第4話 目指すべきもの

 話し合いの場には初めはエリスもいたが、直ぐにシーマがエリスに対して外で遊ぶようにと自然に席を外させ、ハルトとシーマの2人きりになった所でこれまでの経緯をそれぞれに話す事になった。


「なるほど、あの日死ぬ寸前に偶然逃げた商人が持っていた転生の書で、この300年後の世界にハルト・ヴェントとして新たな生を受けたと。しかも、前世の記憶や力は引き継いだ状態で」

「はい。俺もどうして転生の書があの商人が持っていたのか不明ですし、何故発動したのかも分からないです。そもそも転生の書でなければ、こうして転生出来てないと考えたため、そう考えているだけで真実は分からないんです」

「まぁその辺は、運が良かったとしか言いようがないな。今となっては300年も前の話だ、お前の仮説を信じた方が話は早い。嘘とも思えないしな」


 シーマは両腕を組み足も組んだ状態で、今までの経緯をそこまで驚く事なく理解していた。


「(何と言うか、最初にこの家で会った時の師匠とは全く真逆と言うか、こっちの方が俺は身慣れてるけどエリスの前だと親として振る舞っているだろうな……さすがにこれを言ったら、怒りそうだから言わないけど)」


 そんな事を思っていると、シーマはハルトの考えている事が分かったのか「何かお前、失礼な事考えてたりしてないか?」と訊ねて来る。

 ハルトは直ぐに首を真横に振って否定する。

 シーマは「そうか」と言って立ち上がると本棚の方へと向かって行く。

 それを見て安堵の息をついていると、シーマが本棚から本をとって来て机の上に置いた。


「グレイ、いや、ややこしいから今の名前で呼ぶぞハルト。私のことも師匠やメイスではなく、シーマと呼べ。いいな?」

「はい、分かりましたシーマさん。それで、俺の方は話しましたがし……じゃなくて、シーマさんの方はどうしてこの世界で生きてるんです?」

「それを今から話す。ハルト、お前は死んでから転生するまでの300年間の空白は何かで読んだりして理解しているか?」

「一応ある程度読めるものは本などで読みましたが、正確な部分は100年前までって所ですかね。今通っている学院でもまだ、読んでいるところです」

「それならお前は既に知っているかもしれないが、今この世界にはかつて始まりの魔女と呼ばれた存在の後継者らが表舞台に出ている。本来は世界の均衡を守る為の存在で表舞台に出る必要はなかったはずだが、今や世界の中心とも言える存在になっている」


 始まりの魔女は、かつて300年前に世界の均衡を守る五人の事を呼び、シーマもそのうちの一人『色彩の魔女』と呼ばれていた。

 五人の魔女たちは、決して表舞台には立たず陰から世界の均衡を守っていた存在であり、素性や名前に人相すらごく一部の者しか知らない存在であった。

 シーマが何故始まりの魔女を気にかけていたというと、始まりの魔女は過去に一度全員瀕死の重体となり存在自体がなくなっているからだと語る。


 それはハルトが死亡してから数年後にとある戦いが起こり、魔女全員が協力し事態を収めた出来事があった。そこで一度魔女という存在はこの世から消えたのである。

 シーマはその後、身体を癒すために自身を氷付けにし、永い眠りについた。

 その後、身体が癒え目覚めた時には290年以上経過したこの時代であったと語る。


 目覚めた後今の世界を知るために旅し続けていた中で、恋人が出来、結婚をしてエリスを生んだのだと教えてもらう。

 シーマ自身も名前を少し変えており、メイス・メイスキーではなくシーマ・アーネストと名乗り、魔女の力や始まりの魔女であった事は全て隠し続けていた。


「この時代にいる理由は分かりましたが、そこまで始まりの魔女を気にする必要はないと思いますけど。確かにその名前は目にしてますけど、特に悪さをしてる訳じゃなさそうですし、警戒しなくても」

「まぁそうかもしれないが、わざわざ一度消えたはずの始まりの魔女の名前を使うなんて、ろくな奴じゃなさそうな気がするんだよ。もし、そいつらと接触しても関わりを持つなよハルト」

「何でそう思うんですか?」

「直感」


 その言葉にハルトは師匠らしいなと苦笑いをする。

 それよりも、シーマら始まりの魔女で対処した事件の方が気になりそこを問いかけると、魔物らを合成するバカな実験をした研究機関の後始末だと呆れた様にシーマは語った。

 始まりの魔女五人がかりで、瀕死の重体まで追い込まれるほど魔物を作り出すなんて危な過ぎる機関もあったもんだなと思いつつ、それを軽く話せるシーマもすごいものだなとハルトは思うのであった。


「とりあえず、この本をお前に渡しておく。私なりにこの世界の事を調べた物だ。何か役に立つかと思うからな、一応読んでおいてくれ」

「分かりました、ありがとうございます」

「お話はもう終わった?」


 そこに突然外に行ったはずのエリスが話し掛けて来たので、二人は驚く。


「エリス、いつからいたんだ?」

「ついさっきだよ、師匠。それより、お話終わったなら稽古してよ師匠。一人で待ってるのもう飽きた」

「あはは……なるほどね。と言う訳ですけど、いいですかねシーマさん?」


 そのままシーマの方を苦笑いしながら向くと、小さくため息をついた。


「そうだな。お前が師匠と言うのはまだ早いから、一時的に家庭教師としてエリスの面倒を見る事を許可しよう」

「家庭教師ですか?」

「師匠は師匠じゃなくなるの?」

「そうだよ、エリス。今日からハルト君は師匠じゃなくて、先生だよ」

「師匠が先生。うん、師匠は教え方とか分かりやすいし、先生もピッタリだね」


 ふと出たエリスの言葉に、シーマの方を見るとシーマも同じくハルトの方を見ていた。教え方が上手という言葉に互い驚き見合っていたのだ。

 ハルト自身誰かに何かを教えるのは初めてであり、上手いかどうかは実感がなくただエリスの覚えがいいものだとばかり思っていたのだった。

 またシーマもハルトが誰かに何かを教えるのが上手いのかを知らなかったが、エリスの理解力そして上達具体から教えている者は才能があるのだと薄々感じてはいた。しかしそれがハルトであるのに改めて驚いていた。 


「確かに今思えばエリスの話や理解度から、教え方は間違ってはないと私も思っていた。お前は意外と、教育者に向いているのかもなハルト」

「師匠が先生になるの凄く似合ってるよ!」

「俺が先生か……」


 ハルトはこれまで、これと言ってやりたい事がなかったが、ここまで言われるともしかしたら自分は教育者に向いている事なのではないかと思い始めるのだった。


「(先生か……身近で言うと学院の教員とかだな。全く考えた事なかったが、エリスだけでなく師匠にまで褒められると、少し調べてみたくなるな)」

「と、言う訳で改めてハルト先生。早速エリスの教育プランを出してもらうか。私が納得する物じゃなきゃ、家庭教師は解任だ」

「ちょ、ちょっと! 何で急にそんな事言うんですか?」

「何でって、お前がエリスとの師弟関係を続けるにあたってお前が出して来た条件だからだだろ」

「あっ……そうでした」


 だがそれは、ハルトがエリスが師弟関係を続ける為に提示していたものであったが、家庭教師としても変わりはないかと納得するのであった。

 師弟関係ではないが、当初の目的はまだ続けられるなと考える一方でハルト自身も久しぶりに師の教えを請おうかと考えるのだった。


 そうしてハルトは、エリスとの師弟関係を家庭教師として形は変わったが許可を貰え、さらには300年前師匠であったシーマともまさかの再開も果たす。

 そしてこの日がキッカケとなりハルトは後に、学院教員を目指し新たな目標を作り歩み出す日にもなったのであった。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 家庭教師となった日からシーマに対し教育プランとゴール目標を提示する事、何十回目でようやく許可を貰えた。

 その間エリスに何かを教える暇もなく、ただただシーマに練り直したプランを話す日々が続きエリスもその期間は暇そうに習った魔法の練習や体術練習をしていた。

 その後、一年間限定の家庭教師としての関係がようやく始まった。


 何故限定かというと、計画内容的に一年間でエリスが目標を達成出来るとシーマと共に判断した為である。また、来年にはエリスも学院生となり寮生活が始まることが決まっていたからでもあった。

 それからは、毎日学院終わりにエリスの家へと向かい家庭教師として指導をする日々を過ごし、あっという間に半年が経過した。


「そろそろ寒くなってきましたね、先生」

「そうだねエリス。それじゃ、今日も完全に日が陰る前にやってしまおうか」

「はい!」


 本日はエリスの体術の相手をした後、魔法の基礎となる魔力の扱い方について教え、そのまま課題を与え見守っていた。


「お疲れ、ハルト」

「シーマさん」


 シーマから暖かい飲み物を手渡され、ハルトはありがたく受け取り一口飲む。


「それでエリスの調子はどう?」

「順調ですよ。と言うか、順調過ぎて予定より少し早いですね。前から伝えてはいますが、彼女は飲み込みが早くあっという間にこちらの教えを自分の物にしてますね」

「流石は私の娘ね。それじゃ、最終試験を早める?」

「それも考えましたけど、そこはずらさずに座学を増やそうかと思います。エリスは実践系の進みはいいのですが、意外と座学が苦手みたいなのでそっちに力を入れようかと」


 その提案にシーマも思い当たる節があるらしく反対はせず、その方針で今後進めていく事となった。

 現状、エリスのゴールは基礎能力の向上と将来を見据えた身体作りだ。

 身体作りには体術を取り組ませつつ、体幹・筋肉トレーニングも進ませている。

 その為、魔法は下級のものしか教えず後は魔力の扱い方や知識を中心に教えていた。


「それでハルト、この先お前はどうするか決めたのか? 将来的には進学はするのか?」

「はい。少し前までは親孝行の為に、とりあえず優秀な学院を卒業して平和に暮らしていければいいと考えていましたが、今は教育者に興味があるので専門学科へ進もうかと」


 エリスの成長具合に合わせ指導内容を変更したり、学院生としても変わりなく生活している中で、ハルトは興味を持ち始めていた学院教員についても調べ進めていた。

 この世の学院制度は年齢によって初等、中等、高等と別れており一定の成績を収めることで進学もでき、他学院への転入も別途試験はあるが行える。

 高等卒業後にも学びを続ける者は、専門学科の学院に通うことが認められているが優秀者でないと合格が出来ない難関場所となっている。

 教育者への道は専門学科へ進み資格取得しなければいけないため、意外にも険しい道のりである。


「ほぉ~本当に先生に興味が出て来たという事か」

「まぁそんなところです。想像以上に厳しい道のりで大変そうですが、高等へ進級したらもう少し時間を使って目指してみようかと思います」

「そうか。エリスも来年には初等の学院生にもなるし、今よりはお前の時間も増えるだろう。せっかくの二度目の人生だ、目指したいものが見つかったのなら、それを目指して時間を使えハルト」


 ハルトその言葉に頷くのと同時に、少し寂しさを感じた。

 

「(そうか、残り半年でこの忙しい生活も一旦終わりか……)」


 その後、貰った飲み物を一気に飲み近くの机にコップを置いて、エリスの方へ駆け寄りに行った。

 先の寂しさよりも、今出来ることを全力でやろうと改めて考えたのだった。

 そんな光景をシーマは優しく微笑みながら見守り続けた。


 それから更に半年が過ぎ、家庭教師としてハルトがエリスに最終試験を行う日を迎えた。

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