さよなら、機械の体とおうち時間

無月弟(無月蒼)

第1話

 空を見上げれば、無数の星たちが。そして下に目を向けると、地上にも星。

 百万ドルの夜景が、眼下に広がっている。


 私は今日、彼と一緒に星見の丘でデート中だ。デート中なのだけど。


「星が綺麗だね」

「そうね」

「君と一緒に、この景色が見れて嬉しいよ」

「そうね」

「百年先も二百年先も、こんな風に君の隣にいたいな」

「そうね」

「……ねえ、さっきから『そうね』ばっかりだけど、本当に楽しんでる?」


 気のない返事ばかりしている私に、彼は確かめてくる。

 いや、違うか。私の意識を持ったロボットに、彼の意思を持ったロボットが確かめてくる、か。 


 ここ星見の丘に来ているのは、私であって私ではなく、彼であって彼ではない。

 二人とも人の形をしているけど、ツルツルとした金属の体をしている。

 当たり前だ。それらは私たち本人ではなく、私たちの操っているロボットなんだから。


 それじゃあ、本当の私たちはどこにいるのかって? 

 家よ。私たちの本体、生身の身体はそれぞれの家で眠っているのだ。

 デートと言っても、本当の私達が会う事は無い。


 本人ではなく、ロボットを操って外出する。本当の体は家から一歩も外に出ないのが、当たり前になった世界。

 人類がこの『永遠のおうち時間』を始めてから、数百年の時が経っていた。



 ◇◆◇◆



 西暦20XX年。猛威を振るった未知のウイルスの影響で、人類は不要な外出を規制された。

 ウイルスの感染力はすさまじく、マスクをしたり密を避けたりするくらいではとても抑えきれるものではなくて。人々はウイルスに怯えながら、家の中でガタガタ震える毎日を送っていた。


 外に出かけたい。太陽の下を歩きたい。少し前までは当たり前にできていたことができなくなるのは、思っていた以上にキツイもので。だけどウイルスに感染する危険を冒して外に出るわけにはいかずに、人々は窮屈な思いをしながら、日々を過ごしていた。


 しかしそんな中、ある科学者が人類の歴史を変える大発明を成し遂げた。

 それが、契約者の意のままに操ることができる、人型ロボットである。


 それは契約者がスイッチを押すことで、自らの肉体からロボットへと意識を飛ばして。元の体と変らぬように動かすことができると言う、とんでもない代物だった。


 本来の体は、家にいたまま。ロボットの体なら外に出ても、ウイルスに感染する事はない。それはまさに、外に出たいと言う欲求の溜まっていた人類にとっては夢の発明だった。

 本当の自分の体でない機械の体であっても、外に出られることに変わりはない。人々は次々とロボットを購入し、機械の体を得ると、念願の外へと飛び出して行った。


 やがて人間の代わりに、人間の意思を移したロボットが町を徘徊するのが当たり前になった頃、もう一つ大きな発明がされた。

 肉体を現代のまま何千年も保存できる、コールドスリープ装置である。


 人一人が入ることのできる酸素カプセルのような形状をしたそれは、中に入った人が歳をとる事無く永遠に生き続けられると言う、長らく人類の夢であった不老不死を可能にするものだった。

 ただしその代償として常に眠った、意識の無い状態にならなければいけないのが欠点。いくら不老不死になれるとはいえ、意識が無く体を動かすこともできないのでは、何の意味もない……はずだったのだが。


 人型ロボットとコールドスリープ装置。その二つを組み合わせることで、人類は新たな扉を開いた。開いてしまった。


 つまりこう言う事である。

 肉体はコールドスリープ装置の中に入って、歳をとらなければ死ぬこともない、深い眠りにつく。

 だけど眠りについたその人の意識はロボットに飛ばされ、機械の体で生活を送る。そんな合わせ技が、編み出されたのだ。


 この方法が生まれた時、誰かが言っていたっけ。

 機械の体は自由に動き回っているのに本当の身体は常に家にあるなんて、『永遠のおうち時間』だって。


 確かにそうかもしれない。

 機械の体になれてしまえば、元の体に戻る必要なんて無い。本当の身体は、家から一歩も外に出ることがなくなるんだもの。何十年経っても、何百年経っても、永遠に。


 こうして人類は自らの体を家に置き、機械の体で生活すると言う新しい生活様式を手に入れて。それが当たり前になっていった。



 ◇◆◇◆



 私が肉体を捨ててから、何百年経ったっけ。

 もはや町中で、生身の人間を見ることは無い。行きかうのはみんな機械の体の、ロボットばかり。

 口うるさい職場の上司はロボット。機械の体になってから知りあり、付き合い始めた彼氏もロボット。彼らの意思はAIではなく生きた人間のものだけど、その体は冷たい金属でできている。


 ロボットだから、食事も必要ない。

 レストランは軒並み、燃料補給施設へと姿を変えて、病院はメンテナンス工場へと、取って代わられている。


 本当の体は、家で眠ったまま。永遠に生きていられる機械の体を手に入れた私達。

 だけどなぜだろう。時々この生活が、とてつもなく虚しいものに思えてくる。


 機械の体になる前は大好きだった料理の味は、もう思い出せない。

 大好きなはずの彼と会っても、そこにあるのは機械の体。手を触れても、肌の温もりを感じることはできない。

 キスをしても金属がぶつかり合うだけで、熱い吐息は感じられない。機械の体だから、子供だって作れはしない。

 永遠に死ぬことの無い環境を作ったのだから、わざわざこれ以上人間を増やす事も無いって、昔誰かが言っていたっけ。

 当初は反発もあったこの意見も、今ではすっかり当たり前になってしまっている。


 生きることって、こんなに無機質な事なのかな? 

 機械の体になって気の遠くなるような時が流れたけど、近頃生身の体だった頃の事を、とても懐かしく思ってしまう。

 永遠に生きられなくていい。ウイルスの脅威にさらされたって良い。私は産まれた時と同じ体で生きて、土に帰りたい。何故か無性にそう思うようになってきたのだ。


 だから私は今日、世界で最もバカなことをする。

 機械の体から長い間眠り続けていた本来の体へと、意識を戻すのだ。


 コールドスリープを解除。それが機械の体で行う、最後の作業。

 私の身体が入っているカプセルがゆっくりと開かれ、機械の体が活動を停止する。

 何百年も眠りについていた本来の身体がカプセルから身を起こして……すぐに体勢を崩した。


 痛たた。足をぶつけちゃった。

 この装置は眠っている間も肉体が衰えない特殊な技術が使われているって話だったけど、どうにも動きにくい。機械の体に、慣れちゃってたせいかな?

 だけど不思議。この『痛い』って感覚も、今ならとても尊いものに思える。機械の体では、痛みなんて感じることはできなかったから。


 重い体を引きずりながら部屋を出て。玄関から外に出ると、太陽の光が私を照らす。

 ああ、眩しい。だけどとても綺麗。


 何故か不思議と、目から涙が溢れてくる。機械の体では流すことのできなかった、暖かい涙が。


 もう世の中は、『永遠のおうち時間』に合わせた世界になってしまっている。

 そんな中生身の体で外に出て生活しようなんて、無謀もいいとこ。もしかしたら数日も経たずについていけなくなり、あっけなく野垂れ死んでしまうかもしれない。


 だけどそれでもいい。私にとって機械の体でいる事は、死んでないだけで生きてはいなかったもの。

 私は今、数百年ぶりに生きているのだ。


 長かったおうち時間も、これで終わり。

 この生身の体で、変わってしまったこの世界をとことん生きてやろう。



 機械の体で永遠を過ごすか、生身の体で住みにくい世界を生きるか。

 皆さんはどっちを選びます?

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さよなら、機械の体とおうち時間 無月弟(無月蒼) @mutukitukuyomi

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