第35話

 夏休み明け初めての登校日。教室に入った俺達は何故かクラスの女子に囲まれていた。


「ねぇねぇ二人とも、この前のお祭りで抱き合ってたって本当?」


 一瞬でこの状況に陥った理由を理解する。あの現場に生徒がいて見られていたのだろう。


「あー…と、それは……」


 佐藤さんの質問に対し、どう返答しようかと考えていると、


「えぇ本当ですよ。射的で欲しかった景品を私の代わりに取ってくれたので嬉しくてつい…///」


 当時のことを思い出しているのか、紅愛が頬を染めながら答えてしまう。その回答に周りの女子から歓声が上がった。


「じゃあしのっちから抱き着いたってこと!?ひゃー大胆だね〜。てか神っちもイケメン過ぎ。代わりに取るってかっこよすぎるよ!しのっちが惚れちゃうのも分かるわ〜」

「そうでしょう!?蒼太くんは本当にかっこいいんですよ!この前だって……」


 俺を褒められ、紅愛がノリノリで惚気け始める。その話を聞きながら女子達が微笑ましいものを見る目でこっちを見てくるので今すぐ止めてほしい。


「く、紅愛……もうその辺で」

「だから蒼太くんは世界で一番優しくてかっこいいんです!」

「……」


 顔が赤くなっているのを自分でも感じる。


「愛されてるねぇ神っち。しのっちの大胆さからするとこれは結婚も早いか〜?」


 惚気話が一段落した後、佐藤さんが茶化すように言った。だが、如何せんその内容が良くなかった。嫌な予感を察知し俺が止めるよりも早く紅愛が口を開く。


「よく分かりましたね佐藤さん。今は学校だから着けてませんけど誕生日には婚約指輪をもらったんですよ。高校を卒業したら籍も入れる予定です!」

「ちょっ!?紅愛!?」


 紅愛の発言に今度は女子だけでなく、教室内で聞き耳を立てていた男子も騒がしくなる。


「ま、マジか神谷……」

「籍入れるってことはもう両親にも挨拶したってこと?」


 非常に面倒くさい状況になった。質問攻めにされる前に紅愛を連れて急いで教室を出る。まだ人通りの少ない廊下を走り、空き教室に逃げ込む。


「はぁ…絶対広まるよなぁ……」


 何せあの紅愛が婚約していると分かったのだ。一瞬で広まり、今まで以上に注目を浴びることは想像に難くない。交際の騒ぎがやっと落ち着いたというのにここにきて新たな燃料が投下されるとは…


「……蒼太くん、私は婚約しているという事実が広まった方が良いと思います」


 どうやって事態を沈静化させようか頭を悩ませていると紅愛が真剣な表情で言った。


「どうして?」

「蒼太くんもご存知のはずですが私は蒼太くんと付き合っていても告白されます。それは彼らがただ付き合っているだけだと認識しているからでしょう」


 紅愛の話に頷く。俺という彼氏の存在を軽く見ているからか何なのかは知らないが、未だに紅愛は告白される。


「でもそこで私達が婚約しているという情報が広がれば彼らの認識も変わり、告白も完全にとは断言出来ませんがかなり減らすことが出来ると思うのです」


 確かに婚約者がいる人に手は出しづらいだろう。本来なら恋人がいる人にも出しづらいはずなのだが。


「紅愛の言い分は分かったよ。まぁ確かにもう知られちゃった以上、それを有効活用する以外に打つ手はないもんね……はぁ、戻ったら凄いんだろうなぁ。分かってても胃が痛くなる。紅愛、こっちに来て」

「はい」


 近寄ってきた紅愛を抱き締め、サラサラの髪の中に顔を埋める。ホームルームが始まる直前まで紅愛を抱きしめることで精神を安定させた俺は意を決して教室へ向かうことにした。








「ごめ〜ん神っち。しのっちの暴走も考えないであんな事言っちゃって。言いづらいことだったよね?」


 教室へ戻ると、佐藤さんが真っ先に駆けつけ、両手を合わせながら謝ってきた。


「暴走とは失礼ですね佐藤さん。蒼太くんへ話しかけるのも気に入りません。怒りますよ?」

「ひいっ!?しのっちが怖い!助けて神っち!」


 紅愛は普通に接しているが俺は教室内に漂う雰囲気に違和感を覚えずにはいられなかった。

 何か……思ってた反応と違う。


「あれ?どうしたの神っち?」


 俺の戸惑いに気付いた佐藤さんが聞いてくる。


「いや……皆の反応が予想と違くて。てっきりこう…もっと妬みというか怨嗟の声でも聞かされるのかなぁって」

「普通におめでたいからだよ!?それにうちのクラスに二人を妬む人なんてもういないからね!?二人のイチャつきを近くで見せられてるこっちの身にもなって!もうお似合いだなぁとか甘いなぁくらいの感想しか出てこないからぁ!!」


 佐藤さんの叫びにそうだそうだ!とあちこちから野次が飛んでくる。それを聞いた瞬間、俺の目から涙がこぼれた。瞬間、クラスが騒然となる。


「わっ!?ど、どうしたの神っち!もしかしてどっか痛い!?」

「うぅん……違くて、その…自分で思ってるより…受け入れられてたんだなぁって。嬉しく、なっちゃって」


 最初の頃に比べれば、表立って俺達を妬む声は確かに少なくなっていた。だけど心の奥底ではきっとまだ受け入れられてないんだろうなとかそんな事を考えていた。多分、自分でも気付かないうちに不安とかそういうのが溜まってたんだと思う。


「蒼太くん……い「うーっす。席に着けー」」


 紅愛がそっと俺の手を握る。そして何か言いかけたところで在原先生が教室に入ってきた。


「あっ、在原先生。少しよろしいですか?」


 俺の手を離さないまま紅愛が先生の元へ向かう。当然俺もついていくことになる。


「どうした篠崎。てか神谷、お前はなんで泣いてんだ?」

「私と蒼太くん。具合が良くないので今から早退します」


 突拍子もない紅愛の発言に怪訝そうな表情を浮かべる先生。俺も似たような表情で紅愛を見つめる。


「は?神谷は泣いてて明らかに異常だから分かるが……まぁ自己責任だし別に帰ってもいいけど……今日文化祭の出し物決める予定なんだが要望は?」

「特にありません。蒼太くんも無いようですので帰らせていただきます。蒼太くん、帰りますよ」


 状況を理解する間もなく荷物を持たされ、紅愛に手を引かれながら教室を後にする。


「はぁ……じゃあ守屋と佐藤、あいつらの代わりに今日の出し物決めはお前らが進行しろ」

「はい!」「えぇ!?俺っすか!?」


 最後に聞こえてきたのは佐藤さんの元気な返事と雅紀の情けない声だった。


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