おうち時間を大人しい後輩(彼女)と過ごすお話
一葉
無口な彼女がデレる時
「…………」
「…………」
静寂に包まれたある一室、そこには二人の男女が何かするわけでもなく、ただボーッとリビングテーブルに座りスマホを触っていた。
「…………」
「…………」
沈黙。
このような日が何日続いたことだろうか。
最初はどうしたものかと慌てたものだけど、今ではもうこの状況にも慣れ……るわけないだろ!
今でも話しかけたほうがいいのかとか、どうにかして空気を変えたほうがいいのかなとか考えてるからね!?
……とりあえず閑散としたこの空気をなんとかしようと考え、テーブルの上のリモコンに手を伸ばし、テレビを付ける。
『……おぉ、美味っ! 柔らかい食感で口当たりも良いし、フルーティーな甘みもあって、どんな料理にも合いそうやな!』
昼ごろということもあり、やっていたのはぶらりと色んな所をまったりと旅をする番組。
最近話題となりつつある芸人が、蒸し暑そうな天気の中、それでも笑顔で見事な食レポを繰り広げていた。
暑いのに、よくやるよなぁ……。
夏真っ只中。最近では40度を超えるところも数少ないが存在していて、もはやこの世のものとは思えない。
そんなこともあり、僕と彼女は、こうして家でクーラーを付けてスマホをいじっているワケなのだけど。
……気まずすぎるっ!!
彼女は──澪(みお)は、最近……一週間前にお付き合いを始めた、僕の彼女だ。
そう、彼女だ……というのに、澪は笑顔を見せてくれない。何がいけないのか、恋愛初心者である僕に分かるはずもなく、こうした気まずい時間を過ごしているのだ。
「…………」
……けれど、勇気がない僕にはどうすることも出来ず。
澪は同じ高校の後輩だ。付き合う前はそこそこ話す程度だったのだが、付き合い始めてからというもの、話すことが激減してしまったような気がする。
……いや、なんで?
でも、本当にどうすれば……。外に誘おうにも暑すぎるから嫌だろうし。外であればいろんな施設もあるから楽しめたかもしんないけど……。
「……あの」
「……あっ、はい!」
……スマホをいじってはいるものの、考えているのは彼女のことばかり。
そんな時に彼女から声をかけられたもので、思わず敬語になってしまった。
というか、多分気を遣わせてしまったのかもしれないよね。うわぁ……最悪な彼氏だ。
「……なんで、敬語なんです?」
「……いや、なんでもない、よ? それより、どうしたの?」
バレてない、よね?
「……えーっと、いや、なんでもないです」
目をキョロキョロとさせて、顔をうつむかせながらそう答える。……彼氏になれたのに、やっぱり、嫌われてね?
……でも、これはチャンスだ。澪が話しかけてくれたから『機会』が出来た。
「……映画とか、見る? パソコンあるからせっかくだし見ないかな……?」
断られたらと思うと辛い。けれど、澪に気を遣わせるのはもっと辛い。だから、僕はばくばくと鳴る鼓動に気づかないふりをして尋ねてみる。
「……いいですよ」
良かったぁ……。
というか、今一瞬笑顔にならなかった? ……いや、笑顔になってほしいと願ってしまう願望が幻想なんだろう、な。
……言ってて悲しくなるな、予想以上に。
なんて考えて一人で落ち込みながら、テレビを消すと隣の部屋からパソコンを持ってきて机の上に置く。電源を付けて某配信サービスのサイトを開いた。
僕は暑い夏に部屋から出たくないと考え、せっかくならと会員登録をしておいたのだ。まさかこんなところで役に立つとは。
「……あっ」
そういえば、これ……隣に座ってもらわないと一緒に映画を見れなくない? ……多分、澪は嫌だよな……。
「……その、映画一緒に見るためには……さ、あの……」
「です、ね。分かりました、そちらへ失礼します」
少し、躊躇うような顔をしていた。本当に、申し訳ない。
「「…………」」
……距離が近い。
彼女から発せられる女子特有の甘い香りが俺の鼻をくすぐる。身体が石になってしまったかのように固まってしまった。
「……み、見ようか」
「……は、はい」
相変わらず緊張に包まれた空気のまま、映画が始まった。ちなみに、選んだ映画については、澪が付き合う前に好みを教えてくれ、知っていたので、そこに関しては困らなかった。
◇◇◇◇
20分近く時間が経過した(体感2時間)頃。
「…………」
……無言でただ映画を眺めていた。
映画の物語に入り込んで楽しもうとするけれど、隣に澪が、彼女がいると思うとどうしてもそっちに意識が向いてしまう。
澪、映画を楽しんでくれてるかな。
「「……っ」」
……そう考えてふと澪の方を向いてみた瞬間、目が合った。バッと映画の方へ視線を戻す。
……やっぱり僕がいるから集中できてないのかな。それなら、去ったほうがいい、よね。
「……ちょっと、トイレ行ってくる」
「……は、はいっ。映画、止めますか?」
「いや、いいよ。見てて」
「……で、では、お言葉に甘えて」
そう軽く会話を済ませると、澪を横目にトイレに向かった。
そして、トイレの壁に貼ってある小さな額縁に飾られた小さな絵を見ること5分ほど。
「……さすがに不自然だし戻るか」
トイレという理由で場を離れたので、やはりすぐ戻らないとそれはそれで不自然だ。
少しでも集中できてたらいいな、なんて考えながらできるだけ邪魔にならないようトイレの扉を静かに開いてリビングへと戻る。
そして、リビングへと続く扉に手をかけた時のことだった。
「──なんでもっと正直になれないんだろ」
そんな言葉が、リビングの中から聞こえた。もしかして、いや、もしかしなくても、澪の声だよな。それより、さっきの言葉って……。
多分今入ればさきほどの言葉を聞かれたのだと察すると考え、手にかけた扉の取っ手から手を離す。
そして、何秒か待ってから再び取っ手に手をかけた。
「……た、ただいま」
「……っ、お、おかえり、です」
再び映画を見始める。いや、視線では映画に向いているものの、意識はずっとさきほど澪の発した言葉に向いていた。
正直になれない……それは、まさか、つまり。
「……聞いて、ました?」
映画の方に顔を向けながら、そう尋ねてくる。澪の様子はあくまで平静を保っているようだ。
ば、バレてた……? ……嘘をついてまで誤魔化すのがいいんだろうか。でも、それじゃあいつまでも僕らの関係は進展しない、よね。
「……ご、ごめん。聞いてた」
でも、あくまで顔は映画へ向いている。
「…………そう、ですか」
「……うん」
「「…………」」
気まずい。真実を言ってしまったのは、やっぱり間違いだったのかな。
──いや、そんなことない。
「……その、澪がいいなら、だけど」
「……?」
「もしいいなら──少しくらい甘えてほしいな。少なくとも、澪がそうしてくれて嫌と思うことはないし、その……むしろ、嬉しいから」
恥ずかしくなって、頬をぽりぽりとかいて照れを隠しながらそう呟く。
「……っ、は、はい」
……やりすぎたかもしれない。これはさすがに気持ち悪いし、嫌われても文句は言えな……
「……っ、え、……え?」
──澪は、僕の左肩に僕にもたれかかるようにして頭をポンッとおいていた。
驚いて彼女の方を見ると、顔や耳まで真っ赤にしていた。けど、それでもやめようとはしない。それはまるで、今まで我慢してきたことをしてやるんだと言わんばかりに。
家ですることなんてあまりないと思っていた。外の方がいろんな娯楽施設があるし、楽しみ方もさまざまだ。一方、家では限りがある。
──そう、それが常識だと思っていた。
けれど、家だからこそ、たくさん出来ることもあるのかもしれない。ほら、今だって。家だからこそ、澪はこんなにも心を許してくれたのだと思う。澪は学校で大人しめ。多少は人の目線だって気にするだろう。
だから、おうち時間も、……おうちデートもいいものなのかもしれない、と、そう思うようになっていた。
だって、澪のこんなにも可愛い姿を見られるんだからね。やっぱり好きだなぁって、恥じらいながらも甘える澪の姿を見て改めて実感した。
おうち時間を大人しい後輩(彼女)と過ごすお話 一葉 @ichiyo1126
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