第3話 いきなりご対面

「これはむかーしむかし、1000年前のお話じゃ」(千年の表記ってどっちのがいいんかな)


 幸か不幸か、タイガージの暴れている場所はとても近所にあった。幸と不幸は2対8くらいの割合だ。

 幸いなのはゴルフ場という開けた場所なので、これ以上は人や物を巻き込んで被害拡大しなさそうなところ。不幸なのはここから現場が近いために俺の余命がほんのわずかってところだろう。

 移動しながら今まであった楽しかったできごとでも思い出すとしよう。


「1000年前、人間界では鬼の軍団が大暴れしとった。鬼は今ほどは強くなかったんじゃが、それでも人間など勝負にならんほどは強かった。特にワシは最強じゃった」

「はあ」

 エンマ様がなにか語り出した。俺はいま思い出でいっぱいになりたいのに。

「ワシらはすぐさま人間を滅ぼしてもよかったんじゃが、なんせ余裕じゃろ? なので鬼ヶ島で宴会。いや、パーティーをしてたんじゃ。ドンチャンドンチャンとな!」

 絵本で読み聞かせてもらった話みたいだなと思った。

「そこに……ヤツが現れたんじゃ……」

「桃太郎!!!」

 いや、絶対これ桃太郎じゃん。思わずクイズの解答者のように元気に答えてしまった。 

「な、なぜ知っておる!?」

「なぜって、メチャクチャ有名な話ですよ」

「そうなのか……桃太郎のヤツめ……」

 くやしそうな言葉とはうらはらにその表情は嬉しそうだ。エンマ様は表情を崩さずに続けた。

「それでじゃ、ワシらとヤツが戦うじゃろ? ワシらの負け」

 その話シンプル過ぎるだろ。

「え、なんかもっとどうやったとか何が起きたとかないんですか」

「うっさいわ! 勝ち戦ならまだしも、負け戦にアレコレ言いとうないわ!」

「い、潔くて良いと思います……」

「うむ、そうじゃろ。それでヤツはこう言ったんじゃ!」

『オレに勝とうなんざ1000年早いんだよ!』

 なんか俺の知ってる桃太郎とは違うな。

「そこから鬼はひとり残らず人間界から撤退して鬼獄界へと帰ったんじゃ」

「めでたしめでたしですね」

「めでたくないわ!」

 余計な一言で怒られた。そりゃあ鬼からしたらめでたくないか。屈辱の歴史とかだ。

「そして鬼たちは千年後のリベンジを目指して黙々と筋トレをはじめたんじゃ……」

「な、なるほど……それでその千年後っていうのが今なんですね」

「いや、まだ千年経っておらん」

「経ってないんかい!!!」

 なんなんだよ。マジで。

「まあ、ほぼ千年といったところじゃろう。実はまだ一ヶ月早い。つまり999年と11ヶ月経っておる」

 鬼たちは一年一ヶ月一日と律儀に数えていたわけだ。健気だなあ。それほどの執念とも言えるだろう。

「あのタイガージのヤツはせっかちでな。約束の千年をまたずしてこちらへ来てしまったというわけじゃ」

「なるほどですねぇ」   


 俺は歩みを止めた。『タイガーアンドクマーカントリークラブ』の看板の前に着いてしまったのだ。やっぱり近過ぎる。

 看板からなだらかな坂道が建物に通じている。あの建物で受け付けでもしてゴルフコースに向かうんだろう。遠目からでもコースから煙がのぼっているのがよく見える。きっとあそこにタイガージがいるのだろう。

 ズンズン進んでいくエンマ様の小さい背中を追いかけてついていく。ついていくしかないので。

 この先の不安を足を動かすことで誤魔化す。建物を抜けると視界に緑が開けた。ゴルフコースのきれいなグリーン。そこにグリーンがハゲた跡、戦車の残骸。その横にごろんと寝転がる鬼がひとり。

  

「おーい、タイガージよ~!」

 エンマ様の陽気な呼びかけに気付いたタイガージが起き上がる。

「お! エンマ様じゃねぇか!」

 人なつこそうな表情で駆け寄ってきた。しかし俺の存在に気付いたのかギロリと目を向けてきた。一歩後ずさる。

 まず目をひくのがその巨大な身体だ。さらに隆起した眉間のうえに2本のツノ。ほぼ真正面に伸びてそこから急に方向転換してうしろへグンと伸びている。そんなツノの形状に追従するようにトゲトゲしく髪の毛が逆立っている。

 雑魚鬼とは貫禄が違う。一見して強いとわかる風貌をしていた。 


「この、バカもんが!」

 タイガージのスネが蹴られる。「痛て」と軽くタイガージが漏らした。俺はさらにもう一歩後退した。そんな俺のことを知ってか知らずかエンマ様がガミガミ言っている。 

「おまえは! せっかち過ぎるんじゃ! まだ約束の千年は経っておらんじゃろ! キサマはエニグマ・セッカーチとでも名乗るがいい! バカバカ!!!」

 タイガージのスネへ執拗なローキックが繰り返される。大男と小学生のサイズだと深刻さより微笑ましさが勝る感じだ。

 

 我に返る。なにのんきなこと考えている。全然微笑ましくない。これがおじさんとこどものやり取りだったらどんなに良かったことか。

 やっとエンマ様はローキックに飽きたようだ。タイガージも鬼の貫禄を取り戻していた。

「それで、エンマ様。そのうしろにいる弱太郎はなんだ? おやつか?」

 鬼が人間を食べることが判明した。 

「うむ、こやつは桃太郎の孫じゃ」


 タイガージの目が見開かれ、口はあんぐりと言ったように半開きになっている。たぶん俺もまったく同じ表情をしていたと思うよ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る