第2話 招集

 午前4時半を回った頃。一人の男が公園のベンチでタバコを吸っていた。そこに一人軍服を着た若い男が近づいてきた。

「ここに居たんですね、ノーマン大尉。家に居ないなら一報くださいよ。」

若い男がそう言うとノーマンの隣に座る。

「ハイエン、何の用か知らんが俺は今休暇中だ。報告義務は無い。」

煙を吐きながらノーマンは男を見もせずに答える。

そう言うノーマンだが何の用でハイエンが自分の所に来たのかわかっていた。

旧知の仲のハイエンが制服で来た事、自分の事を大尉と階級を付けて呼んだ事。

それが意味するのは緊急事態と言う事だろう。

それも国家を揺るがす程の。

「大尉。特殊部隊員に休暇なんてあって無いようなもんですよ。それも大尉程の腕を持つとね。」

ハイエンは笑いながら煙草に火を付け言う。ライターを懐に仕舞いながらノーマンに封筒を渡す。

「ハッピーバースデイ、大尉。」

ノーマンの誕生日は今日ではない。

ハイエンはいつも人に何か渡す時にこう言うのだ。

「嫌なプレゼントだ。」

そう言いながらもノーマンは封筒を受け取り開く。

中に入っていた報告書を読み自分が呼ばれた理由を知る。

少し笑みを浮かべながら「ハイエン。」と呟く。

「んあ?」

油断していたハイエンは間抜けな声を出す。

「何ですか?気持ち悪い顔してますよ。」

ノーマンの表情を読み取れず、失礼に返すハイエン。

それを気にせずノーマンはニヤリとして一言。

「忙しくなるぞ。」


 報告書の内容は以下の通りだった。


簡易報告書 南方国境防衛大隊

・0226 国境南南西40キロ 旧文明の遺跡 強い閃光を確認 爆発と断定

・0232 観察の結果旧文明の『核兵器』ではない事を確認

・0235 調査隊を編成、出発

・0328 現地到着を閃光弾と有線通信で確認

・0330 調査隊がユディーナ教の神父団発見

・0340 本件の指揮権を中央情報群に譲渡 以降調査隊は現地警戒に移行


簡易報告書 中央情報群

・0332 ユディーナ教の神父から情報共有 優先度、信頼性が共に高いと判断し司令が無線を受ける

・0338 司令判断により本件を中央情報群が指揮を執る旨を南方国境防衛大隊に通達

・0340 正式に指揮権が中央情報群に譲渡

・0345 司令 状況を鑑み皇帝に報告

・0350 皇帝 緊急事態を発令

・0350 中央情報群解析大隊のハイエン軍士長に同群強襲大隊ノーマン大尉の招集を指示

・以降 ノーマン大尉の到着待ち


 司令部に向かいながらノーマンから報告書を受け取り読んでいたハイエンは愚痴を漏らす。

「なんすか?この報告書?簡易も簡易過ぎて何にもわからないじゃないですか。」

ハイエンは自分が所属している部隊が作ったとは思えない報告書を適当に鞄に仕舞ながらノーマンに愚痴を言う。

「それほど形にしにくいと言う事だ。それにこれだけあればある程度理解できるだろ?」

ノーマンはハイエンをなだめるように返す。

二人とも中央情報群という高度な情報を扱う部隊に身を置くのだ。

この報告書から得られる情報は多い。

遺跡で現代の技術では起こりえない爆発が遺跡で起こった事、それに大陸一大宗教のユディーナ教が絡んでいる事、そして特殊部隊員の自分が呼ばれた事。

それが示す事は限られる。

ハイエンは

「確かに。」

と言いながら2本の煙草に火を付け片方をノーマンに渡す。

ノーマンはタバコを受け取る。

吸いながらポケットからメモ用紙を取り出し何かを書き始める。

そのまま二人は中央情報群がある基地の正門に辿り着いた。

ハイエンはメモに集中しているノーマンの代わりに身分証を提示し、中に入る。

「このリストの隊員をすぐに集めろ。遠くにいる隊員も入ってるが気にせず呼び出せ。」

ハイエンはメモを受け取り見る。

「中々のメンツ…って僕もいるじゃないですか。なんとまぁ律義に…まぁ集めますよ。待っててください。」

そう言うとハイエンはノーマンとは別の方向に走り出す。

ノーマンはこの後に待っている任務の難易度と不可能と考えていた目標を達成できると言う思いを胸にタバコを捨てて司令部に歩みを進める。


 ノーマンが司令部の扉を開けると中では多くの隊員が慌ただしく動いていた。

隊員たちをかき分け指令室の扉をノックし、名乗る。

すると中から「入れ。」と帰って来た。

ノーマンは扉を開け中に入る。

中にはよく知った男が二人いた。

机に腰かけ葉巻を吸っているのは中央情報群司令官マーカレウス中将。

そしてソファに座っているのはこの国を治める皇帝その人だ。

「敬礼省略。座りなさい。」

皇帝が静かに言う。

静かながらも重く鋭い声に動じることなくノーマンはソファに腰かける。

「休暇中にすまないな。報告書にもある通り緊急事態だ。」

中将が机からソファに移動しながら詳細を話し始める。

「問題はユディーナ教の神父団からの情報だ。まず、神父団はただの神父の集まりじゃなかった。奴らはエスペーダの翼。無論知っているだろう?」

ノーマンはよく知っている集団の名を聞きこの件がより深刻だと理解した。

ユディーナ教は非暴力を掲げており、神父はいかなる場合でも力を振るわない。

しかしエスペーダの翼は別だ。

彼らはユディーナ教の暗部だ。

この大陸においてユディーナ教が一大宗教となっている所以の一つ。

異教徒共への暗殺、布教妨害等どんな汚い仕事でもユディーナ教の為ならなんでもする集団だ。

「彼らが言うにはこの一件には南の大陸の宗教セガーニ教が関わっているらしい。」

中将は葉巻を揉み消し続けた。中将の説明をまとめると以下の通りだ。


異教徒共はある『聖遺物』を所持していた。

その『聖遺物』が適応する遺跡を探していた。

それが今回爆発した遺跡だった。

異教徒共はその遺跡に『聖人の遺体』があると考えていた。

エスペーダの翼は『聖遺物』と『聖人の遺体』を奪取するために追っていた。


中将はそこまで話すと新しい葉巻を取り出し火を付ける。

「これが伏せていた情報だ。厄介だろ?」

中将は煙を吐きながらぼやく。

するとここまで口を閉ざしていた皇帝が口を開く。

「そこで大尉にはエスペーダの翼と共にこの遺跡の調査を命じる。まだ夜明け前で爆発跡地はクレーターができているという報告しか来てはいないが、絶対に何かあるはずだ。」

皇帝からの命令はノーマンの予想通りだった。

エスペーダの翼との共同作戦とは想像しなかったが彼らもプロだ。

うまく連携できるだろう。

「人員は調査に必要な人間を妥協無く選べ。人事部には話してある。」

中将が期待する様な顔で言う。

それに対しノーマンは笑いながら返す。

「すでに選抜しハイエンに招集させています。半数はすぐに集まるでしょう。」

ノーマンの言葉に今まで厳しい顔をしていた皇帝もニヤケる。

「やはり君を選んで良かった。頼むぞ。」

皇帝はノーマンに手を差し伸べながら期待の言葉を述べる。

ノーマンは握手を返し命令を受託する。

「作戦を開始します。」

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