第2話 エニグマー・タイガージ

「もう一杯ラーメンが食べたいのう~」

 エンマ様のお腹が鳴る。しかし俺の頭はそれがなにかの音としか認識できなかった。

 俺が鬼退治をするらしい。あんな鬼をどうしろって言うんだよ。あーとかうーとか言いながら暴れて、どうやっても鬼にモリモリ食べられている自分の姿しか想像できなかった。

 うんうん頭を悩ませていると急に腕を捕まれた。

「のぉ~ラーメンが食べたいんじゃが~」

 そうなのか。エンマ様はお腹が減っているのか。お腹が空いたらお腹が鳴るもんだよな。当たり前のことだが当たり前のありがたみを感じた。

「あれ、でもさっき食べてたじゃないですか」

「あるじゃろ? 一杯だと物足りなくて二杯目を食べると半分もしないうちにお腹いっぱいになって後悔すること」

「ああ、ありますね」

「ほらな!」

 なんの説明にもなっていない気がするけど俺たちは店に戻った。


 ガラスの割れたドアは開きっぱなしだった。一歩踏み入れると店内中の視線が俺たちに集まっている。そりゃそうか。

「うお! 孫太郎無事か!」

 店長が駆け寄って俺の肩をつかんでぺちぺち叩く。続いて常連さんたちも集まってきてぺちぺちする。ひとしきり叩き終わって満足したのか店長はエンマ様のほうを向く。

「すごかったなお嬢ちゃん! なんかでっかくなったり光ったりよ!」

「ふふん、どうってことないわ!」

「命の恩人だぜまったく。店ん中の片付けは俺らに任せておめぇらはラーメンでも食ってな!」


 

 店長の言葉に甘えて俺たちはカウンターで並んで座った。

 ぼけっと店長の調理を眺める。店長のかっこいい湯切り、あそこまでかっこよくするために10年くらい湯切りの素振りをしていたそうだ。韻を踏んでしまった。

「はいよ」

 とんこつ醤油ラーメン。いつも食べているものと全く同じもの。それが今までで一番うまいと思った。

 エンマ様もそう感じているんだろうか、ときどき小声でウメウメ言っていた。


「それで、俺が戦うっていうのはどういうことなんですか」

 それはそうと聞かねばならんことを聞いた。

 エンマ様が空っぽのどんぶりに箸を並べる。

「ほら、ワシの本体は鬼獄界におるじゃろ?」

「いや、初耳ですけど……」

「本物のワシはさっき雑魚鬼を倒したときのように強くて美しいんじゃ!」

 たしかに強かったし、少しきつめの美人なのは間違いないが自分で言うなよ。

「ん? なにか文句があるのかの?」

「い、いえ……」

 あきれ顔になっていたようだ。

「それでじゃな、この分身体ではもう変身できないんじゃ。じゃから代わりにおまえが戦うんじゃ」

「えーっと、それじゃあ別に俺じゃなくてもいいんじゃ……警察とか自衛隊とかいっぱいいますよ」

「なんじゃそいつらは?」

 妙に人間慣れしてるくせにそれは知らないのか……。

 ふと、顔をあげるとちょうどテレビが目に入る。古びたブラウン管のテレビだ。

 ちょうどいい。そのテレビに警察官が映っていた。

「あ、あれですよあれ。テレビ観てください」

「なんじゃ、アニメか?」

 アニメは知ってるのかよ。


 テレビにはたくさんの警官が映っていた。何人かは拳銃をかまえている。

「お、鉄砲じゃ!」

「ドラマ……じゃないな。なにか事件ですかね」

 なんか見覚えのある場所だ。場所はゴルフ場のように見えた。レポーターが場所を言ったかもしれないがパトカーのサイレンと怒号でよく聞こえない。

 拳銃が向けられた先に映像が動いた。ひとりの男が立っていた。

『鬼のような男が暴れています! 警官が負傷した模様です!』

 レポーターが興奮気味に声を張っている。

「え、これって……」

「鬼じゃな」

 随分と大きくみえるがあれも雑魚鬼なんだろうか。それにしては落ち着き払っている。

 割れるような破裂音。

 銃声が鳴った。続けて何度も音が鳴る。

 テレビ越しでも凄まじい音がする。片付け中のみんなも手を止めてテレビに目を向けた。

 その鬼男は先ほどと同じように立ち尽くしていた。

「え、生きてる……」 

「バカもん、鬼に鉄砲なぞ効くものか」

 そうなのか。じゃあ警察の手には負えないのか。

「いや、でも自衛隊ならきっと勝てますよ! 戦車とか、ほら!」

 本当に戦車が出てきた。

 警官たちがあわてて鬼男から離れていく。

 鬼男は笑っているのか少し仰け反っている。

 戦車はそのまま鬼男のほうへ砲身を向けて停車した。それと同時に戦車はすぐさま砲撃を開始した。

 轟音が鳴り響く。鬼男が砂埃に包まれた。

「やったか!」

 思わず口に出してしまった。いや、絶対やっただろ。これでやってなかったら嘘だ。


 砂埃のなかから右手をかざした鬼男が立っていた。まわりの地面だけがえぐれていた。

 テレビ越しだがその轟音はすさまじく、何度も店内を揺らしながら鳴り響いた。

 その後も戦車はやけっぱちのように連続砲撃をするもまったく歯が立たなかった。戦車から乗組員たちが逃げ出す様子が映っている。

 みんながテレビに釘付けになり、口をぽかーん開きっぱなしだ。その間にもテレビの中では戦車がプラモデルのようにバッキバキに破壊されている。

 すごいな。他人事のような感想を漏らしてしまう。

 テレビの中継映像は途切れるようにして終わった。

 

「エニグマー・タイガージ」 

 エンマ様が口を開いた。

 変わった名前だなと思ったが、うまく返事できなかったのでエンマ様の目を見つめた。救いを求める目をしていたと思う。

「う~ん、そうじゃな。さしずめ初戦の相手と言ったところじゃ」

 手をポンッと叩いて軽く言う。

「ほう、なにかの大会があるみたいですね」

「おまえが出る大会じゃぞ」

「わかってますよ……」

 わかっている。ふざけてなにが悪い。おそらく、多分だけど、こんなのに挑んだら俺は確実に死ぬだろう。

 逃れることができないもの。俺はそれを運命と呼ぶことに……決めた。

 

「よ~し! じゃ、タイガージに逢いに行こうかの!」

 運命くんは俺の背後でクラウチングスタートの姿勢をとっていた。

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