四章 この夏を〝正解〟にする為に

幸せな朝

 カーテンの隙間から太陽の光を感じたと同時に、頬をつんつん突かれる感触がした。

 ゆっくり目を開けると、そこには俺の腕を枕にして横になっている銀髪の少女がいた。俺の頬を突いて、幸せそうな笑みを浮かべている。その笑みには、昨日までにはなかった艶やかさが加わっていた。


「あ、起きた。おはよう、悠真ゆうまさん」

「……おはよう、絃羽いとは


 一瞬、なんだこの状況はと思って混乱したが、布団の周りには脱ぎ捨てられた着衣と、パジャマの上だけ羽織った絃羽。それらから、状況を思い出すまでは一秒と掛からなかった。それと同時に、昨夜この部屋で交わされた想いが夢でないと改めて理解する。

 絃羽の頬に手を当てて、指で撫でてやると、くすぐったそうに身をよじらせていた。その拍子に、彼女の柔らかい肌が俺の体に擦れて、ドキッとする。

 今、彼女はパジャマの上を羽織っているだけだ。前のボタンは開いていて、彼女の柔らかい肌が俺の肌と密着している。朝からあまりに刺激的で、脳が沸騰しそうになる光景だった。

 自分の衝動が抑え切れない危険性があったので、思わずタオルケットを彼女の肩まで被せて、その雪の様に白い肌を隠す。絃羽も俺の行動の意図に気付いたのか、顔を赤くして慌ててボタンを閉めている。

 こうして朝になってみると、何だかお互い照れ臭い。照れ臭くて恥ずかしいけれど、満たされていて、幸せな朝だった。


「……今日、部活は?」


 何となくこの空気に耐えられなくなって、わかっている事を敢えて訊いてみる。


「あるよ。補習も」

「じゃあ、そろそろ起きないとな」

「うん。でも……あと少しだけ、こうしてたい」


 もぞもぞと動いて俺に身を寄せ、首元に鼻をくっつけてくる。なんだか甘えてくる小犬みたいだ。そんな彼女が愛しくなって、その白銀の髪にキスをして、優しく髪を撫でた。


 ──こんな幸せな朝があるんだな。


 天井を見て、ぼんやりと思う。

 絃羽の匂いを嗅いで、体温と感触を感じて、どうしようもなく愛しい気持ちが溢れてくる。絃羽の重みを腕に感じながらも、その重みですらも幸せで、こちらを見てくすっと照れ臭そうに笑う彼女が可愛くて、抱き締めたくなってしまった。

 窓の外では朝から蝉が騒がしく鳴き叫んでいて、今日も暑くなるぞと知らせてくれているようで。でも、この夏がいつまで続くものではない事も同時に知らせてくれているようだった。

 夏はそう遠くない未来に終わってしまう。絃羽の夏休みも終わるし、俺だってここにずっといるわけにはいかない。

 この選択を〝正解〟にする為にも、道を模索していかないといけないのだ。でも、今だけはそれを、もう少しだけ後回しにして、この時間を堪能したい。


「そういえば、前に蝉食わして起こそうとしたよな」

「え、誰が?」

「お前だ、お前」

「わ、私はそんな酷い事しないよ?」

「嘘吐け!」


 往生際の悪い事を言うので、擽ってやると身をよじって逃げようとしていた。

 楽しそうに笑う彼女と迎える毎朝。これを実現しようと思うと、俺も今のままではいけない。改めて、そう思うのだった。

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