宇宙時代の何気ない運び屋生活の一コマ(直観的なイカサマ編)

和泉茉樹

宇宙時代の何気ない運び屋生活の一コマ(直観的なイカサマ編)

     ◆


 ブランクブルーの荷物は、定刻より二十分遅れで届けることができた。

 組織のナタール人の幹部は、大して文句も言わず、しかし報酬を渡しながら「遊んで行けよ」と言い出した。

 我が相棒たるテクトロン人はサイレント・ヘルメスから降りもしなかったが、奴は遊びとは無縁だ。

 奴が船を整備しなければ次の仕事はないし、俺としては報酬に形はどうあれ上乗せできるのは、言葉を選ばなければ大歓迎だった。

「良いね、遊びは好きだ」

 案内されたのは元は食堂だった場所らしいが、今は種々様々なアルコールの匂いと、やはりありとあらゆる種類の葉巻の匂いが立ち込め、空気は濁りきって、とても食事なんてできない。

 真ん中にテーブルがあり、俺が部屋に入ると、勢いよく振り返った小柄な男が、真っ青な顔をしているのが見えた。顔が青い人種もあることにはあるが、目の前の男の青さは、血の気の引いた青さだった。

 何か他に卓を囲んでいる男たちに言われ、その動く死体という雰囲気の男は席を立ち、拍手を背中に受けて俺の横をすり抜けていった。

 チップの一枚も持たずにだ。

「入れよ、小僧」

 例の幹部が背中を押してくる。

「急かすなよ」

 堂々と空いている席に座ると、目の前に赤い髪を伸ばした男がいて、ご大層に片眼鏡をかけて、それっぽい雰囲気を醸し出す努力をしているのは見える。

 こういうところにいる奴が持っている知性は、下品な知性だ。

 つまり、奪える奴から奪える限り奪う時にだけ発揮される。

「何のゲーム?」

 こちらからそう訊ねると、赤毛の男の右側にいる、キャシー人という灰色の皮膚の男が縦長の瞳孔の瞳をこちらへ向け、「エイティエイトさ、坊主」と答えた。

「あまり知らないな。手加減してくれよ」

 俺のジョークに笑いが起こる。俺が憐れなんだろう。

「レートは?」

「一五〇〇ユニオでチップ一つだ」

 なるほど。

 俺は手持ちのユニオ硬貨の束をそばにいるチンピラに渡す。一万五〇〇〇ユニオである。

 すぐにチップが十枚やってくる。

 卓の真ん中にある装置に、赤髪の男の左にいる屈強なヴァレウス人のスキンヘッドの男が、新しいカードの束を差し込む。その古びた装置がカードをシャッフルし、配り始めた。

 プレイヤーがめいめいに金を賭ける。

 このカードゲームの手札は六枚からスタートし、切ったり拾ったりして、最後に最低で四枚で役を作らないといけない。

 これも自動の装置がダイスを回し、誰からカードを切っていくかが決まる。

 卓を囲んでいるのは俺も含めて五人。適正だ。

 俺の手札は、はっきり言ってゴミだった。

 順番に一枚を装置に要求して、一枚を捨てていくが、俺の次のプレイヤー、鱗で肌を覆っているアクエラ人が、赤の「聖者」と黄色の「天使」で、先に捨てられていた緑の「救世主」を回収した。

 このゲームには手を作るのと同時に、手元のカードの組み合わせで捨てられた札を回収する要素があり、複雑怪奇である。

 山札がなくなった時点か、過半数が降りるか、手作りをやめると宣言したところで、ゲームは終わる。

 第一ゲームは、俺は「戦士」のペアと「料理人」のペアで、一枚は余り。つまりツーペア。

 勝ったのはくすんだ皮膚の男で、「旅人」のフォーカードである。

「チップをよこしな」

 赤髪の男に言われ、俺は素早くチップを卓の奥へ押し出した。

 それからは一進一退だった。俺以外の四人のうち、明らかに組んでいるのは赤髪とその両隣。

 しかし強引な手の作り方はしない。自然なのだ。

 イカサマをやっているのは直観的にわかる。

 そんなことを思っているうちに、俺の手にデカイ役がやってきた。「蛮人」のフォーカードが出来上がり、残りの二枚は「獅子」だ。「蛮人」二枚で「獅子」一枚を捨てられた札から回収すれば、「獅子」のフォーカードになる。これは「蛮人」のフォーカードよりは強い役だ。

 ただ、今のまま、フォーカードとワンペアでも十分に強い。

 このまま「獅子」が捨てられるのを待つべきか。

 順繰りにカードが切られ、捨てられる。

 出てこない。「獅子」は俺以外のプレイヤーか山にあるわけだが、二枚だけなのだ。そこから作れる手はワンペアで、それも仮に一人が二枚を持っている場合だけだ。十中八九、プレイヤーの手札にあるなら、散って一枚きりである。

 切るしかないはずだ。

 しかし誰も切らない。

 俺は三回ほど、手札を切らず、配られた札を切っていたが、根負けして、手作りをやめた。

 他のプレイヤーもそれぞれに手を作り終え、手札が開かれる。

 勝ったのは赤髪だった。

 奴の手は、「女王」一枚と、「獅子」二枚、「大鷲」二枚の「女王の権威」という強い役だった。

 それを見たその場のものが声を上げ、チップが大移動する。

 奴はいつ、「獅子」を手に入れた?

 イカサマだ。どこかで札をすり替えてやがる。

 エイティエイトはイカサマが横行することで有名な遊びだが、こういう知性のない連中のイカサマほど巧妙で、見破るのにコツがいる。

 俺は手持ちのチップを全部、前に出した。全額を賭けたということになる。

 ゲームが再び始まる。

 手札はゴミみたいな内容だ。札の組み合わせで捨て札と交換するのも難しい。

 山札からも、大したカードはこない。

 すぐに過半数が手作りを終えてしまった。

 俺の手札はかろうじて「政治家」のスリーカードで、これは「三頭政治」と呼ばれる役だが、弱い。

 勝ったのはまた赤髪だった。手は「天使」のフォーカード。

「こいつはおかしいな」

 俺はチップを全部差し出しながら、声にしてやる。

「どこかにイカサマがあるんじゃないか?」

 赤髪の男がニヤニヤと笑っている。

「なら、その瞬間に教えてくれよ、坊主。それと、お前は今、チップを持っていないぜ。まだ遊びたいなら、金を用意しな」

「ダイスを変えてくれ」

 俺はポケットの中を探り、自前のダイスを出した。周りの連中が笑い始める。

「その古びたダイスが、グラ賽じゃない、って保証はないぜ」

 スキンヘッドがそう言って手を振るのに、俺は無視してサイコロを投げ、今まで使われていたダイスとそれがぶつかる。

「おい、やめろ」

 俺のサイコロは投げ返されてきた。舌打ちして、ポケットに突っ込む。

「金はないが、船はある」

 俺は、ヘルメスの始動キーを取り出す。

 それを卓の上に置いた。

「どんな船だ?」

 赤髪がこちらを横目に見る。

「ヒューストン造船のヘルメス五六型だ」

「何年式だ?」

「一八年式」

 どっと周りで見物人どもが笑う。

「骨董品だが、速いぜ?」

「お前が俺たちの奴隷になることも含めて、受けてもいい」

「奴隷?」

「運び屋らしいが、タダ働きだ。死ぬまでな。発信器をお前に埋め込む。それもいつでも処刑できるカプセル付きの」

 ぞっとしないね、などと応じて俺は一度、始動キーを手に取り、またテーブルに置いた。

「しかし、エイティエイトは俺の好きな遊びだ」

 始動キーから手を離すと、周りで歓声が上がり、赤髪も呆れたようだったが、乗ってきた。奴が手持ちのチップをぐっと押し出す。

 大勝負だ。

 瞬間、俺の目の前の始動キーが火花を上げる。

「おっと、悪い、古い船で調子が悪いんだ。何事にも」

 舌打ちする灰色の皮膚の男が、テーブルの上のカードを回収し、装置にセットする。自動でシャッフルされ、配られる。

 俺は内心、冷や汗をかいていた。

 まだ仕掛けはバレちゃいないが、後戻りはできない。

 ダイスが自動で振られる。

 出た目を見て、変な雰囲気が漂ったのは、間違いではないだろう。

「どうした? 切らないのか?」

 スキンヘッドの奴にそう促してやると、目を細めながら、一枚、札が切られる。

 どこか重たい雰囲気の中でゲームは進行する。

 二人が手作りを終えた。あと一人だ。しかしそれがなかなか決まらない。

「これでいい」

 赤髪がそう言って、手作りをやめる宣言をした。これでゲームは終わりだ。

 それぞれが手を開く。

 スキンヘッドの手が「救世主」一枚に「奴隷」が四枚の、「解放者」という特殊な役でかなり強い。

 それよりも赤髪の方が「死者」が四枚に「最後の一人」が一枚という、「終末世界」という役で上をいっている。

 歓声が上がる。

「坊主、お前の手は」

 俺はそっと手元のカード五枚を開いた。

 そこにあるのは「亡霊」が四枚と、「裏切り者」が一枚という、「世界の終焉」という役だった。

 観客が役の強さを計算するが、俺には最初から分かっている。

 役の中では「終末世界」より「世界の終焉」の方が強い。

 つまり俺の勝ちだ。

「チップをユニオに変えてくれ。もう疲れた」

 俺はテーブルの上のヘルメスの始動キーを手に取る。

 場の雰囲気は最悪だったが、俺はすぐ横にいるブランクブルーの男に顎をしゃくってやる。

 すぐに大量のチップがユニオ硬貨に変わり、それは総額で一〇〇万ユニオ近い。

 その場で俺は電子化して、卓を離れた。

 背中には射殺さんばかりの視線が突き刺さるが、勝ちは勝ちだ。

 ダイスに細工があるのは知っていた。だから俺の持っていた特殊なサイコロが発する電磁波で、それを乱した。

 ヘルメスの始動キーが光を放つのも計算のうちだ。

 あの一瞬で俺は一枚、札を抜いておいた。シャッフルして配る装置が枚数を把握しないというのはわかっていた。

 ただ、抜いた札が「最後の一人」だったのは直観としか言えない。

 このエイティエイトでは「最後の一人」は特殊な性質で、ペアを作っても役にならない。

 俺は無駄な札をギッたことになる可能性もあった。

 しかしこういう時、俺の直観は当たるものだ。

 格納庫へ行くと、我がサイレント・ヘルメスが見え、相棒がメンテナンスをしている。

 俺に気付いて、奴が目をほそめるのがわかった。

 勝ったな、と言いたげだ。

 奴の直観も、なかなか、侮れない。

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宇宙時代の何気ない運び屋生活の一コマ(直観的なイカサマ編) 和泉茉樹 @idumimaki

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