【読み切り】たとえ悪役令嬢であろうと、オレの可愛い妹です!

天川 七

【読み切り】たとえ悪役令嬢であろうと、オレの可愛い妹です!

「イザベラ、君の悪行はデイジーから全て聞いた。君との婚約はこの場を持って破棄する! そして、新たな婚約者をデイジーに定める」


 ダイナル王国第一王子ルキト・エディックは、その腕に男爵令嬢デイジー・ペラントを抱きしめながら言い放った。


 その発言に、各国の王族や貴族で賑わいを見せていたパーティ会場は水を打ったように静まり返る。婚約破棄を言い渡された公爵令嬢イザベラ・ベイル・フィギリアは、その美貌を青ざめさせて口元を手で覆う。


「……この七年間、あたくしはあなた様の妻になるべく、ダンスやマナー、王族としてのしきたりや政治に経済、他国についても勉強し、努力してまいりました。厳しい妃教育を乗り越えられたのはひとえにあなた様をお慕いし、この国を共に導くという強い気持ちがあったからです。あなた様もあたくしのことを次期王妃に相応しいと言って下さったではありませんか。それなのに、どうしてです? 教えてくださいませ。これほど酷い仕打ちを受けねばならぬほど、あたくしにどんな非があったというのです!」


 本来ならば、このパーティはルキトとイザベラが一年後の学園卒業と同時に婚姻することを発表するために催されたものだった。それを、婚約者によって台無しにされたイザベラのショックは並大抵なものではないだろう。


 冷静な表情に隠した気持ちを思い、二階の回廊からその様子を見ていたオレは貴族の堅苦しい正装の襟を正し、その言い合いをじっくりと聞きながら歩き出す。


「なにを言うか、この悪女め! デイジーの腕を見ろ! 左腕に怪我までしたんだぞ! お前がこのハサミで切りつけたんだろう!?」


 懐から出したハサミを床に投げつけたルキトに、会場がざわりと波打つ。周囲のイザベラに向けられる目が厳しくなる。しかし、イザベラは気丈にも落ち着いた口調を崩さない。


「あたくしには身に覚えがございません。あなた様はデイジーさんの言葉をうのみにしてらっしゃいますが、証拠があるのですか?」


「しらじらしい。証拠なら、その犯行を学園内の生徒が見ていた! この場で連れてくるのは危険だからオレが保護している。お前のような醜悪な女などオレの王妃には相応しくない。愛しているのはデイジーだけだ。彼女こそ、この国の王妃になるべき人だ」


 シーンとした会場に、どこか誇らしげに高らかな宣言を行うルキト。オレはそんな空気をぶち壊すべく、声を張りながら階段を下り始める。


「実に面白い余興だな。こんな下らないことを言い出すのが第一王子とは、この国の行く末が心配でなりません。そうは思いませんか、皆様?」


「お、お兄様……?」


 青ざめた顔に、目を丸くしたイザベラにオレは優しく笑いかけるとその隣に堂々と立つ。──オレはきっと、今日の為にお前の兄として生まれたんだ。


 オレは周囲の視線をさらに集めるために両手を広げてみせる。


「さて、お聞きになりましたね、皆様? 第一王子ルキト様は、我が妹であり公爵令嬢イザベラに、今まさに一方的な婚約破棄をつきつけました。しかも、妹には身に覚えのなさすぎる冤罪を根拠に! なんという愚かさ! だいたい婚約者がいる身でありながら、その婚約パーティに合わせて場違いにも男爵令嬢を抱いて登場するとはなにごとでしょう? さらには、他国の王族や貴族の皆様がいらっしゃる前で我が妹を断罪するかのように婚約破棄を知らしめる無作法! これだから堕落王子……略して堕王子だおうじはっ!」


「なっ、なんて無礼だ! 誰が堕王子だと!?」


「酷いです、アリム様……」


 ずびしぃっと妹の元婚約者に人差し指を向けて痛烈に罵倒する。オレの言葉に周囲の風向きが変わった。男爵令嬢のデイジーが清らかな野薔薇などと評される顔を盛大に引き攣らせる。その声に反応するように、オレは突きつけていた指を中指まで増やして、再度、二人にびしぃっとつきつけ直す。


「堕王子も堕王子ならば、あなたは男を駄目にする男爵令嬢……略して駄爵令嬢だしゃくれいじょう! 婚約者のいる相手やオレにまで身を寄せ、甘やかな声で吹き込む大ぼらには、さすがのオレも唖然茫然愕然で顎が外れてしまうかと思ったよ」


 ついでに指をチョキチョキ動かしながら驚きを表現してみた。軽いノリで暴露するオレにざわつきが広がっていく。


「なんとはしたない女だ!」


「そのような身持ちの悪い方に惚れるとは王子も愚かな」


「だが、しかし彼が言っていることは本当なのか?」


「……あなた、アリムが生き生きしていますわね」


「あの顔を向けられるだけで私も冷や汗が……アリムは昔からイザベラと第一王子の婚約には反対していたからな。必ず裏切られることになると言っていたのに信じなかったばかりに、こんな大ごとになろうとは……後が恐ろしい」


 周囲の疑心と、イザベラに似た美魔女な母とオレに似たイケおじの父のどこか遠い目が四人に集中する中、堕王子が慌てたように否定する。


「皆の者、信じるな! すべてこの男の妄言だ!!」


「わ、わたくしのことはなんとでもおっしゃってください! ですが、ルキト様は堕王子なんかじゃありません! 確かに私達は許されない恋に落ちました。けれど、どうしてもこの恋を諦められなかっただけなのです!」


「あっはっは、なにを綺麗事を抜かしてるんだ? 恋に落ちたなら婚約者のいる相手を誘惑してもいいと? それに応えてもいいと? オレには理解しかねる理屈だな。──王様、そしてお集まりの皆様、オレはお聞きしたいのですが、皆様は婚約や婚姻というものをこれほど軽視なさいますか? 恋に落ちたならなにをしても許されるのですか? それがこの国の、世界の常識なのでしょうか?」


 まさか肯定なんてしないよな? 視線にそんな殺気を込めながらも、声は荒らげない。仮にも公爵家嫡男だ。この場で罵声を浴びせるような見苦しい姿を見せては、周囲からこの程度も収められないのかと、見くびられる。だから、オレは冷静に首を傾げつつ爽やかに微笑む。今のオレ・・・・は甘い顔立ちのイケメンだからさぞ様になることだろう。そのままじっくりと周囲を見回してやると、誰もが黙り込む。


 そこに、一つのしとやかな声が同意する。


「いいえ、それはただの不実であり、この者達がしたことはどのように言葉を飾ろうとも、汚らわしい不貞行為にほかならないとわたくしは思います。しかし、どちらの言い分にも決定的な証拠というものがございませんね。あなたはここに自分の言い分の正しいと示すことが出来るのですか?」


 相手は隣国、クロウ王国王女だ。白銀の長い髪と夕焼け色の瞳が目を引く美しい人である。夕焼け色の瞳を面白そうに細めて問いかける王女にオレはあっさりと頷いてみせた。


「ええ、示せますとも。──チャララララ~ン! こんなこともあろうかとオレお手製の試作魔具【見えちゃう君】を準備しておきました。この魔具は触れた物の記憶を投影します」


「なっ、そんな魔導具を一体どこで手に入れた!?」


「自分で作りました。幼い頃から、発明魔法がオレの趣味でしてね。うちの領地から売り出された【ラクラク洗た君】や【チンッと簡単レンジちゃん】などをご存じありませんか? その開発はオレも一枚噛んでいるんですよ」


「嘘よっ、そんなこと攻略情報・・・・には書いてなかった! 」


「生きてる人間の攻略情報なんてあるはずがないだろ? 君はオレの顔にしか興味がなかったって証拠だな。オレも君にはまったく興味がないから気にする必要はないさ。──さてお立会いの皆様、ぜひ一緒にごらんください。【見えちゃう君】発動!!」


 動揺のあまりに口調が崩れている駄癪令嬢を鼻で笑うと、オレはスイッチを押した。外見は魔法ドライヤーと同じ形だが、持ち手に特殊な魔法陣を書いた魔法石を埋め込んでる。カチリという音と同時に、風が出る部分から青い光が飛び出してハサミに直撃した。すると、ハサミが青白く発光して、空間に映像が投影される。トンカントンカンと音が鳴って、職人のおじいさんが覗いているのが見えた。


 ここじゃないな。持ち手のスイッチを押せば、今度は学園の女性教師がそのハサミを購入している姿に代わる。オレはちょうどいい場所までカチカチと持ち手を押していく。


 やがて手芸部の机からデイジーがハサミを取る姿が映された。デイジーはハサミの刃に赤く染まった指で触っている。


『これでいいわ。腕も本物の傷があるみたいに見えるし、これならルキト様にもわからないわよね』


 厭らしい笑顔を浮かべてデイジーはハサミを床に投げると、役者も脱帽の見事な悲鳴を上げた。ルキトが駆けつけてくる。


『デイジー、どうしたんだっ!? なっ、酷い怪我じゃないか! 誰にやられた?』


『ル、ルキト様……私はイザベラ様に呼び出されて、いきなりハサミで……っ』


『なんて女だ! このことは父上にご報告する。イザベラとは婚約破棄して、オレはお前を王妃にするからな。もう少しだけ辛抱してくれ。すぐに手当てをしよう』


『……はい、ルキト様』


 二人が抱きしめ合うところまでばっちり映されたので、オレは魔導具を止める。そして、青ざめて黙り込む二人に皮肉たっぷりな笑顔を浮かべる。


「これで誰が嘘つきなのかはっきりしましたね。状況から考えて、治療に当たった人間も駄爵令嬢のグルのようだけど、反論はあるか?」


「こんな、これは全部作りものに決まっています! イザベラ様を助けるためにアリム様がわたくしを貶めようとしているのです!」


「そ、そうだっ、デイジーがオレを騙していたなど、そんなことあるはずが──」


「どこまでも往生際の悪い方達だ。でしたら、堕王子様の持ち物をオレにお貸しください。この【見えちゃう君】は物に残された記憶を投影しますから。その代わり、あなたが隠しておきたい秘密まで丸裸にされるかもしれませんが、そんなことは些細なことですよね?」


「じょ、冗談じゃない!」


「では、駄爵令嬢が試すのか? ああ、でも君には出来ないよなぁ? 今まで吐いてきた嘘が全て明らかになってしまうんだからね」


「…………っ」


「デイジー? なぜ黙っているんだ!?」


 この段階になってようやく恋愛ボケしていた堕王子の頭も少しばかり正気を取り戻したようだ。まさか、とばかりに戦いた表情でデイジーを凝視している。周囲の視線が疑いを強められたのを感じたのか、デイジーがとうとう口調を乱し、本音を口走った。


「……なによ! 欲しいものを欲しいと言ってなにが悪いの!? ここは私の為の世界なんだから、イザベラみたいな高飛車な女より私の方が皆に愛されるべきなのよ」


「冗談だろ? 君のように心根の醜い女とイザベラを比べるなんておこがましいぞ。愛嬌があるだけで常識を守れない女と、美しいだけでなく努力により気品を身につけ宝石のように輝く我が妹では、最初から勝負はついている。──じゃあ帰ろうか、イザベラ。久しぶりにお前の淹れてくれた紅茶が飲みたい」


「はいっ、いくらでもお入れいたしますわ、お兄様」


 イザベラが目元に滲んだ涙を拭いながら、嬉しそうに笑ってくれる。猫目のツンデレ要素たっぷりなオレの妹こそ超可愛い! 内心の思いをぐっと押し隠して、オレは妹をエスコートする。すると、追いすがるように声が飛んできた。


「ま、待ってくれ、オレは騙されていただけなんだ! こんな女だと知らなかったから、君を責めてしまったが間違いだった。イザベラ、婚約破棄はなかったことにしてほしい!!」


「ちょっと、どういうことよ! ルキト様は私を愛してると言ったじゃない!」


「うるさいっ!!」


「よさぬか! これ以上の醜態を晒すでない」


 国王が一喝した。そうしてイザベラに真っ直ぐ目を向ける。


「イザベラ、そしてアリム、我が愚息のせいでそなたに多大なる非礼をしてしまった。どうか、許してほしい」


「王様、あたくしは公爵令嬢として、そちらの都合によって一方的な婚約破棄となりましたので、第一王子ならびに男爵令嬢にはしっかりとした罰を望みます」


「オレは、今後二度と妹の意志なく婚姻を押しつけないこととをお願いしたいですね」


 にっこり微笑む二人に国王は頭を抱えた。その時、拍手する音がした。


「見事なご手腕に思わず見とれてしまいました。アリム様、イザベラ様、改めまして、わたくしクロウ王国第三王女エリーゼと申します。もし、よろしければ我が国に移住なさいませんか? 魔法開発の出資額を五倍出しますし、専用の研究所もご用意いたしましょう」


「なんとも魅力的なお話ですね。ぜひ、公爵家で検討させていただきたい。エリーゼ姫は、いつまでこの国にご滞在でしょうか? ご帰国までには返答をいたしましょう」


 さくさく話を進めていると、国王が早口で待ったをかける。


「待て! 移住など許可出来ん! アリムがいなくなるのも困る! く……っ、やむをえまい。こちらも魔法開発の出資額を六倍出す! それに、そなた達の希望通りにすると約束しよう。──処分を申し渡す。第一王子ルキトは王位継承権をはく奪する。部屋でしばし頭を冷やせ。男爵令嬢は無駄な諍いを生み、国に損益を出したことを罪とし男爵家は取りつぶしとする」


「そんなぁっ! ルキト様、助けて!」


「父上、それはあまりにも重すぎます! この女はともかく、オレはただ騙されただけなのに、それを罪とするのですか!?」


「まだわからぬか、ルキト! お前は王になる資格を自らの不徳で失わせたのだ。アリムは開発魔法においてラズ塔からぜひ来てほしいと求められるほどの才能の持ち主だ。公爵家の領地が栄えているのは彼の功績も大きい。この国に益をもたらしてくれる存在をお前は怒らせて全てを台無しにした。王として国を思えない、そして仮にも婚約者とした女性に敬意を払えない男が王になれるはずがなかろう! ……その馬鹿者達を連れて行け!」


「はっ」


 引きずられるように連れて行かれる二人は、まだなにごとか喚いているようだった。しかし、そんなものはどこ吹く風で、アリムはイザベラを促して、未だにざわついている周囲と国王に向けて、二人で優雅な礼をする。


「オレ達はこれで失礼させていただきます。妹イザベラの婚約破棄祝いに御足労いただきました皆々様には深く御礼申し上げます」


「引き続き、ゆるりとお寛ぎください。それではご機嫌よう」


 衛兵が開いてくれた扉を抜ける。オレは広い廊下を人気のない場所まで進んでから、イザベラにピースしてやる。


「これでイザベラも自由に恋愛出来るぞ。好きな男を見つけたら教えてくれよ。今度はどんな相手でも協力してやるからな」


「……お兄様は『第一王子だけは選ぶな』と忠告して下さったのに、あたくしは愛することに目が眩んでそのお言葉を信じませんでした。それなのに、どうして助けに来てくれたのですか? 不出来な妹だと、お怒りになられても当然ですのに……」


「お前は愛されようと努力していただけだろう? そんな妹を怒れるわけがない。イザベラ、今までよく耐えたな。愛する者の為に王妃教育を終えたことも、婚約破棄を告げられても涙を見せずに毅然としていた姿も、オレはしっかり見ていたぞ。本当に立派だった」


「お兄様ぁ……っ」

 

 氷の薔薇姫と呼ばれたイザベラが表情を崩して子供のようにぽろぽろと涙を零す。公爵令嬢としての誇りで自分を守り続けていた妹は、ようやくただのイザベラに戻れたのだろう。オレはよしよしと素直に泣く妹をなだめながら、心の中で叫ぶ。妹の幸せはオレが守る!


「これからはイザベラの楽しみを見つければいい。この国に居づらいなら、エリーゼ姫の申し出通りに移住するのも手だな。国王陛下を黙らせる方法などいくらでもあるさ。たとえば、さっきの魔導具を王妃殿下に貸し出す、とかな?」


「それは止めてさしあげて。国王様ともなれば秘密がたくさんありそうだもの。きっと大変な騒動になるでしょう? でも、本当にありがとう。お兄様がいなかったら、あたくしはこの国を追い出されていたかもしれないわ」


 いいや、それだけじゃすまなかった。主人公の選んだルートによっては、イザベラは牢屋で自害していたり、処刑されたり、神殿に監禁されたりと、散々な目にあっていたはずだ。オレはそんな思いを隠して、しょげている妹の頭をぽんっと叩く。


「昔から言ってただろ? 兄様はいつでも可愛いイザベラの味方だってな」


 そう、だってオレは生まれた時から、悪役令嬢と呼ばれるイザベラのゆく末が破滅しかないことを知っていたのだから。


 実はオレには前世の記憶があったりする。十歳の時に廊下で転んで頭を打つというギャグみたいな事故によって思い出したのだ。そこで気絶したオレは夢の中で過去を辿ることになる。


 前世のオレは、乙女ゲームが大好きな姉に振り回される冴えない男子高校生で、その時姉がやたら熱く語っていたゲームこそが、なんの因果か転生先となっていたのだ。


『カノファンス~乙女の祈り~』というそのゲームは、男爵令嬢の主人公が貴族達の通う学園の中でさまざまなイベントという困難を乗り越えて、攻略対象の男達と恋に落ちていくというストーリーだった。


 心の中で絶叫したよなぁ。荒唐無稽過ぎる事実に気づいてしまったせいで頭がパンクしたのか、健康優良児を自負するオレもその時ばかりは高熱を出した。ベッドの中でうんうん唸りながら、今の状況を必死こいて飲み込んでいったのである。


 説明された悪役令嬢と同じ名前の妹がいること、それにオレ自身も攻略対象だったこと、当時、悪役令嬢として姉が指差したキャラクター、イザベラの結末がどれも残酷なものだと知り、この子にも心から味方してくれる奴が一人でもいてやれば、結末は違ったんじゃないのか? なんて思ったことまで、全てを。


 とはいえ、十歳のオレはまだ、いや、まさか、ゲームと同じ結末を辿るなんてあるわけないよな? ここはオレにとってリアルなわけだし? と非常に甘い認識でいたのだ。


 けれど、ベッドに引きこもったオレをイザベラが心配して訪ねてくれたのがきっかけで、考えを百八十度変えることになる。『おにいしゃま、だいじょうぶ?』なんてうるうるおめめの天使に言われたら、こりゃあもう目を逸らして逃げてるわけにはいかないだろ!


 妹の幸せとオレ自身の明るい未来のために、それからは出来ることはなんでもした。


 まず実行したのは、イザベラの性格を矯正することだった。我儘な部分はあったが、当時は幼かったのでまだ性格が確立されていなかったのが幸いした。オレは甘やかしがちな両親をいさめて、褒める時はめいいっぱい褒め、ダメなことはダメだと教えたのである。そのおかげもあり、イザベラはゲームでの悪役令嬢とは違いとても落ち着いた気品あふれる淑女として成長してくれた。


 それから、いざという時のために、魔法具作りも頑張った。もともと機械いじりが好きで、分解するのもよくやってたからな。男ってのはだいたいどいつも厨二心をどこかに隠してるもんなんだよ。魔法を与えられてみろ。好奇心と探求心をこれほどくすぐるものはないぞ! 


 魔法の仕組みを知り、道具に組み込むことは面白かった。前世の記憶を頼りに作り出したものが結果的に領地を潤し、それが父親に自分の意見を通しやすくした。つまり何が言いたいかっていうと、十歳から念入りに準備したからこそ、イザベラを守れる状況を作り上げられたってわけだ。


 駄爵令嬢が入学する前に他の攻略対象と接触し、こんな女はマジ危ないぞって注意喚起を促したおかげで、あの女は逆ハーレムは狙えずに攻略対象をオレと駄王子に絞ってくれたので助かった。あの女も転生者だということには、初っ端からゲームがどうちゃらと呟いてたから速攻でわかったしな。


 唯一の誤算は、どんなに邪魔をしても可愛いイザベラが第一王子の婚約者になるのを防げなかったことくらいだろう。


「お兄様? どうかなさいまして?」


「いや、新しい魔導具を作ったことを思い出してな。お前が前に湖を歩いてみたいって言ってたやつだよ。紅茶を飲んだらちょっと遊びに行かないか、イザベラ?」


 オレはクソくらえな運命を蹴り飛ばしてやった達成感に満たされながら、可愛い妹にそんな誘いをかけるのだった。

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