第30話

「まさか……」


 ステルノは驚愕の表情のまま口を開く。


 何か気配を察して振り返ると、2人の『マスク』が立っていた。


 おもむろに仮面を脱ぐ。現れたのは、金髪のリーゼントみたいな髪型をした目つきの悪い男と、綺麗に金髪をロールさせた少女だった。


「デロフ! アンナ!!」


「よう……、ステルノ。随分と顔が冴えないようだけど、どうした?」


「ハーイ、お姉様。正義の味方がやってきたわよ」


 デロフは口端を歪めて笑い、アンナは己の恰好を見せつけるように手を振った。


「あんたたち、最初からライハルトについていたの!!」


 ステルノは荷台の縁を掴み、身を乗り出す。


「おいおい。さっきのライハルトの話を聞いてなかったのかよ」


「1度でいいから、ステルノ姉様をぎゃふんと言わせたかったけど、まさかダツゼイしていたなんてね。ダメよ、姉様。ダツゼイはダメ!」


 デロフは声を低くして笑えば、アンナは覚えたての言葉をひけらかすように連呼する。


 多分、ステルノがどんな罪を犯したかわかってないな。


「まあ、そういうわけです、ステルノ姉さん」


「そういうわけって……。どういうわけよ」


 ステルノの唇は震えていた。


「僕に言わせるんですか、姉様。僕の別荘で、ドヤ顔で僕の正体を暴こうとして間違えた時、あなたはデロフ兄さんと、アンナ姉さんにも担がれていたんですよ」


「――――ッ!!」


 ステルノは息を飲む。


 今にも白目を剥いて卒倒しそうなまでに、追い詰められているような気がした。


「でも、さすがはステルノ姉さんだね」


「何を……。慰めなんかいらないわよ」


 ステルノは怒っていた。そりゃそうだろう。まさか俺だけではなく、家族が、俺の暗躍に荷担していたんだからな。


「だから、姉さんは凄い。あなたを騙すだけで、これだけの人数が必要になったんだから」


 馬車の周りを見せる。


 エニクランド陛下をはじめ、フェンブルシェン、テテューパ、デロフ、アンナ、レインダー伯爵。もっと言えば、ステルノ姉さんが用意した反政府組織も、俺の策謀のキャストと言えるだろう。


 可哀想なのはグラトニア兄さんかな。三族会議の警備の任務をビシッと決めて、長兄としてアピールしようとしていたのを、実は知っていたのだけど、今回の件で評価が有耶無耶になってしまった。


 いや、俺が三族会議上に現れたことによって、評価を下げたかもしれない。


 ステルノ姉さん以上に、泣きたいのはグラトニア兄さんかもしれないな。


 ごめん、グラトニア兄さん。


「ステルノよ」


 ついにエニクランド陛下が荷台ぶたいに上ってくる。


 まるで悲劇のヒロインのように大勢を崩し、呆然としていたステルノの前に立った。


「少々の水増しなら可愛いもの……。しかし、2万人はやりすぎだ。プライドの高いお前のこと、商売がうまく軌道に乗らない焦りから、奴隷を使った脱税を思い付いたのであろう」


 エニクランド陛下の言葉に、ステルノは観念して、首を振った。


 そんなステルノに厳しい言葉をかけるかと思いきや、エニクランド陛下は逆にステルノの頭を撫でる。


「陛下……」


「お前の中に流れるガル族の血……。それがお前を孤独にしていることを余は知っている。しかし、努々忘れるでないぞ。お前の中には、ガル族の血と一緒に、余の血も流れていることを」


「陛下の血……」


「ドラガルド王国の国王の血では不足か?」


「滅相もございません」


 ステルノは反射的に平伏した。


「ならば困った時は、余を頼れ。余はいついかなる時も娘の味方だ」


「ありがとうございます」


 最後に自分の娘の肩を叩く。


 ステルノは深々と頭を下げた。


 これで、ひとまずめでたしめでたし。


 とは、いかなかったようだ。


「ライハルトよ」


「はっ!」


 俺は膝を突き、陛下の前で頭を下げる。


「お前にも縄を打つ。……罪状はわかっているな」


 ははっ……。やっぱり。


 そうなるよな。


 俺は荷台の上で苦笑し、言われるまま縄で両手を縛られるのだった。



 ◆◇◆◇◆



 ステルノを追い詰めるためとはいえ、俺は――いや『マスク』はちょっと調子に乗りすぎてしまった。


 闇市場から違法奴隷を買い上げた貴族を罰するまでは良かったのだが、『マスク』の存在を見せつけるために焼き討ちまでしてしまったことが、王都騒乱罪に引っかかってしまったらしい。


 1点補足しておくと、2万人のリストと違法奴隷は関係がない。


 俺が叩き潰していたのは、あくまで自分の独自調査で違法奴隷取引した貴族たちだ。


 勿論、陛下なら簡単に握りつぶせるだろう。ステルノが言ったことは、本当だ。俺を次期国王にするためなら、おそらくどんな手段を使ってでも、罪を潰すだろう。


 俺だからわかる。陛下から漲る次期国王のプレッシャーは凄まじいのだ。


 今回のステルノとの一件は、エニクランド陛下としては、脱税を証明することよりも、俺に花を持たせたかったのだろう。本来は北の異民族との戦いで初陣を飾らせたかったところだが、その侵攻が唐突すぎた。


 用意ができないまま、虎の子の俺に安全に初陣を飾らせるわけにはいかない。ならば、提示してきたのが、2万人の奴隷の謎だったわけだ。


 それに俺とステルノの力関係をはっきりさせるためでもあった。


 王国内にある次期国王の評価は、俺の次がグラトニアということになっているが、現実的に考えて長兄に任せるのは、怖いと考える人間が多い。


 あまりに能力として凡庸で、社交界でも影が薄い兄では、人気商売でもある国王には、ふさわしくないという意見があるからだ。


 国王は長兄があるべし、と旧態依然とした考えをもつ老人たちに推されて、次席に座っているが、実際君主としての能力は、俺の次はステルノだと考える者が多い。


 俺はそのステルノを脱税の容疑で捕まえ、名実ともに王位継承戦のトップに立つ(元からトップではあったが)。


 後顧の憂いを断つという意味でも、ステルノの評価を下げておきたかったのだろう。


 この辺りで、すでにわかると思うが、エニクランド陛下が俺を次期国王に推したいという気持ちはかなり強い。ステルノの言う通り、仮に今回の首謀者が俺であるなら、おそらく全力を持って火消しをしていただろう。


 仮に俺があの時、次期国王指名式で断ることをあらかじめ演技として話して置かなければ、陛下は迷いなく俺を次期国王として固めていただろう。


 げに恐ろしきは、エニクランド陛下なのだ。


 俺にとっては魔王……いや、社畜王が今、どこにいるかというと、俺の目の前に立っていた。


 間には、俺の腕を以てしても切ることができない格子があり、その間からエニクランド陛下の顔が見える。


「全く……。どういうことだ、ライハルト」


 顔を合わせるなり、エニクランド陛下は息を吐いた。


「なんの事でしょうか?」


「三族会議の時だ」


 エニクランド陛下の眼光が、一際厳しくなる。


 ゾッと股下が寒くなり、膝が笑いそうになったが俺は堪える。


 陛下の発言が意味するところは重々承知していたが、あえて質問を返した。


「だから、なんの事ですか?」


「しらばっくれるな、ライハルト。三族会議の時に、『マスク』の下から出てくるのは、デロフヽヽヽだったはずだ!」


「ああ……。そのことですか」


「そもそも『マスク』はデロフにやらせる予定だった。なのに、何故お前自身が仮面を被った。仮面を脱がした時、心臓が飛び出るかと思ったぞ」


「父上があそこまで驚いた顔は初めてみました」


 あの時は、逆に俺は笑いそうになった。


 ざまーみろだ。


 この世界にスマフォでもあれば、1枚ぐらい写真を撮っていたかもしれない。


「戯れ言はもうよい。真実だけを話せ」


 エニクランド陛下は顔を赤くする。


 まるでお伽噺に出てくる鬼だな。


 食われる前に、真実を話しておこう。そう言えば、嘘が嫌いな鬼がいるという話があったっけ?


 何の話だったかな?


「特に深い理由はありませんよ。デロフ兄さんではさすがに役不足だっただけです。兄さんが、僕のように立ち回るなんて、さすがに無理がありますよ」


「ならば、せめて三族会議の場だけでも、デロフとすり替わっておれば、注目を集めることはなかったのではないか?」


「周りはグラトニア兄さんが、しっかり固めてました。デロフ兄さんの魔法の技量で、あそこを突破するのは難しいでしょ」


「しかし、お前はこうして――――」


 言いかけて、エニクランド陛下は無理矢理抑えた。


 陛下の怒りはわかる。


 次期国王と目されたライハルトが、今こうして獄にいるからだ。


 あの場でステルノを捕まえた俺を称えることもできたが、『マスク』が犯した罪を、捜査に当たっていた衛兵や、他の部族の長の前で見て見ぬ振りをする訳にはいかなかったのである。


 違法奴隷についての調査を促したフェンブルシェンとて、そこまでしろとは言っていなかっただろう。


 君主として、父として、エニクランド陛下は、ステルノと俺を獄に繋ぐしかなかったのだ。



 故に、俺は次期国王を免れた。



 とはいえ、一時のことなのだろう。


 少なくとも牢獄から出てきて、いきなり次期国王に指名されることはない。


 エニクランド陛下にしても、焦る必要はないと考えているはずだ。ゆっくりと息子の汚点が、時に洗い流されるのを待つつもりだろう。


 その陛下は改めて俺の方を向き、睨む。


「よもやライハルトよ。本当にお主、次期国王になりたくないと思っておるのか」


 その通りだよ、父上。


 俺は元々社畜なのに、転生してまで仕事に溺れるような生活はしたくない。


 自由に優雅なプリンセスライフを送るのが俺の未来である。


 そのためならどんな手段でも使おう。


 たとえ、目の前の国王と対峙することになってもだ。


「なりたくないとは申しません。ただ僕が本当に、この国の君主としてふさわしいかどうかわからないだけですよ、父上」


「…………」


 父は何も言わない。


 外套を翻し、かび臭い地下牢獄から出て行った。


 重い鉄の扉が閉まる音が、戦いの銅鑼のように牢獄に鳴り響く。


 これは転生した俺が、国王にならないために暗躍するお話。


 そして俺を国王にしたい父親と、国王しゃちくになりたくない王子の話である。



~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~ ※ ~


ここまでお読みいただきありがとうございました。

ひとまず、本話で最終回となります。


更新が変則であったり、作者の技量不足のところもあって、

あまり人気が出ませんでしたが、

こういう作品は割と好きなので、次回作に活かしていきたいので、

ご意見などをいただけると嬉しいです。

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転生王子は暗躍する~自由に生きたいので、王位継承戦を影から操ることにします~ 延野 正行 @nobenomasayuki

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