第10話

 紅愛がトロンとした目で見上げてくる。これは俺の匂いを嗅いだ時に起きる現象と酷似していた。しかし今は俺と腕を組んでいるだけなのでこの状態にはならないはず………


「……蒼太くん…き「おい!そこの根暗!篠崎から離れろ!」……あ?」


 紅愛の目付きが一瞬で変わる。鋭く冷たい印象を抱かせるその目は向けられていない俺ですら震え上がるほどだった。


「っ!し、篠崎……お前脅されてんだろ?そこの根暗に弱みを握ら「黙りなさい蛆虫が。それ以上私たちに向かって臭い口を開かないでください」なっ!?」


 あ〜……紅愛が怒っちゃった。こうなったら誰も止められないぞ。

 突っかかってきた男子生徒がほうけている間にも紅愛の口撃は続く。


「そもそも貴方は誰ですか?きっと私に告白をしてきた人なんでしょうね。覚えてませんけど。名前も知らない男が最高の男性である蒼太くんを根暗などと呼ばないでください。それとも何ですか?私を助けた自分かっこいいとか酔いしれるタイプですか?それで私が付き合うとでも?痛すぎますね。そんなこと思ってるくらいなら素直に自分磨きでもしてください。そうすれば私以外の人には好かれるようにはなるんじゃないですか?まぁ私は蒼太くんを根暗呼ばわりした時点で正直視界にも入れたくないですし、声も聞きたくありませんからどうぞ消えてください」

「うわぁぁぁぁぁぁ!!」


 男子生徒は涙を流して走り去っていく。こんな事言われたら一生のトラウマものだろう。


「この程度で泣く気弱な人が蒼太くんを根暗なんて呼ばないでほしいです。はぁ……折角幸せな気分だったのに最悪です……」

「ごめん……」

「蒼太くんが謝る必要はどこにもありませんよ。ここじゃあ居心地悪いので教室へ行きましょう。時間も少ないことですし」

「…そうだね。行こっか」


 組んでいる腕には結構な力が込められているので相当機嫌が悪いのだろう。

 何か紅愛の機嫌が直るいい方法はないかと俺は思考を巡らせた。







「……マジじゃん。蒼太、お前…」


 教室へ入れば手前の席に座っていた雅紀が驚いた様に目を見開いた。


「おはよう雅紀。俺の彼女だ」

「違います。妻です」


 雅紀へ説明すると横から訂正が入る。


「けど今は恋人だから」

「細かいですね。細かい男は嫌われますよ?」

「じゃあ嫌う?」

「まさか…私が蒼太くんを嫌いになるなんて有り得ません」

「……あの〜置いてかないでくれ。とりあえず二人ともおめでとう。それともうすぐ時間だから座った方がいいと思う。話はそれから聞かせてもらえると助かる」


 そうだった。予鈴ももうすぐで鳴るし話している場合じゃない。


「紅愛、それじゃあしばらくの間バイバイ」

「はい……あっ、守屋さん。ありがとうございます。これからも付き合いがあると思うのでどうぞよろしくお願いします」

「こちらこそ」


 紅愛はそのまま雅紀に挨拶をした後、クラスの女子に囲まれながら席に向かった。


「……何があったらあんな仲良くなんだよ」

「俺にもよく分からん。気付けばこの距離感だ。多分紅愛からの好感度が異常に高かったのが原因だろ」

「そうか……まぁ良かったな。おめでとさん」

「ありがと。ところで雅紀、男子達どうにか出来ない?」

「馬鹿言うな。あんな狂気じみた奴らどうにか出来るかよ…時間だ。逝ってこい」

 キーンコーンカーンコーン


 雅紀は体の向きを正面に直し、助ける素振りを見せない。仕方が無いので一人で席へ向かうとすれ違い様に男子達がボソッと呟いた。


「リア充……殺す」

「篠崎様篠崎様篠崎様篠崎様篠崎様……」

「神谷……処す…拒否権……無し」


 親の仇を見るような目で見られると非常に怖いのでやめてほしい。

 席に着き、男子達の方をチラッと横目で見ると未だにこちらを見てブツブツと何かを唱えている。もはや狂人の類だ。

 紅愛の方を見れば周りの女子の質問攻めに辟易しているようだった。このタイミングで言うのも何だが困り顔もとても可愛い。


 しばらく待っていると担任である在原先生が呑気な顔をして教室に入ってきた。

 緩く締められたネクタイにヨレヨレのスーツ。だらしない格好だがそれでも6ヶ国語も話せる凄い人である。教え方も丁寧で生徒も親しみやすく人気が高い先生の1人だ。


「席に着けー…おい男子共、たかが女生徒一人が付き合っただけで……お前ら餓鬼か?」


 在原先生が助け舟を出してくれたおかげで大半の男子がバツが悪そうに大人しくなったが一人の生徒が怒声を上げた。

 あいつは確かバスケ部の……菱山だっけ?あまりいい評判は聞かない男だった気がする。


「うっせぇんだよこのクソジジイが!てめぇ調子こいてっとぶん殴るぞ!」


ぶん殴るって……いつの時代の人間だよお前は。


「は?菱山、冗談はほどほどにしとけよ?それに俺はまだ20代だ。ジジイでもねぇよ」


 在原先生は鋭い目付きで菱山を睨みつける。先生の気迫に菱山は少し後退るが、引くに引けないのか在原先生を睨み返す。


 菱山は今にも殴りかかりそうだ。在原先生は流石に手は出さないだろうがいつものちゃらけた雰囲気は鳴りを潜めていた。

 クラスメイト達も固唾を飲んで二人を見守っている。…止めるか。こうなったのは俺の責任でもあるしな。

椅子から立ち上がり、菱山の肩に手を置く。バスケ部なだけあって意外とがっしりしてるな。これは殴られたら危険かも……一般人だったら。


「そこまでだ。菱山、文句があるなら先生じゃなくて俺に言え。喧嘩もしたいなら買ってやる。その代わり金輪際俺と紅愛に関わるな」

「……いいぜ。その澄ましたツラボコボコにしてやるよぉ!」


 菱山が振り向き、右拳を突き出す。周りから女子の悲鳴が聞こえてくる。

 菱山の拳が向かう先は俺の顔面。ここで別の急所でも狙われたら驚いたが見た目通り単細胞なようで助かった。


 顔を左へ逸らし、ギリギリで拳を避けると菱山は目を見開いて驚愕の声を上げた。


「なんっ!?俺のパンチが!」

「もしかして今のが全力か?だったらごめんな。受けてやれなくて」

「ふざけんじゃねぇ!」

「そこまでだ!菱山、これ以上するなら停学にするぞ!」


 在原先生が制止の声を掛けるが頭に血が上っているのか全く聞く耳を持たない。


「あぁ!?んじゃ神谷をボコした後にてめぇもボコしてやるよ!停学させる気が起きなくなるまでな!」


 どうしたらそんな思考になるのだろうか……こいつ馬鹿だろ?紅愛が告白断って襲われなかったのは奇跡だな。


 大分余裕があるので紅愛の方をチラッと見れば、心配する女子たちの中で唯一1人だけ笑みを浮かべてこちらを見ていた。俺が負けるとは微塵も思っていないのだろう。


「先生大丈夫ですよ。もう終わりなんで」

「てめぇがな!」

「いやお前な?」

「ぐぇっ!?うっ!?」


 菱山がもう一度突き出した右腕を掴み、後ろに回り込んで、関節を極める。そのまま菱山の膝を折り、上半身を机に押さえつけ身動きを封じる。


「く、そ……神谷、てめぇ……」

「悪く思うなよ。お前が売った喧嘩だ。約束、今後俺と紅愛に関わるなよ?先生もこれは生徒のじゃれ合いってことでよろしくお願いします」

「あー……分かった。お前らもこれは内緒な。菱山、以後気をつけるように。神谷も煽るのは程々にしろ」

「はい」

「畜生……クソっ」


 菱山の腕から手を離すと菱山は教室から出ていった。まだホームルーム中なのだがほっといておこう。


 一悶着あったが、その後は何事もなくホームルームは終了し、一限が始まる前にはいつの間にか菱山も戻ってきていた。


〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

最近寒くないですか?僕の気のせいですかね。次回、は遅くなりましたが★100記念を投稿したいと思います。

皆さんありがとうございます!これからもどうぞよろしくお願いします!

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