第5話 最終試験

「エリス、ここからは実践系の最終試験だ。準備はいいか?」

「はい、先生!」


 ハルトはエリスと距離を空け正面から向き合っており、家の前にはシーマが椅子に座りそれを静かに眺めていた。

 今では冷静に向き合ってくれているエリスであるが、数日前から最終試験を嫌がっていた。その理由は、それが終わってしまったらハルトとの別れを意味していると気付いたからである。

 次の春からエリスも七歳となり、初等学院への入学かつ寮生活がスタートするため、最終試験とは関係なくハルトとは会えなくなる。


 ハルト自身もこの先のやりたいことの為、より勉学にも打ち込む必要もあり、やりたいことを調べるうちにより奥深さにハマりやりたいことが増えて来ており、エリスとの時間を取りずらくなるのは目に見えていた。

 その為、エリスとこうして向き合って何を教えたり出来るのは今日が最後であるが、関係性がなくなる訳ではないと互いの成長期間であるとエリスを納得させ今日を迎えたのであった。


「それじゃ、改めて最終試験内容だが全部で三種類。座学試験・体術試験・魔力試験。既に座学試験は終了し、合格ラインは越えたため座学試験は合格だ。そしてこれから行うのは体術試験だ」


 ハルトはそうエリスに告げると、自作の的を体の各所に取り付けた。


「体術試験では、相手の動きを的確に見極めこの的に正確に攻撃を当てられるかを見る。魔法での攻撃は禁止。的は全てで五つ。合格内容は全ての的に攻撃を当て的の破壊、エリスが攻撃を受け地面に身体を着いたら不合格だ。いいかい?」

「はい! 先生の的を的確に、攻撃をかわしながら破壊します!」


 そう言ってエリスは攻撃態勢をとる。

 エリスの態勢を確認した後、ハルトがシーマへと視線を送ると暫くしてから、試験開始の合図が魔法で鳴らされる。

 結果から言ってしまえば、エリスは体術試験を一応合格した。


 何故一応かと言うと、全ての的を時間はかかったが破壊出来たのだが、一度地面へと倒れそうになった際に無意識に魔法を地面に放つことで回避をしてしまったのだ。

 確かにルール時には魔法での攻撃禁止とは伝えていたが、それ以外の使用については言及していなかった。その点をシーマと協議した結果、あの状況から臨機応変に対応したという点では評価はでき、かつ目的の達成にはルール違反なく出来ているため合格としたのだ。

 それから、小休憩を挟んで最後の試験である魔力試験を開始した。


 魔力試験では、三つの課題を出し全てを達成出来たら合格という内容とした。

 一つ目の課題は、魔力基礎力の確認だ。

 専用の魔力量確認魔道具に魔力を流し、一定の数値を出せれば合格の課題である。

 二つ目の課題は、魔力操作の確認だ。

 こちらが指示した魔法を使用し、威力や速さなど魔力によって変化させられこちらの基準を上回れば合格の課題である。

 そして三つ目の課題は、魔力による物質操作だ。


 そもそも魔力とは、人の体に必ず少量でも流れているものであり、魔力量は個人差はあるにしろ原則としそれを使い魔法を使用している。要は源である。

 基本的に魔力を鍛え、魔法の威力などを上げるのが一般的なのだが、今の時代は魔力を鍛えるという自体が知られておらず、魔法へばかりに重点が偏っている。

 確かに魔法自体の発動などで威力なども上げられ、魔力を鍛えるよりも簡単だ。

 だからこそ、今の時代ではそれが主流なのだと理解は出来る。


 話が少しずれたが、魔力を鍛えれば魔法発動だけでなく魔力を魔法の様に体外へと放て、対象の物質の操作なども可能になるのだ。

 今回エリスに与えた課題に関すれば、小石に対して魔力を放ち少しでも動かせれば合格の課題である。

 この一年間で、魔力の基礎を身につけ体内で魔力の流れを感じてきたエリスであれば、既に出来てもおかしくない能力であり、シーマとしてもこれが出来ることを望んでいた為、試験に組み込んでいる。

 だが、実の所この課題に関して言えば五分五分なのだ。


 体内にある魔力を体外へと放出するというのは、言葉でいうには魔法と変わらず簡単そうに思えるが、魔力というものを感じれていないと決して出来ない事である。

 感じ取れる感覚だけは本人にしか分からないものであり、これまでに完全成功したためはない。だが、その前兆はみられている。

 ハルト自身も前世でシーマからこの教えを受けた際にも、かなりの時間を経て取得していた。

 自身の経験やエリスの成長度合いを考えて、この最終試験で成功させられると祈りながらエリスを見守るのであった。


 そしてエリスが、大きく深呼吸を終えて最後の課題へと取り組み始めた。

 その姿をハルトとシーマはただじっと静かに見守り続ける。

 しかし、一向に対象の小石はピクリとも動く事はなかった。

 エリスはその後も魔力は体外へと放出出来ているが、対象を動かすことが出来ず試行錯誤し続けるも小石は定位置から動く事はなかった。


「はぁー、はぁー、はぁー……」


 最後の課題を開始して、二十五分経過した。

 エリスの息づかいの粗さを見て、二人はそろそろ魔力の限界が近いと判断し始める。エリスの取り組みに口は出さずと見守っていた二人だが、無理をさせる訳にはいかないと小声で話し始める。


 魔力操作は自身が思っている以上に、体が疲弊するものである。魔力を感じ、それを意思のままに操り、体外へと放出しようとするのだから当然であった。

 エリスは普通の同い年の子に比べると、魔力量は多く身体作りのお陰で長時間使えているが、一般的な子の魔力量や体力では十分が限界な課題である。

 シーマとの話し合いの結果、残り五分で強制終了と決め、すぐにハルトはその指示をエリスと伝える。


「はぁー、はぁー、後五分ですか……それだけあれば十分です!」


 エリスは諦める表情など一切見せず、より意気込むと一度ゆっくりと深呼吸した後、再度魔力操作へと意識を向ける。


「その前に、限界だとこちらが思ったら止めるからなエリス」

「はい!」


 それから五分が経過したが、対象の小石が動く事はなく制限時間を迎えたので終了を告げるが、エリスは一向に止めようとはしなかった。


「エリスもう終わりだ、止めろ! それ以上やったら、お前が倒れる!」

「いえ、私は大丈夫です。最後の最後の試験がクリアできず、私は終わりたくないんです! もう少し、もう少しで出来る気がするんです師匠! このまま中途半端な私で終わらせたくないんです!」

「っ……気持ちは分かるが、それ以上はダメだ! 今すぐに止めろ」

「止めません! 私は先生が、師匠が教えて来た事は正しいと、これで証明するんです! 私の先生は最高の師匠であると!」


 それを聞いて、ハルトは言葉が詰まってしまい一瞬だけこのまま見守り続けてやりたいと思ってしまう。

 だが、それよりもエリスの身体に何かあったらいけないと、強制的に止めに入ろうと向かい始めた時だった。先にシーマが動いていた。

 一瞬でエリスの元に辿り着き、すぐさま両手を掴み強制的に止めさせた。


「お母さん何するの! 離してよ! 私はまだ出来るの! 師匠が私に出来ると思って出してくれた最後の課題を私はクリアするの!」


 エリスはその場で駄々をこねジタバタとするが、その反抗には全く力が入っていなかった。それを実感したシーマはより掴んだ手を離そうとはしなかった。


「ダメよエリス。これ以上は許す訳にはいかないわ。試験は終わり、ハルトも言った通り五分で強制的に止めなさい。先生なら生徒の限界を超えさせてはダメよ! 試験は終わりよエリス」

「嫌だ! まだ最後の課題をクリアしてない! 私なら絶対に出来るの! 出来るはずなのよお母さん……だから、お願いやらせて」


 シーマはエリスの言葉に首を横に振って答えた。

 その後エリスの駄々は続き、次第に涙を浮かべ始め泣きながらシーマへと訴え続けたが、シーマが絶対に許す事はなかった。


「お母さんのバカ! あほ! 何で……」


 と、エリスが言いかけた直後、突然スイッチが切れたようにエリスは眠るように意識が途切れてしまう。

 ハルトはただそれを見ている事しか出来なかった。


「師匠……今のは眠らせたんですね」

「……そうよ。娘に魔法を掛けるなんて最低の親よ。でも、あれ以上言い合っていても変わらないし、体力的にも限界だったろうしエリスの魔力消費も激しかったから下手したら魔力欠乏症になりかねないと思ったのよ」


 シーマの判断は間違ってないとハルトは感じていた。

 長時間の魔力使用により、体内から魔力がなくる事で起きる魔力欠乏症は馬鹿に出来ない病である。

 状態としては貧血に近く、体から力が抜けていきその場に倒れてしまうものである。

 大人ならまだしも、子供が発症したら命に関わるものだと言われており、最悪死亡するケースもある。そんな最悪な事故を防ぐためにもシーマが取った行動は自分の娘の命を守る行動として正しかった。


「……すいません。俺が直ぐに止めていれば」

「そうね。でも、あの時のハルトには迷いがあってエリスを止められなかったでしょ。怒鳴ってしまったけれど、この子を見ていればその気持ちが分からない訳じゃないわ」

「……すいません」


 ハルトが深々と頭を下げると、シーマが軽く肩を叩いた。


「とりあえず、今日は帰りなさいハルト。日も暮れて来たし、また明日話しましょ」

「はい……分かりました」


 そうして最終試験は終了となり、ハルトは自宅へと肩を落としながら帰宅した。

 次日、改めてエリスの元へと行こうとするも、突然の嵐により行く事は叶わなかった。

 さらに運悪く、その嵐の影響が長引きその次日も、更に次日もエリスの元へは行くことが出来なかったのだ。そしてそこにタイミングも悪く学院の進学試験を向えてしまい、数日間向かう事が出来なかったのであった。

 結局、エリスの元へと向かえたのは最終試験を行った日から、九日も経過してからであった。

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