第一章:今日から私が貴方の守護天使/05

「――――まず単刀直入に言わせて貰うが、今回の仕事は要人護衛だ」

 真剣な顔で言う鏑木の突拍子もない一言に、レイラは「護衛?」と首を傾げる。

「護衛の仕事だったら、私よりも彼の方が……ハリー・ムラサメの方が適任じゃないかしら。彼は要人護衛のプロフェッショナルよ。私よりもよっぽど適任だわ」

「まー、普通に考えりゃそうなんだがな。生憎と奴は今、中々に厄介な案件を抱えてるらしくってな。どうにも手が離せねえらしいんだよ」

 自分よりも適任だと思った同業者の名を出したレイラに、鏑木はそう言って。その後で「それに、今回はクライアント直々にお前さんをご指名なんだ」と続けて言った。

「私を……?」

「そういうことだ。詳しくは後で話す、まずは黙って聞いてくれ」

 レイラがええ、と頷いて相槌を打つ中、鏑木はその護衛依頼とやらの内容について彼女に説明し始めた。

「――――今回の仕事なんだが、ある坊主をお前さんに守って貰いたいんだ」

「名前は?」

久城くじょうれん。あの久城コンツェルンの御曹司様だよ」

「久城コンツェルン……」顎に手を当て、唸るレイラ。「聞いたことがあるわ。日本でも指折りの大企業連……だったわよね?」

 それに鏑木は「ああ」と肯定の意を返し、

「その坊主が何者かに狙われててな。ソイツらが誰かは定かじゃねえんだが……クライアント曰く、既に脅迫文は受け取ってるらしい。目的は恐らく……坊主を人質に取っての脅迫だ」

「だから、その子を私に守れと?」

「そういうことだ」

 レイラの確認する言葉に鏑木は頷いた後、少しの間を置くと……「それと、もうひとつ。お前さんに伝えておかなきゃならないことがある」と言えば、どうにも言いづらそうな微妙な表情を浮かべながら、レイラにこう告げた。

「その坊主な、秋月の――――お前の師匠の、息子なんだ」

「恭弥の、っ……!?」

 ――――師匠の、息子。

 その言葉を聞いた途端、レイラは目を見開いて驚き、言葉すら失ってしまう。

 鏑木はそんなレイラの反応は完全に予想の範疇だったらしく、彼女の反応に特に驚きを示すこともなく。車のフロント・ウィンドウの向こう側、遠くの空を見つめながら、遠い目をしてこう呟いていた。

「まさか、秋月の野郎に息子が居たとはなあ。聞いたこと無かったぜ」

 それに対し、レイラは「ええ……そうね」と複雑そうな顔で頷く。

 ――――秋月あきづき恭弥きょうや

 レイラ・フェアフィールドの、闇の拳銃稼業である彼女の、スイーパーである彼女の師匠だった男だ。もう何年も前に他界している彼は、その技術の全てをレイラに叩き込んだ存在で……レイラにとって何よりも大事な、掛け替えのない存在だった。

 そんな彼に、息子が居たなんてこと……レイラはまるで知らなかった。

 どうやらそれは、恭弥の親友だった鏑木ですら知らぬことだったようで。鏑木は今こそ平然とした顔をしているが、しかしその奥底に未だ驚きの感情があることを……レイラは見逃さなかった。

「……で、だ。その坊主の写真がこれだ」

 二人の間に微妙な沈黙が漂う中、丁度信号待ちで車が停まったタイミングで、鏑木はそっとくだんの少年、レイラの師の息子だという久城憐の写真を差し出してきた。

 それを受け取り、レイラは手元の写真に視線を落としてみる。

「大人しそうな子ね」

 そうして写真を見てみれば、真っ先にレイラの口から飛び出してきたのはそんな感想だった。

 写真に写る少年の――久城憐の顔は、本当に温厚な少年そのものだったのだ。

 藍色の髪はセミショート丈、襟足が首元まで伸びている格好。色白で、顔つきも何処か優しげな感じ。とてもじゃないが、最強の名を欲しいままにしてきた超一流スイーパー、あの秋月恭弥の息子とは思えないぐらいに、憐は人畜無害そのものな風貌だ。

 だからこそ、生前の恭弥をよく知っているからこそ、レイラの口から飛び出してきたのはそんな感想だったのだ。

 そんなレイラの感想に対し、鏑木も「だよなあ」と同意する。

「んでも、めちゃめちゃ頭良い大天才らしいぜ? なんでもIQ200のとんでもないお利口さんだそうだ」

 続けて鏑木が言うと、レイラは「それが狙われている原因?」と彼に訊き返す。

 大天才というのなら、その人並外れた頭脳明晰さが狙われている原因だとレイラは思ったのだ。よくあるパターンというか、定番というか。優れた頭脳の持ち主がそういった事態に巻き込まれてしまうのは、映画なんかだと割とお約束の部類だ。

「いんや、詳しい理由は知らねえよ」

 しかし鏑木の口から出てくるのは、そんな否定の言葉だった。

「俺はあくまで仲介役だからな」

 続く鏑木の、ニヤニヤとしながらな……何処か無責任な言葉に、レイラは小さな溜息をつきつつ。信号が青に変わったのを見てアストンマーティンを発進させながら、重要なことを鏑木に問うていた。

「……それで、護衛の段取りは? 貴方のことだから、もう手筈は整えてあるんでしょう」

 それに対し、鏑木は「おう」と頷き。ニヤリとしながら、隣のレイラに向かってこう言った。あまりにも突拍子のない、こんな一言を。

「――――――レイラ、お前さんには学校の先生になって貰うぜ」

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