相棒から見る、宇宙時代の何気ない運び屋生活の一コマ(直感的なイカサマ編)

     ◆


 クリーディ星系にある銀河連邦指定組織ブランクブルーの中継基地は、どこにでもある平凡なものだ。

 格納庫にサイレント・ヘルメスを着陸させ、相棒は荷物のリキッドクリスタルを貨物室から文句を言いながら運び出していた。

 船の中に部外者を入れない。それが俺とハルカの決め事だった。例外は修理業者くらいだ。

 俺はリビングスペースのテーブルの上に工具を並べ、反発ラダーの調整に必要な部品を確認していた。おおよそ全ての部品が揃っているが、部品同士の相性などもある。俺の技量という問題もあるが、それはどうしようもない。

 とりあえずの確認が終わり、俺は外へ出た。

 中継基地の格納庫には、他にも何隻もの船があるが、組織の船はどれもこれも外観が美しい。

 指定組織なりの美学があるのかも知れないし、それよりも他の組織に対する威圧だろうか。

 とにかく体面、面子が問題になる職種である。

 見回すと、格納庫から通路へ向かっていく相棒と、指定組織の男の背中が見えた。

 どうせまたギャンブルだろう。こういうところでは賭場がすぐに出来上がる。それは自然なことだ。

 連中は、自分たちが支払ったばかりのユニオをそうやって回収する。うまくやれば、自分たちの手先を増やせるし、その手先はいつ失っても構わない、となる。

 俺はヘルメスを見上げて、手元にある操作パネルで一度、ヘルメスの三本の足を縮め、そうすることで本気で跳べばちょっとした出っ張りに手がかかるようにした。

 跳んで、ぶら下がり、あとは懸垂で体を上げる。

 三基の反発ラダーのうちの一つに取り付き、腰のベルトに並んでいる工具を使って、その基礎部分を解体していく。さすがに負荷がかかる部分だけあって、部品の留め方や形状などが複雑だ。

 それでも何度かバラしたことがあるので、構造を失念することはない。

 十分ほど格闘して、やっと根元から装置が外れた。ひと抱えはあるので、力を込めて支えて、ヘルメスの上部から格納庫の床に飛び降りた。

 着地するとき、足に軽い痛みが走る。こんなことは俺がテクトロン人だからできることで、本来的には二人か三人で協力する作業である。

 痺れている脚を揉み解しながら、頭の中では反発ラダーをどういう手順で分解するか、それしか考えていなかった。

 こういう時、手間を惜しんでいるといいことは一つもないのだが、しかし俺だって無駄なことはしたくない。

 ここへたどり着くまでに、操縦室の端末からソフト的には故障箇所がわかっている。

 ネイキッドチューナーと呼ばれる、エネルギーの流入量を加減する装置の不具合で、そのぶれによってエラーが出ている、ということだが、だいぶ怪しい。

 ネイキッドチューナーだけだろうか?

 まずはネイキッドチューナーの様子を確認し、きっとそれから、別の部品を順繰りに見るしかないだろうな。

 工程の複雑さにうんざりしながら、脚の痺れも取れたので、俺は反発ラダーに挑戦することにした。

 パネルと言っても、外装そのままなので、重銀蒸着結晶パネルという、宇宙船の頑健さの象徴である物体だ。薄いくせにとんでもない重量のもので、力が必要なのだった。これもやはり本来は二人でやる。

 パネルを半分外し、強化真鉄合金フレームが見える。

 その間にある部品からネイキッドチューナーを取り出すのは、ここまでの工程からすれば、だいぶ楽ではある。

 拳二つ分ほどのその部品にテスターを当てる。

 死んでいる。それはおおよそ、予定通りか。

 近くに置いていた交換部品と交換して、破損したパーツも保存しておく。もしかしたら修繕する可能性もある。貧乏だと、ゴミは極端に少なくなると、俺は相棒と組むようになって思い知らされた。

 新しいネイキッドチューナーがまた破損しないように慎重にテスターを当て、試験出力を出してみる。

 反発ラダーが起動しない。テスターを交換し、パーツ診断能力のあるもので再確認するが、起動することはないし、診断結果は「不明」だった。

 テスターを脇に置いて、俺はじっと目の前の物体を見つめ、そして全体を眺めた。

 どこかに不具合はあるが、どこなのか、わからない。

 マルチレプリカントかもな。

 不意にそう思った。直観的に、一番、ありそうだ。マルチレプリカントは宇宙船で多用される部品だから、特筆すべきことはないが、今はなぜか、そんな気がする。

 いくつか別の部品を外し、マルチレプリカント基盤、という、爪ほどの部品が十二個並んでいる基盤を取り出した。その少し奥にもう一枚、同じものがあるので、それも外す。

 座り込んで、テスターでマルチレプリカント二十四個を一個ずつ、確認していく。

 あった。いや、一つだけじゃないな……。

 全部をチェックすると、三つほど、死んでいるようだ。他に二つ、反応が怪しいものがある。

 五つ全部、変えるか。

 一度、船内に戻り、部品を持って外へ戻ると、反発ラダーの中を覗き込んでいる背の低い男がいた。

「へい、何をしている?」

 体格差があるので取っ組み合いなら勝てるが、武装していると厄介だ。

 そうは思ったが、この小柄な男、おそらくイプン人の成人男性は、攻撃的な雰囲気ではない。

 俺の言葉に素早く視線を送り、体に似合わない成熟した精神を思わせる表情で、困ったような顔になる。

「いや、丁寧な仕事と思って、見ていただけだ。触っていない」

 そう言う通り、部品は全て俺が置いたままの位置にあるし、工具もちゃんと揃っている。特に部品の位置は、それがずれると組み立て直す時に厄介だった。

「あんたはギャングっていう雰囲気じゃないな」

 そう声をかけながら、俺は元の場所に座り、工具でマルチレプリカント基盤から、使えない部品を取り外していった。

 小人がどこか気落ちした様子で言う。

「儲けを全部、スられてね」

「賭場でか? それは自業自得だ」

 かもしれんが、と子供にしか見えないそのイプン人は、苦々しげに言う。

「ここの賭場は、イカサマが平然と行われる。敵も多いだろう」

 危うく、我が相棒が仇を討つ、と言いそうになったが、もしイカサマを見抜けなかったり、対抗できなければ、奴のことだから、何もかもを失いかねない。

 ヘルメスさえもだ。

「賭場で儲けようとするのが、違うと思うがね」

 そうやり返すに留めて、全てのマルチレプリカントは交換が終わった。

 基盤を元の位置に戻し、他の備品も、とりあえずとしてマクロシルバー導線で繋いで、テスターで動作を確認した。

 今度こそ、反発ラダーが起動した。よしよし。

 テスターで出力を上げていくが、もたつくこともない。

 これで当面の仕事はできるが、近いうちにオーバーホールは必要だろう。

「おっさんの仕事はなんだ?」

 まだ、名前も知らない小人がそばにいるので、作業を続けながら訊ねていた。訊ねて欲しそうな気配をしているのだ。

 今度は嬉しそうな声が返ってきた。

「リキッドクリスタルの売人だよ。ブランクブルーの連中から仕入れて、精製して、クリスタルパウダーとして売人に売る。それでだいぶ余裕を持った生活ができる」

「クリスタルパウダーどころか、リキッドクリスタルの所持ですら重罪だけどな」

「バレなければ構うまい。それにクリスタルで生きていけるものもいるのだし」

 バレなければ、という理屈を言うのなら、この男が賭場のイカサマを批判するのは、御門違いになる。イカサマだって、バレなければいいのだ。

 しかしそれは言わないでおいた。きっと本人も気づいているだろう。

「クリスタルで生きるのは、生きるとは言わんさ」

 そう言っていたのは、反射的な行動だった。しまった、と思っても遅い。

「ほう、若い者は、何か知っているのかね」

 逆に踏み込まれて、まあな、と俺は応じた。ぐっとパーツを押し込み、試しにパネルを当ててみるが、わずかに綺麗にはまらない。

 部品を無理やりに押し込み、もう一度、パネルを当てる。今度はいい。

「俺は見ての通り、テクトロン人だ。傭兵の知り合いは多い、というより、知り合いはみんな傭兵だった。戦場に行くと、クリスタルを渡されると子どもの頃から聞いていたよ。あれを使うと恐怖が消えて、どんな腰抜けでも戦えるってね」

「傭兵か。そういうこともあるだろう」

「ただ、重度のクリスタル依存症で、もう何もできない男や女が入れられる施設も多くあった。テクトロンだと子どもの時から、クリスタルの危険性を学校で教わるんだ。しかし大人になって戦場に立てば、大勢がクリスタルに頼る。矛盾だな」

 パネルを固定する作業が終わり、念のため小型端末から有線で反発ラダーの具合を見る。正常に機能している。

 完成だ。

「生きることは矛盾だと、思わないか? テクトロンのメカニックさん」

 小人の言葉に、そちらを見ると真剣な表情があった。

「生きているのが矛盾だと思った途端、俺は生きていけなくなっちまうと思うね」

 少しの沈黙の後、勉強になった、とイプン人は頷き、邪魔したね、と去って行った。

 俺は反発ラダーにワイヤーを巡らせ、それからまたヘルメスの上へ跳んだ。縁を掴んで、懸垂し、今度は足場をしっかりさせてから、反発ラダーの入ったワイヤーの網を引っ張り上げる。

 とんでもない重量にワイヤーが軋む気がする。

 引っ張り上げたそれを抱えて、外したところへ戻る。

 工具でそれを設置し直すのに、また長い時間がかかった。

 その間に、格納庫の隅に止められていた中型の輸送船が飛び去っていった。例のイプン人かもしれないが、操縦室は見える角度ではなかった。

 反発ラダーは無事に元どおりになった。テスターの反応も悪くはない。あとは操縦室でソフト面をチェックするだけだ。

 人の気配がして、そちらを見ると金髪をかき回しながら、どこか晴れ晴れした表情の相棒が歩いてくる。

 どうやら賭けには勝ったらしい。

 俺に気づくと、奴は途端に渋面になるが、悲壮なものはない。

 やっぱり勝ったな。

 直観というほどではないが、長い付き合いだ、それくらいはわかる。

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