掛け布団と毛布をチョモランマの如く盛り上げるくらい暴走してるよ。

 

 「これはまずい。非常にまずい」


 とか言いつつも、右手は相変わらずオッパイの感触を脳に伝え、海馬の中でファイルして大脳皮質にため込み続けてる。

 これは、一度スッキリしておいた方が良いだろうか。

 右手は塞がっているが、幸いな事に僕は賢者だ。右手の青春になんてとっくに飽きて、左手の魔術を極めている。

 つまり、右利きでありながら左手で自家発電できるってわけさ。

 だからこの状態でも問題……。


 「大有りだよ!」

 

 おっと、ついつい盛大にツッコミを入れてしまった。

 冷静になるんだ小吉。

 隣にナナさんが寝ている状態で愚息をなぐさめるなんて変態行為、所謂いわゆる、見抜きなんてできない。

 そんな事をしている時にナナさんが起きてご覧なさい。きっと切られるよ?

 裸を見られても一切気にしてなかったナナさんでも、隣に放電してるアラサー男がいるのを見たら枕元に置いてる短刀で絶対に切るよ。

 具体的には、転生して手に入れた唯一のチート能力だけど無用の長物であるこの万年ニートを!

 って、そろそろ本当にまずい。

 いつもは6時に起床する僕が起きて来ないことに気づいた松さんが、気を利かせて僕を起こしに来る……。


 「坊っちゃん?もう朝ですよ?今日は横須賀に出向く予定じゃ……」


 うん、これもお約束だよね。

 わかってたよ。

 この状況になった時点で、相変わらずの馬鹿息子並みにフラグはビンビンに起ってたよ。

 でもどうして?

 前世はもちろん、今世でも今の今までこんなラッキースケベはなかったじゃないか。

 いや、これはアンラッキースケベだ。

 僕が今まで積み上げてきた人畜無害そうなのにやればできる男キャラが崩壊したよ!

 こんなことなら、乗ってた艦が空爆された時に死んどけば良かった!


 「坊っちゃん」

 「はい……」


 何を言われるんだろう。

 朝からお盛んですね?

 それとも、朝っぱらから何をしてるんですか?

 どちらにしても、松さんの中で僕は、下宿を始めた女子高生を速攻で手篭めにするゲス野郎に……。


 「今夜はお赤飯にしましょうね。きっと、ご両親やお兄様方もお喜びになります」

 「ちょっと待って。どうしてそうなるの?と言うか、家族に報告する気!?」

 「そりゃあ、もちろんしますよ。女っ気もなく、あれだけお見合いを断っていた坊っちゃんが、女を連れ込んだその晩に手篭めにしたんですよ?これを報告せずに、何を報告しろって言うんですか」


 そうだった。

 僕はいい歳して独り者を貫いていたせいで、家族はもちろん松さんからも結婚を急かされてたんだった。

 これが平成の世なら、「適齢期になったら結婚しなきゃいけないなんて時代遅れ」と言って鼻で笑うんだけど、残念ながら今は昭和。

 30間近で結構してない男は、それだけで社会的信用が下がる。

 実際に僕は、海軍の要職についているせいもあって陰でホモなんじゃないかと言われているしね。

 

 「はぁ……。朝から最悪だ……」

 

 これまで見た中で、一番の笑顔の松さんに見送られて早3時間。

 僕とナナさんは、迎えに来てくれた部下が運転する車の後部座席で揺られている。

 ただ、時間が経ってもテンションが上がらない僕と違って、ナナさんは通常営業のようだ。


 「そうなん?嬉しそうに、あたしの胸を揉んじょったじゃないね」

 「起きてたなら、僕をぶん殴るくらいしてくださいよ……」

 「どうして?」

 「どうしてって、僕は君のオッパ……胸を……」

 「べつに気にせんでもええいね。減るもんでもないし」


 これには、本当にビックリした。

 オッパイを揉んでいる事に驚きすぎてた僕は、ナナさんがいつも通り感情を感じさせない目で僕を見ていた事に気づけなかった。

 つまり、僕が悩みに悩んでいる間、ナナさんは僕をジーッと見ていたわけさ。

 その事に気づいたのは、松さんが「朝食はお弁当にしておきますね」と言い残して、僕の部屋を離れた後だった。

 どうやら松さんは、胸を揉み続ける僕と、そうされて何も言わない全裸のナナさんを見て朝から一戦交えるつもりだと判断したらしい。

 してないし、僕にはそんな度胸もないけどね。

 それにしても、ナナさんは……。


 「どうして、僕の布団で寝ていたんですか?」

 「実家じゃあ、父様と兄様とあたしとで川の字なって寝ちょったせいか寝付けんでねぇ」

 「それで、僕の布団に?全裸だったのは?」

 「あたし、家じゃあ服とか着んのよ」


 なん……だと?

 それはつまり、全裸で歩き回り、全裸で飲んだり食べたりするだけに留まらず、全裸で談笑なりするわけですか?

 え?ちょ……何それエロい。

 現役JKかつ美人のナナさんが全裸で私生活を送ってたなんて、想像しただけで僕の単装砲が火を噴くよ。

 だからやめて。

 

 「お、着いたようじゃね。小吉はここで何するん?」

 「仕事に決まってるでしょ?僕、これでも社会人だよ?」


 まさか、堂々とリアルで社会人だと名乗れる日が来ようとは、ニートで引きこもりをしていた前世では考えもしなかったな。

 ちなみに僕がナナさんを伴って訪れたのは、横須賀鎮守府。

 神奈川県横須賀市にある、日本海軍の鎮守府の一つだ。通称は横鎮よこちん

 別の横チンが頭に浮かんだ人は心が汚れているから、滝行たきぎょうでもして身も心も清めた方が良いよ。


 「略してヨコチンじゃねぇ」

 

 字はもちろん横鎮だよね?

 は、置いといて、僕がここを訪れた理由は、大将になると同時に推進しようとしている軍縮計画の下準備をするため。

 要は、取り敢えずホームである横鎮から、最低限の設備と兵力を残して解体しようとしているのさ。

 でも当然ながら、それに反対する者は多い。

 理由は利権惜しさが三割。

 戦争終結から間もないのに、軍縮をすることに対する危機感から来る反対が六割。

 残りの一割は保守的な理由からかな。


 「へぇ、立派な部屋じゃねぇ。ここが小吉の部屋なん?」

 「おい小娘。呼び捨てとは失礼ではないか。この方はこれでも、この鎮守府の元司令長官だぞ」


 君の言い方も失礼じゃない?

 は、言われなれてるからどうでもいいか。

 僕が司令長官時代に使っていた執務室に着くなり感想を漏らしたナナさんを叱責しっせきしたのは、僕の副官であり、大戦中は今世でも雪風と並ぶ武勲艦となった駆逐艦 磯風で航海士をしていた沖田おきた源造げんぞう海軍少佐。

 昨日の東京駅での一件で、僕とナナさんがすんなり帰れたのは彼のおかげでもある。

 言い方はキツいけど、彼は真面目で腕っぷしもたち、上官の僕にも堂々と意見してくれる頼れる部下で理解者だ。

 ちなみに既婚。

 子供はまだだけど、男の子が産まれたら名付け親になってくれと頼まれたから、字は任せるとしてソウシかジュウゾウと名付けろって言うつもり。

 だって、沖田って聞いて思い付いたのがその二つだったんだもの。

 

 「あたしは小吉の家に住んじょる。つまり家族みたいなもんなんじゃけぇ、呼び捨てにするんは当然じゃろ?」

 「なっ……!油屋中将と一緒に!?しかも家族!?油屋中将!やっと結婚する気になられたのですか!?」

 「ああ……同衾どうきんはしたけぇ、責任くらいはとってもらわにゃいけんか?」

 「ど、ど、ど、同衾!?油屋中将、やっとですか!やっと童貞を卒業されたのですか!?散々男色家だんしょくかだの不能だの言われていた油屋中将がついに……!」

 「小吉が男色家?そりゃあないぞ軍人さん。小吉は朝っぱらから、あたしの胸を幸せそうな顔して揉んじょった」

 「朝から!?と言うことは何ですか?わたくしが迎えに行く前に、一戦交えたのですか?朝っぱらから砲雷撃戦ですか油屋中将!」

 「二人とも少し黙ろうか」


 僕を交ぜもせずに勝手に僕をネタにして盛り上がるな。

 だいたい、沖田君に僕の私生活をとやかく言われる筋合いはないよ。

 例え夜戦(意味深)をしようが、朝から射撃訓練(意味深)をしようが僕の勝手。

 だから放っておいて。

 これ以上、ナナさんが口を変な方向に滑らせるような事は言わないで。

 じゃないと銃殺にするよ?割とマジで。


 「誤解があるようだから解いておくけど、彼女は僕の護衛だ。だから一緒に住んでいるだけで、けっしてやましい関係じゃあない」

 「じゃけど、裸も見られたし、肌が赤くなるほど揉まれたよ?」

 「それは本当にごめんなさい。だから、話の腰を折らないで」


 ナナさんって、無表情で声に抑揚もないのに意外とよく喋るよね……は、置いといて。

 ナナさんが護衛だと聞いて、沖田君の顔が怒りに染まり始めた。

 まず間違いなく、「自分を差し置いてこんな小娘を」って感じで嫉妬しているんだろう。

 そうだとしたら……。


 「わたくしは油屋中将に忠誠を誓っております。だから軍縮計画にも賛同しましたし、全力でご助力させていただく所存です」

 「うん、それは良くわかってる。それでも、ナナさんの件は納得できそうにないかい?」

 「当たり前です!こんな女学生に何ができるんですか!」


 やっぱり、一悶着ひともんちゃく起こるか。

 さて、どうするべきだろうか。

 ナナさんが術なんていうオカルトにステータスを全振りした暗殺者でなければ、沖田君と決闘でもさせれば良い。

 でも、ナナさんの術は僕が身をもって味わった狩場と、東京駅でのアレだけ。

 狩場で身動きできなくするだけならともかく、アレを使われたら沖田君はたぶん死ぬ。

 後のことを考えると、それは非常に困るし、東京駅での一件で見たナナさんの動きは素人よりも酷かった。

 なんとか、穏便に事を収め……。


 「なあ、軍人さんや。あたしがあんたを叩きのめしゃあ、納得してくれるか?」

 「わたくしを……俺を叩きのめすとほざいたか?小娘。俺は剣道五段、柔道三段。合わせて八段だぞ。その俺を、お前ごときが……」

 「道に成り下がった武を何段持っちょろうが、あたしには関係ない」

 「道に……成り下がっただと?」


 られそうにないなぁ。

 しかもナナさんが挑発……だよね?をしたせいで怒りゲージは振りきれたっぽい沖田君は、「道場を押さえておきます」と言って退室してしまった。

 これは、下手したら殺し合いになる。

 だったらせめて……。


 「ナナさん、決闘するのは止めないけど、術の使用は禁止するよ。彼に死なれたら僕が困る」

 

 僕の命令を、ナナさんが聞いてくれる保証はない。

 でもナナさんは、剣道や柔道を道に成り下がった武と言ったくらいだから、術以外にも対抗策を持っているかもしれない。

 よくよく考えれば、猛君がナナさんに短刀を渡す際に、「それくらいなら、お前でも扱えるだろう?」と言い、ナナさんも「まあ、これならね」と答えていた。

 と、言うことは、ナナさんが素人よりも酷い動きだったのは武器のせいだと言うことになる。


 「術なし?じゃあ、やりとぉない」

 「あ、あれ?」


 術なしでも勝てるから、沖田君を挑発したんじゃないの?

 なのにやりたくないと言うことは、やっぱり東京駅で見た通り、武術の心得なんて丸でないんだろうか。

 

 「術なしじゃあ、疲れる」

 「あ、そういう……」


 ナナさんって、意外と物臭ものぐさなんだなぁ。あ、ちなみに物臭とは、何かするのを面倒くさがること。また、そういう性質の人のことで、無精者ぶしょうものとも言う。

 ほんの少しだけ、ナナさんの内面を知れて嬉しくは思うけど、ただ面倒くさいだけならやってもらおう。

 

 「ならやって。もちろん、彼を傷つけずに」

 「……そっちの方が、傷つくと思うんじゃけど?」

 「それでもだ。君を僕の護衛だと彼に認めさせなければ、仕事に支障が出かねない」

 

 と、少し強めの口調で言ったら、後ろ手を組んだまま壁に背を預けて右足をブラブラさせ始めた。

 無表情だからハッキリとはわからないけど、悩んでると言うよりはねているように見える。


 「決闘は依頼の範疇に入らん。じゃけぇ……」

 「別に報酬を寄越せ、と?」

 「うん。平たく言えば」


 ふむ、確かに言われてみれば、沖田君との決闘は、護衛の範疇に入らない。

 だったら、別の依頼として報酬を要求するのは当然。

 でも困ったな。

 依頼料は猛君が前払いしちゃってるから、僕はナナさんにいくら払えば良いのかわからない。

 電話して聞いてみるか……。


 「ぷりん……」

 「え?今何て?」

 「ぷりん。この辺にゃあ、ぷりん……なんちゃらちゅう食べ物があるんじゃろ?それが食べたい」

 「もしかして、プリンアラモードのことかい?」

 「そう、たぶんソレ」

 

 変える前の歴史では、確か横浜のホテルがGHQの将官夫人用に考案したのが始まりだったはず。

 一応、今世でも体裁のためにGHQは設置してあるから、そのホテルに行けば食べられる可能性はあるけど、どうしてナナさんがこの時代で最先端のスイーツを知っているんだろう。

 もしかして、猛君から聞いたのかな?

 いや、そんな事はどうでもいいな。

 肉じゃがを知らないほど食に無頓着だったナナさんが、プリンアラモードを食べたいだなんて言ったんだ。きっと、松さんの料理を食べて心境の変化があったんだろう。

 だったら、喜ぶべきことじゃないか。

 表情すら作れないナナさんが食べたいと言うのなら、僕は喜んでご馳走するよ。

 それを続けていれば、いつかナナさんの笑顔が見られるかもしれないしね。


 「わかった。じゃあ、今日はここに泊まりだから、ついでに夕飯も食べよう。プリンはデザー……」

 「いらん」

 「へ?プリン、いらないの?」

 「ぷりんあ、あ~……なんとかは報酬として貰う。じゃけど、他はいらん」


 あ、そうですか。

 プリンアラモードが食べられるホテルならディナーも食べられるはずだから、一緒に食べようと思ったのに残念……。

 

 「じゃあ、あたしが勝ったらぷりん……あら……なんとかね。約束よ?」

 「わかった。沖田君との決闘が終わったら、食べに行こう」

 

 でもない……かな。

 上目遣いで報酬を念押ししたナナさんは、眼球の動き以外に表情の変化は無いものの、歳相応の女の子に見えた。

 きっと彼女は、表情を作れない分、身体の動きで感状を表現しようとしてるんじゃないだろうか。

 それが意識してか無意識でかは判断がつかないけど、アレがナナさんなりの感情表現なのだと、僕は何故か理解できた。

 



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