第一章:今日から私が貴方の守護天使/04

 アストンマーティンを走らせたレイラが向かった先は、とある私鉄の駅だった。

 駅のすぐ目の前、路肩にアストンマーティンを滑り込ませる。ハザードランプを焚いてレイラが車を横付けした先で、待ち人は既に彼女を待ち構えていた。

「おう、時間ピッタリだな」

 ニヤリとしながら、軽く手を振ってレイラを出迎える男こそ、くだんの鏑木孝也だった。

 ――――鏑木孝也。

 先に説明した通り、現職の刑事だ。年齢は五四歳と定年退職が見え始めた頃合いで、背丈はレイラより僅かに低い一七六センチ。オールバックに整えたアッシュグレイの髪と、着古して皺の寄ったグレーのスーツの上から常に羽織るベージュのトレンチコートがトレードマークだ。

「ヒトを待たせるのは趣味じゃないの。……乗って頂戴」

「おうよ」

「それで、何処へ行けば良いのかしら?」

「ま、とりあえず適当に走らせといてくれや」

 助手席に鏑木が乗り込むと、レイラは再びアストンマーティンを発進させ。とりあえずは彼の言う通り、街中をアテもなく適当に流し始めた。

「相変わらずイイ車だよなあ、お前のアストン」

 走り出したアストンマーティンの車内で、鏑木は言いながら……懐からマールボロ銘柄の煙草を取り出すと、極々自然な流れでそれを吸おうとする。

 すると――――レイラはそんな鏑木のこめかみに、懐からサッと抜いた拳銃を突き付けた。

「やめなさい」

 運転の手は止めずに、横目で冷ややかな視線を投げかけながら、レイラは鏑木に拳銃を突き付ける。

「私の車で煙草を吸わないで頂戴」

「へへっ、硬いこと言うなよ。俺とお前の付き合いだろ?」

 拳銃を突き付けられても物怖じせず、鏑木はニヤニヤとしながらそう言うが……しかし、レイラは冷ややかな視線を横目で流したまま、無言の圧力で彼を脅す。

 それに鏑木は小さく肩を竦め、「へいへい」と咥えていた煙草を懐に戻した。

「お前の煙草嫌いも相変わらずだよなあ。鼻が利きすぎるのも考えモンだぜ」

「生憎だけれど、便利なことの方が多いのよ」

 肩を竦める鏑木に皮肉を返しながら、レイラは突き付けていた銃をそっと引く。

 ――――レイラは、先天的に全ての感覚が常人より遙かに鋭敏なのだ。

 それこそ、空気の色が読めるように。彼女は空気の流れを肌で感じ取れるし、誰かの放つ気配や鋭い殺気なんかも聡く察知することが出来る。レイラの気配察知能力や、そういった感覚神経の部分は……常軌を逸している、と言わざるを得ないほどに鋭いのだ。

 ただ、そのせいか彼女は匂いにもかなり敏感で、特に煙草の類が大の苦手なのだ。酒の類もあまり得意ではないため、そういった嗜好の部分では……鏑木とは究極に反りが合わない。拳銃を突き付け、脅してまで煙草をやめさせたのは、そういった事情があってのことなのだ。

 ――――閑話休題。

「なあレイラ、チョイとその銃見せてくれよ」

 そうして鏑木は喫煙を諦めると、今度はレイラが右手に握り締める拳銃に興味を示した。

 レイラはまた鏑木に冷ややかな視線を投げかけるが、しかし鏑木は「ちょっとぐらい良いだろ? 別に減るモンじゃねえし」と引く気はない。

「……仕方ないわね」

 するとレイラも根負けして、諦めたように呟くと……右手の銃を手元でクルリと器用に回し、鏑木の方にグリップを向けた形で彼に差し出した。

「あんがとよ。相変わらず良い銃だよなあ」

 それを受け取った鏑木は、まるで高貴な美術品を見るかのような目でレイラの銃を見つめる。

「お世辞なら不要よ」

「いやいや、コイツはマジに良い銃だとおじさん思うぜ。確かお前さん専用のカスタムガンだったよな?」

「ええ」

1911ナインティーン・イレヴン……やっぱ良い銃だぜ。ベースは?」

「スプリングフィールド。強化スライドに強化バレル、ビーバーテイル・グリップにリングハンマー。リアサイトはボーマ―製の調整式よ。アンビの大型サム・セイフティに、ちょっとしたマグウェル。後は……トリガーは限界まで軽くしてあるわ。その方が私好みだから」

「フェザータッチ・トリガーって奴か。扱いにくくねえか?」

「普通はそうでしょうね。けれど私には丁度良いの」

「ま、そうだろうな。……弾は三八スーパーだったか。妙な弾使いやがるぜ。競技用のカートリッジだろ?」

「弾道が素直で扱いやすいのよ。速度も速いし、ある程度の距離までならレーザーみたいに真っ直ぐ飛ぶから」

「何処までもお前さん専用ってワケか。銘は……『アークライト.38』。ネーミングセンスは悪くねえな」

 鏑木がじっと見つめ、レイラが注釈じみた説明を加えるその銃は、彼女専用に……レイラ・フェアフィールド専用に調整され、組み上げられた特別なカスタムガンだった。

 ――――アークライト.38。

 今まさに鏑木が口にした通り、それこそがレイラの愛銃の銘だ。

 ベースはスプリングフィールド社製の1911。強力な四五口径弾を使うイメージが強い旧式の銃だが……レイラの物は敢えて四五ACPではなく、より小口径で速い弾速の競技用弾薬、三八スーパー弾を使う仕様になっている。

 スライドは側面のみが銀色になるよう磨き上げられた、黒染めとシルバーのツートンカラーが美しい強化スライド。前方に緊急用のセレーション……操作用の溝だ。それが追加で彫られている他、左側には『ArcLight.38』と筆記体のアルファベットで銘が彫られている。

 そんなスライドに乗せるのは、ボーマ―製のフル調整式の競技用リアサイト。加えてフレームにあるサム・セイフティ……安全装置は、大型で操作しやすい、尚且つ両利き対応のものに取り換えられている。

 また、銃身は金色のカスタムバレルだ。側面のみがシルバーに磨き上げられたスライドの隙間から覗く金色の銃身は、まさに美術品かと思うほどに優雅なものだ。

 他には軽量なリングハンマーと、ホールド性が高まるビーバーテイル・グリップの搭載や、底部の弾倉挿入口は操作しやすいように小さなマグウェルが追加されていたり、弾倉底部にもマグバンパーが追加されていたり。グリップパネルはローズウッド材の木製に交換されている上、延長された引鉄は極限まで軽くしてあるなど……カスタム部位を挙げていけばキリがない。

 ――――とまあ、些か説明が長くなってしまったが。とにかくレイラの愛銃、このアークライト.38は特別な一挺というワケだ。レイラにしか使いこなせない、彼女の為だけに調整されたカスタムガン。それが彼女のアークライトなのだった。

「……そろそろ返してくれるかしら。その子がヒトの手に握られたままというのは、どうにも落ち着かないの」

「ん? あー悪りい悪りい。ほらよ」

 いい加減に返してくれとレイラが言うと、鏑木はにひひ、と笑いながらアークライトを返してくれる。

 レイラは返却されたアークライトを再び懐のホルスターに収めながら、車を走らせ続けながら……コホンと咳払いをして。再び鏑木の方に横目の視線を流すと、本題に入ってくれと無言で彼に告げる。

 すると鏑木は「んじゃ、仕事の話に入るか」と言い、こうして直接会って話したいと言っていた内容を――闇の拳銃稼業、スイーパーである彼女に。レイラ・フェアフィールドに持ち掛ける、新たな仕事の話を始めた。

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