第22話 深域の森

 ぼくたちは何本か縄ばしごを乗り継いで、断崖絶壁を森まで降りてきた。


前衛まえにネル、真ん中にカイエンさんだ。ぼくが後衛うしろで支援する」


 ざっくりした方針だけ決めて、あとは臨機応変に対応だ。“探知サーチ”を使うし、“隠遁ステルス”も掛ける。避けられない大物には“防壁バリア”も使う。あるものみんな、あるだけ使う。


「ネル、前に出過ぎないようにね」

「わかった。爺ちゃん、目的地は」

「こっちじゃ。その先に、森が途切れてるところがあるじゃろ。そこに倒木が溜まるんじゃ」


 倒木が溜まる? 怪訝に思ったが、理由はすぐにわかった。森の中心部にあった起伏が堆積地点だ。そこには地上から大小の木々や生き物が、土と一緒に降ってくる。おそらく、地表にある開口部あなから落ちてくるんだろう。どういう状況なのかまでは知らない。王都近郊にそんな大穴があるなんて話は聞いたこともなかったし。

 頭上に目を向けたところで、遥か彼方に光るものが霞んで見えるだけだ。あまりにも遠すぎる。


「ねえ、アイク。開口部あれ……高さ、八百メートル半ミレはあるかな」

「ダンジョンの三十階層分、それに加えてぼくが落下した高さとなると、そのくらいはあるかもね」

「地上って、あんなに遠いんだ……」

「いや、ちょっと待って」


 ダンジョン各階層の天井までの高さは三メートル十フートくらいから二十メートル六十フート以上まで様々で、階層内でも変化している。仮に平均十メートル三十フートとすると、いちミレは五千二百八十フートだから……せいぜい四百メートル四半ミレってとこか。

 それにしちゃ、見た感じずいぶん遠い気もする。ぼくも目視した距離感では八百メートル半ミレくらいに思える。


「どうしたの、アイク。なんか変なことでも?」


 どうも計算が合わないと思って疑問点と試算を話したら、ふたりに呆れられた。


「ほぇ〜、アイクは頭が良いんだねえ……」

「そこは同意するがの。考え過ぎなところもあるようじゃ。その前に、少し見てればわかったはずじゃがの」

「え?」


 カイエンさんが、天井を指差す。ネルに周囲の警戒をしてもらって、ぼくは開口部を見上げる。


「光が……ああ、なるほど」


 開口部から何かが落下してくる直前、わずかに青白い光が瞬く。魔力光……たぶん、転移魔法陣だ。


光ってる開口部あそこが、王国じゃない可能性もある?」

「……そう、じゃな。ときおり王国にない植物と鉱物が混じっとる。それに、生き物もじゃ」


 なるほど。森林軍猿レギオンエイプもそのひとつなのかも。

 他にもはあったけど、詮索せんさくは後だ。ぼくらは静かに移動を開始する。あの高さから落下してくるものが当たれば死にかねないので、周囲の警戒はネルとぼく、カイエンさんは落下物の警戒を担当することになった。


「この時間には、小さな獣や石くれくらいじゃな。大量に落ちてくるのは、もう少し後……たいがい昼頃じゃ」

「穴の先にいるひとたちが、時間を決めて落としてるとか?」

「落っこちてきたもんを見る限り、特に墜死刑や廃棄そういうのではなさそうじゃの」


 森の中心に近付くにつれて、人工物というか武器や携行袋や木箱、衣服の残骸を見かけるようになってきた。獣や魔物に食われたのか死体そのものはない。


「いつも材木を集めとるのは、そこじゃ」


 森の中心には高さ十五メートル五十フートはある岩山ができていた。大小の岩が積み上げられたなかに巨木が折り重なっているそれはなんとも不思議な光景だ。


「土やら枝やら軽いもんは、落ちとる途中に風で流されるようじゃな」


 カイエンさんは風の流れを表現した手の動きで、森の奥を示す。風下側に植生が厚い……らしい。ぼくの目には、“いわれてみればそんな気もする”程度だ。


「ここでの回収が必要なのは、木材だけですか? 岩とかも使います?」

「運べるなら、村に砦を組むのに役立つがの。優先順位は後じゃ」


 長期間この地底で暮らすなら、拠点を移動させる必要があるかもしれないが、それは今後の問題だ。とりあえず燃料にも建材にも使えそうな木材を中心にゴッソリ持ってく。生木だと煙が出るだけで使えないけど、落下してきた大木のなかには良い具合に枯れて乾いた状態のがある。


「そこの大木はいけるかの」

「大丈夫ですよ、あとは?」

「金物があれば拾っておいてくれんか」


 どんどん選別して、どんどん収納してゆく。武器らしきものを発見。折れたり錆びたり曲がったりで使えそうなものはない。馬車の残骸もあったが、完全にバラバラで薪にしかならない。積荷は布地と服、汚れているが使えそうだ。壊れた樽の周囲に金貨銀貨がぶち撒けられてる。そのうち使い道もあるだろうと回収しておく。

 幸い“収納ストレージ”の容量に余裕が出てきたこともあって、途中からは選別も後回しにして手当たり次第に突っ込んでゆく。


「アイクヒル、そろそろ戻るぞ。おかしな気配がしとるんじゃ」

「わかりました。ネル?」

「先に行って。あたしが殿軍うしろにつく」


 無茶はしないから、と目が訴えてくる。このなかで彼女が最大戦力なのは再確認するまでもない。後ろを任せて可能な限り早く崖まで戻る。縄ばしごに取り付く直前、後ろで不穏な咆哮が上がった。地響きと木々をへし折る音。何かなんて考えるまでもない。

 大岩熊ロックベアだ。それだけなら急いで梯子を駆け登れば良いのかもしれないけど。

 その後ろで梢を揺らし、けたたましく遠吠えを響かせているのは森林軍猿レギオンエイプだろう。あいつらはたぶん、登攀のぼってる途中にでも襲ってくる。無防備な状態では反撃できず墜落死するだけだ。


「アイク」

「ダメだ。ひとりで残るなんていわせない」


 振り返ったネルは、ひどく幸せそうな顔で首を振り、笑った。涙目で汗だくで青褪めて震えていたけど、それでも彼女は綺麗だなって、思った。


「わかってる。一緒にいて。お願い、なんでもするから。絶対に、後悔なんてさせないから」

「よし」


 やろう。覚悟を決めると、胸の奥に火が灯った。暖かくまばゆい、確信に似た力が湧いてくるのを感じた。そうだ。やってやる。ぼくの……ぼくたちの全力なら。

 きっと勝てる。勝ってみせる。


「爺ちゃん、先に上がって。ふたりで援護する」

「わ、わかった!」

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