第20話 高まる力

「ねえネル、“深域の森”って、どのくらい?」

集落ここから岩場の奥に約二キロ一ミレちょっと行くと崖があるの。そこを降りたら森だよ」


 暗いダンジョン内でも、地上からつながる縦穴のせいで日に四時間二刻ほどは明るくなるらしい。

 もちろん場所は限られていて、いま判明してるのは、ぼくが落とされてきた“ゴブリンの餌場”と、集落の奥にある“深域の森”だ。

 特に後者は地底とは思えないほど日の当たる面積が大きく、日照時間も長いようだ。かなりの植物が群生していて、それを求めて獣も集まる。

 ここの住人たちにとっては貴重な狩場で、採取場所で、燃料供給源だ。


「崖までは、三十分四半刻くらい。慣れないと登り降りが少し大変かも。荷物が大きいときは引き上げるのも大仕事だしね」


 いままでは森までの移動に三十分四半刻、燃料の木や食べ物を集めるのに三時間一刻半、それを運びながら戻るのに一時間半刻、全部でほぼ半日を費やしていたようなのだ。それも純粋な移動ではなく、崖下では魔物から身を隠して音を立てずに進み、狩猟採集した獲物や収穫物を運ぶ必要があったからだ。


「厄介な魔物がいなくなったら、行って帰っても二時間一刻も掛からないでしょ?」

「それはそうじゃがな。どうやって倒すんじゃ」

「これ」


 アーシュネルは愛用の猫手メイスを捧げ持つ。うっとりした顔で、まるで神にでも感謝を捧げるように。

 カイエンさんは、メイスを見てひどく驚いた顔をした。


「これは……すごい武器じゃの」

「アイクがくれたの。これがあれば、きっと勝てる。絶対に勝ってみせる」

「あ、うん。無理だけは、しないようにね」

 ぼくはリアクションに困ってカイエンさんを見るけど、爺ちゃんは片目をつむった状態でしきりに首を傾げては頷いている。ドワーフなりの目利き方法なのか個人的な癖か、ネルのメイスを鑑定してるっぽい。


「ほうほう、アイクヒル、これはどこかのダンジョン産じゃな?」

「そうですね。辺境のダンジョンで拾ったんですが、王都で鑑定してもらったら、超古代遺産オープスじゃないかって」

「たしかに、見たこともない材質が混じっとるのう。芯に真っ直ぐ不思議な素材が通っとるようじゃが……何なのかは、わからん」


 興味津々なのはいいけど、肝心のところを訊かないと。


「ネル、そのヌシって、森を縄張りテリトリにしてる魔物がいるってこと?」

「うん、大岩熊ロックベア


「は?」


 なんでこんな地底に、そんな規格外の化け物がいるの?

 ロックベアは森林型のダンジョンで出現する、ボス級の魔物だ。四つ足の状態で頭までの高さが百八十センチ六フート以上はあり、体長は最大二メートル半八フート強にはなる。

 つまり、二足で立ち上がると三メートル十フートを優に超える。打撃武器なんて届かない。鏃は当たったところで弾かれる。硬い毛と硬質化した外殻に覆われているため、剣や槍も通らない。完全武装の軍隊や冒険者集団が連携を取って延々と体力を削り、最後は戦鎚ウォーハンマーや攻撃魔法でなんとか倒すほどの魔物だ。

 討伐の失敗で全滅したなんて話も珍しくはない。鋭く巨大な爪と強靭な筋肉による薙ぎ払いは、大楯や重甲冑でも簡単にひしゃげるほどなのだ。戦闘能力のほとんどないぼくなんて、そもそも近付く気もない。


「うん」


 ぼくの説明を聞いて、ネルは“知ってる”って顔でサラッと頷く。現にその大岩熊を何度も見て、何度も挑んで、何度も撃退されてきたのだそうな。


「いつも爺ちゃんが薪とか薬草とかを集める役で、あたしが熊の気を引く役だったから」

「……すげぇ」


 なにそのムチャクチャな役割分担。それで目立った怪我をしていないのは、彼女の優れた状況判断と俊敏性によるものだろう。

 ぼくは無理。


「大丈夫。アイクがいれば、あたしは、なんだってできる」

「そういってくれるのは嬉しいけど、その絶対的な自信の根拠がよくわからないな」

「自信じゃない。確信。アイクの力は、

「え?」


 ちょっと見てて、という感じでネルは猫手メイスをクルクルと振り回して肩に担いだ。

 そのまま二十メートル六十フートほど先の壁際まで一瞬で駆けてくと、その勢いのままメイスを叩き付けて戻ってくる。あっという間の出来事で、彼女の意図がよくわからなかった。正確にいえば、やりたいことは伝わったんだけど予想してなかった。

 


 息も切らさず平然と戻ってきたネルの背後で、巨大な岩壁がガラガラと崩れ始めた。地響きが収まると、そこには縦横七、八メートル二十数フートはある穴がぽっかりと口を開いていた。

 ということは、奥行きも含めて数十トンミリエの岩を粉砕したってことだ。たったの、一撃で。


「すっご……」

「そう。でも、すごいのは、あたしじゃない。アイクに会うまで、あたしにこんな力は、なかった」

「そう、なの?」

「もしあったら、オークに倒されたりしてないもの」


 それはそうか。じゃあ、彼女が振るった猫手メイスの威力では……とも考えてはみたのだが。ぼくの見る限り魔導具としての機能はない。いま岩壁を粉砕したときにも、魔力光は発してなかった。


「その戦棍せんこんも、力を支え助けてはくれとるが、極端な力ではないのう」


 ドワーフの目によるカイエンさんの見立てでも、素材や意匠や作成技術は、すべて“堅牢”だけに特化している。要は、“信じられんほど頑丈な棒”でしかないらしい。


「わしの見たところでも、アーシュネルの力は、アイクヒルと出会ってから、凄まじく上がっとる」

「そっか」

「そこまで極端なもんではないが、他の者たちもじゃな。現に、わしも身体の調子はすこぶる良いんじゃ」

「そう。アイクといると、どんどん力が高まってくの。なんでか、わからないけど」


 “守護者”としての力、“みまもり”のスキルについて話すべきか、少しだけ迷う。

 隠したいことがあるわけではないが、まだぼくは守護対象が受ける利点と欠点を把握しきれていない。ぼくの他に“守護者”職の例がないため、判明していないことが多すぎる。


「理由なんて、どうでもいい。みんなが守れるなら、それでいい。だから、アイク」

「うん?」


「お願い、そばにいて。あなたがいれば、あたしは、なんだってやってみせるから」

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