月曜日の思いで

妻高 あきひと

わたしは天使 

おうち時間なら、やはりおうちでしょ。

おうちとくればネットかテレビか寝るかよね。

朝、テレビのスイッチを入れた。

相も変わらずくだらない番組が映っている。


何が”月曜の朝の玉手箱”よ、ほとんどゴミ箱じゃないか。

おまけにこの女、メインのキャスターだけど、そんな女じゃない。

とても大きな秘密を持っているのよ、それが愚かな人間には分からない。

でもわたしにはわかるの、この女は秘密をもっているって。


だってわたしは人間ではなく神の近くに仕える天使だもの。

それだけに特別な能力があるのよ。

紙じゃなかった神に心身ともに全力で仕え、神のうっぷん晴らしの道具になり、神の気まぐれの犠牲になり、神の悪事を隠蔽する日々を送っているの。


きついかって? そりゃアナタ相手は神だもの、きついに決まってるでしょ。

天使となってすでに百五十と八年、一体いつまでこんな生活が続くのか、時々不安と恐怖でめまいがするときがあるのよ。


この前なんか、たまらなくなって神に訊いたのよ。

「わたし、いつまで生きるんでしょ」

神は答えてくれた。

「わしはすでに三千年を越える、キミの百五十八年なんぞ年の内には入らんよ。頑張りなさい、わしも正直いって疲れておるのよ。キミ、もうこの質問は不愉快だから二度としないでくれるか。それよりどうだ”おうち時間”用にこれを持って帰ってくれ」


「なんですか、この箱は」

「テレビよ」

「テレビって薄い板のようなものでしょ」

「あれは最近のテレビだ。これはブラウン管だから」

「つまりは不燃ゴミをいただくわけでしょうか」

「そう言われては身も蓋もないが、キミはわたしに仕えるのが”本来業務”であろ? わたしの言うことに従いなさい」


「でもブラウン管のテレビて今の電波が映るんですか?」

「キミ、ここは奇跡でさえ量産できる神の国だ。不可能なものは無いのだよ、さっ持って帰って愚かな人間どもの姿を見て笑ってやりながら自分の未来への不安を消しなさい」

持って帰ってスイッチ入れたら入っちゃった。

で、真っ先にでてきたのが、このバラエティー番組。


今日は幸い月曜日、平日の朝から始まるこの民放テレビのアホなバラエティー番組を一人でボーと見ていた。

だってこの番組しか映らないもの、おまけに解像度の低いこと低いこと、ず~とピンボケみたいなんだけど仕方がない。


そこに出ていたキャスターの女、名前は三田目良子、わたしの一番キライなタイプ。

こいつ、人気があるそうだけど、届くファンレターやメールはみな年寄りばっかりなのよ、送ってくるプレゼントも歯茎の薬とか臭い消しとか白髪染めとかで、この前なんか真っ赤なちゃんちゃんこを送ってきた人がいた。


怒ったわよ、彼女。

わたしは天使、視聴者には見えないその場のスタジオもわたしには丸見えよ。

三田目は叫んだわ。

「わたしゃ還暦じゃないわよ!」

局中に響くような怒声だった。

近くにいた部長が真っ青になったもの。


そして彼女はそのちゃんちゃんこを鋏でズタズタに切り裂いて捨てたの。

でも二日後にね、それを送ってきたお年寄りの男性から手紙が届いてさ、読むとね

「ちゃんちゃんこ着たあなたの姿を見たいな、写真を送ってはくださらんか、あの世の土産にしますので」

て書いてあんのよ。


ほっておいたらどうなるか、最近の年寄りは変わったのが多いからさ、下手な対応は問題になりかねない。

でもちゃんちゃんこはズタズタにしてとっくにゴミの焼却場で煙になってどこかへ消えている。

仕方がないので似たようなちゃんちゃんこを買ってきてさ、三田目に着せて写真撮って封筒に入れて送ったのよ。

後日また手紙が届いたの、お礼かと思ったらさにあらず。


「わたしのプレゼントしたちゃんちゃんこと違いますよね、あのちゃんちゃんこは気にくいませんでしたか、わたしは傷ついた、それも大きく傷ついた。生涯アナタを許さない」

生涯と言ったってね、とみんなで笑ったけど、仕方ないわよね。

見たとたんに鋏でズタズタにして捨てたんだもの、同じものが手に入るわけがないもの。


その後ね、そのお年寄りから封筒が届き中を開けると、送ったちゃんちゃんこの写真がバラバラにされて入っていたの。

あれから何事もなかったのだけど、幸い名前も住所も分かっていたのでつながりのある地元の放送局に頼んで様子を見てもらったらね、とつぜん半身不随になって地元のケアセンターに入ったらしいの。

何でもね、救急車で運ばれるとき、うわ言で”ちゃんちゃん チャンチャン”と言ってたんだって。


ファンが年寄りばっかりてのも悲劇だけど、今どき若い人はテレビ見ないもんね。

だからたまに若い人からファンレターがくると舞い上がってしまうそうよ。

もっとも本人もすでに四十代の坂の頂上あたりだから、五十代の入り口の門扉が開いているのが見えている。


増えるしわは日増しに深くなりじきにカードが挟めるようになるしね。

顔のファンデーションも割れるくらいに厚くなり、口紅はますます赤くなり、つけまつげは庇のように太く広く前進している。

焦ってるだろうな、とわたしには見え過ぎるほど見えている。


なんてたってわたしは天使だもの、大抵のものは見えるのよ。

彼女、ここまでくる間には色恋沙汰であれこれと週刊誌のネタにもなったけど、生涯の伴侶はしょせんは見つけられず、年ともあいまって今は伴侶どころか、首が危うくなっている。


それもあるのか、最近はますます言葉がきつくなっている。

顔も、うん、やはりきつくなってるわ。

このきつい言い方が、視聴者にははっきりとモノをいうとして評判がいいってん

だから驚いちゃう。

単に年くって言葉がきつくなっているだけだけどね。


今朝も朝から、さもさも善人のような顔をして偉そうに社会問題をしゃべっている。

画面に向かって言ってやんのよ、

「アンタ、そんなこと言える女じゃないでしょ」

てね。


それにしても言葉がきついわ。

放送界の淀君扱いだからますます増長しているのよね。

ゲストのオジサンにも容赦がないわよね。

アンタそのオジサンに恨みでもあるの、なんてね。


番組がすんじゃった。

この番組、人をけなすだけで役に立つことは言わない。

それで今まで視聴率を稼いできたんだけど、さすがにそろそろ無理よね。

さりとて今さらどうこうもできないし、視聴率が右肩下がりで落ち続けているけど、有効な対策もない。

ま、時代の流れか、他の局も同じだけどさ。。


 さあてまた都心をフラフラと飛んでみますか。

おうち時間だからって、そうそううちにいると気が滅入るもの。

スクランブル交差点を行き交う人々がわたしのそばをどんどん通り過ぎていく。

わたしの姿は人間には見えないし、匂いもないし、音もしないし、気配も感じさせない。

でもわたしはそこにいて、そして人間を見ている。


しばらく裏通りをいくと、タクシーが止まってドアーが開いた。

ド派手な衣装で出てくるわね、どこのクラブのお姉さんかと思ったら三田目じゃないか。

サングラスにマスクにキャップをかぶっているから人間には分からないけどわたしにはわかる。


なにすんだろう、こんなところにきて。

雑居ビルばかりで、いろんな事務所や店舗が入っている。

三田目が雑居ビルに入っていく。

薄暗いビルだね、何ヨこのビル。

表の壁につけてある看板もいくつも名前があったから、どれがどれやらわからない。


後ろをついていく、探偵気分だね。

エレベーターで4階に、ドアーが開いた、まん前の部屋のドアーを開けて入った。

何だろこの部屋、中で子供や女の声がする。

表札も看板もない部屋だ。


 三田目が出てきた。

何よ、それ、おどろいた、子供を抱いている。

おいおい、ちょっと待ってよ。

中から若い子が二人出てきていった。

「今日はよく寝てましたよ、でも分かるのかな、お母さんがくる少し前にパチッと目を開けて起きましたからね」

「明日もお願いするわね」

「はい、どうぞみんなもうそのつもりでいますから。いいえ誰もここにはきません。秘密厳守ですからご安心ください。リョウタ君、またあしたね~」

「うん」

と子供が応えた。


三田目はその子を抱き、エレベーターに乗り、下で待っているタクシーに乗った、三田目の声が聞こえた。

「さあおうちに帰りましょうね、今夜はオムレツだよ~」


シングルマザー ! 彼女、隠し子がいたのか、うわわわ~知らなかった。

どうしちゃったのよ、アンタ。

秘密があると思っていたのは、これだったのか、我ながら・・・反省した、ハイッ。

タクシーは去っていった。


すると向かいのビルの路地から男が二人出てきた。

行ってみた。

一人は望遠レンズ付きのカメラを持ち、一人はショルダーバッグを下げている。

こいつら、週刊誌の記者だとすぐにわかった。

「バッチリだよ、来週の芸能ニュースはいただきだよ」


どうしょう、大変だ、三田目の隠し子がばれている。

いずれバレるとはいえ、これを見過ごすわけにはいかない。

気づいたらわたしは、あのカメラマンのカメラのデータを全部消していた。

見ているとカメラマンの顔は真っ青になり、ショルダーバッグの男は頭を腰のあたりまで下げ下げしながら大汗をかいてどこかと電話していた。


でも明日はまたこいつら来るんだろう。

どうしょう、どうしたらいいの。

わたしはふと気づいた。

いつの間にか三田目の味方になっている自分に。








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月曜日の思いで 妻高 あきひと @kuromame2010

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