冷蔵庫の男の子

牧田ダイ

チャーハン

 スマホを眺め続けて疲れた目をぎゅっと閉じて、伸びをする。

 開いた目で再びスマホの画面を見ると、まもなく14時になろうとしていた。


 そろそろ何か作るか……。


 全国的に外出自粛が叫ばれており、自炊の頻度は必然的に増えた。

 料理は元から好きなので苦ではない。


 立ち上がり、冷蔵庫を開けてのぞき込む。

 卵、ハム、ねぎがある。冷凍庫にご飯があるし、こうなったら作るのはあれしかない。


 食材を両手に分けて持ち、キッチンへ運んだ後、エプロンをつけてそれらと向かい合う。


 ねぎの半分をみじん切りにして、ハムも1センチ角ほどに切っておく。

 フライパンにごま油をひいてあたためる。

 ねぎをいれて少し炒めると香りが立ってくる。そこで溶き卵を入れて軽くほぐし、レンジであたためておいたご飯をいれる。ご飯をほぐしながら混ぜ合わせる。

 ハムを入れて全体がなじんだら鍋肌に沿わせて醤油を入れる。香ばしい香りが食欲を刺激する。焦がさないように手早く全体を混ぜて塩コショウで味を調える。


 チャーハンの完成だ。


 皿に移して机まで運ぶ。

 あぐらをかいて手を合わせ、「いただきます」と小さな声で言ってから食べ始める。


 うまい。


 でも父さんのには敵わない。


 実家は小さな定食屋で、地元の人達からも好かれている。

 今は営業できていないが……。


 とりわけチャーハンは看板とも言えるほどの人気メニューだった。


 特別な作り方をしている訳ではないのに、なぜか同じ味が出せない特別なチャーハンなのだ。


 父さんのことを思い出して少し気分が落ち込む。


 父さんとは高校卒業後の進路についてもめた。


 俺は地元から離れた、今在籍している大学を志望校としていたが、父さんは将来店を継ぐであろう息子になるべく早く修行を始めてもらいたかったらしく、進学するならせめて地元の大学にと考えていた。


 話し合ったが互いに頑固な性格もあり、回数を重ねるたびにどんどん険悪になっていった。


 結局母さんが俺の味方についてくれたこともあり、父さんは俺の考えを渋々認め、俺は志望校へと進学したが、関係は今もギクシャクしている。


 食べ終わった皿をシンクまで運び、暗い気持ちも一緒に洗い流すような気分で洗い物を終え、一息つく。


 クッションを枕にして横になると、うとうとと気持ちのいい眠気を感じ、そのまま眠りに落ちた。



 目が覚めると部屋は薄暗くなっていた。2時間ぐらい寝たのだろうか。


 目をこすりながら伸びをするために顔を上げると、キッチンが少し明るいことに気づく。


 冷蔵庫が光ってる……?


 近づいてみると、冷蔵庫の隙間から光が漏れている。


 ちゃんと閉められてなかったのか?


 そう思ってドアを開けると、目を開けていられないほどの光が襲ってきた。



 数分の間、目を開けてもうまくものが見えなかった。


 ようやく目が見えるようになり、ほっとする。


 開いたままの冷蔵庫を見ると、昼寝前となんら変わりはなかった。


 さっきの光は一体……?


 考えながらドアを閉じ、冷蔵庫に対して体を横に向けてひじを乗せ、もたれかかる。


 視界の下に何かが見える。


 視線を下に降ろしていく。


 男の子がいた。


 驚きすぎて声が出ず、ハッという息だけがもれた。


 男の子はじっとこっちを見つめている。


 見た感じ小学校1年生ぐらいだ。な、なんで家の中に?


 数分無言で見つめ合った後、はっと我に返って男の子に話しかけた。


「き、君は?」


 男の子は間をおいて言った。


「おなかすいた」


「え?」


 男の子はまた無言でこちらを見続ける。


 オナカスイタ?


 頭の中で数回唱えてやっと理解する。


「おなかすいてるの?」


 男の子はこくりとうなずく。


 戸惑いながらも何か食べさせてあげなきゃと思い、冷蔵庫を確認する。

 卵、ハム、ねぎの半分……、少年に聞いてみる。


「ちょっとだけ待てる?」


 男の子はまたこくりとうなずいた。



 さっきより急いでチャーハンを作り、机を前にして座っている少年のもとまで運んで「どうぞ」と言って少年の前に置く。


 男の子は「いただきます」と手を合わせて言った後、スプーンを手に取り、チャーハンを一口食べた。

 嚙んでいるうちに少年の口角が上がってくる。

 その後はパクパクと食べ進め、あっという間に完食した。


 満足した様子の男の子はおもむろに立ち上がって言った。


「おにいさん、ありがとう! とってもおいしかった!」


 男の子の顔はそれまでの無表情とは違い、笑顔だった。


 次の瞬間、またまばゆい光が俺を襲った。


 目が見えるようになった頃には、男の子はいなくなっていた。



 一体あの子は何だったのか。


 洗い物が終わった後もずっと考えていた。


 男の子の笑顔を思い出す。

 俺が作った料理が人に喜んでもらえた。そう思うだけで心が温かくなった。


 この気持ちを味わうと共に実家の風景を思い出した。

 幼い頃からずっと見てきた風景だ。

 父さんと母さんはせわしなく動いてお客さんに料理を提供している。

 サラリーマン、学生、近所のおじさんなど様々なお客さんがその料理をおいしそうに食べている。

 席を立ってお会計をするお客さんと一言二言言葉をかわし、「ありがとうございます」と言って送り出す。


 そこには笑顔があふれていた。


 そして俺はその笑顔を作り出す父さんに……、憧れていた。


 いつか俺も店を継いでたくさんの笑顔を作り出すんだと強く思っていた。


 だけど忘れていた。


 それをあの男の子が思い出させてくれた。



 スマホの電話帳から父さんの番号を選び、発信する。

 伝えなきゃいけないと思った。


「はい」


「もしもし」


 俺の声を聴いて驚いたのか、次の言葉まで少し間があいた。


「お前から電話とはめずらしいな」


「ちょっとね。お店はどう?」


「どうもこうもこのご時世じゃ何もできないし、正直厳しいな」


 父さんの声には悔しさが混じっている。


「用件はそれだけか?」


「いや、父さんに言いたいことっていうか、頼みたいことがあって」


「何だよ」


 文句を言われると思っているのか、父さんの声が不愛想なものになる。


 俺は一呼吸おいてから話し出す。


「俺さ、絶対に店継ぐから」


 父さんは黙っている。俺は続ける。


「父さんが何と言おうと店は継ぐ。父さんみたいに皆を喜ばせたいんだ」


 父さんは黙り続けている。


「だからさ……、店絶対に閉めないでよ」


 やはり反応はない。


「それだけ」


 そう言うと父さんが大きく息を吐くのが聞こえた。


「……わかった」


 複数の感情を織り交ぜたような声で父さんは言った。


 お互いの体調を気遣いあってから電話を切った。


 スマホの画面は6時半近くを示している。


 無性に父さんのチャーハンが食べたくなったが、あの味はまだ作れない。

 材料ももうないし。


 でもいつかは作ってみせる。


 たくさんの笑顔を見るために。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

冷蔵庫の男の子 牧田ダイ @ta-keshima

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ