第4話 宮前先輩と、そのお家

土曜日、お昼に合流して町で遊んだ後。

私たちは夕飯の買い物をして先輩の家に帰宅した。


初めてあがる先輩の部屋は一人暮らしのワンルームで、思っていたより広かった。白とピンクを基調とした部屋は、物が少なくて整理整頓されている。

なんだか落ち着かなくて、失礼かなと思いながらも、きょろきょろと周りを見回した。


壁に掛けられたコルクボードには、私の知らない先輩の友達が写った写真が何枚か飾られていて、その中には葵ちゃんもいた。

当然だけど私の写真はなくて、私の知らない先輩の世界を感じてしまう。


「結ちゃん、買ったものこっち持ってきてー」

慌てて、はーい、と返事をして、先ほど持って帰って来た買い物袋を、キッチンにいる先輩のもとへ運ぶ。

ワンちゃんみたいねぇ、なんていうから、ちょっと迷って、わんわん、って控えめに呟いたら、先輩は何かに耐える様に目を瞑った。


「ここが私の家で良かった……」

「?」

「いい?他の人の前でそんな可愛いことしちゃ駄目よ?」

よくわからないけれど、先輩の気迫が凄かったので、素直に頷いておいた。


夕飯は、スーパーに入ってすぐのところに積まれていた人参を見た先輩の、「うん、カレーでいっか」の一言で、献立が決まった。

たぶん、ポップにあった“カレーや肉じゃがに”ってコメントをそのまま受け取ったんだろうな。

そんな単純なところが愛おしい。


その後は、玉ねぎを切って目を潤ませる先輩を見られたり、手際よく材料を切って調理していく先輩の姿が見られただけで、私はなんだか幸せだった。

私も野菜を洗ったり、皮むきをしたりと、自分にできるお手伝いをした。

普段からご飯はお母さんに作ってもらってるから、あんまりできないんだよね。

そうこうしているうちに料理は進み、部屋中に美味しそうなカレーの匂いが広がってきた。


「あんまり手伝えなくてすみません」と言うと、「え、沢山やってくれたじゃん。ほら、じゃあカレーできたから、お皿によそってもらおうかな」と、私の背中を押す。

そう言いながら、自分は冷蔵庫からレタスを取り出して、サラダを作る準備をしている。

抱き着きたいなぁ、ってふと思ったけれど、普段から葵ちゃんに「結はすぐ人にくっつくから、注意すること」と言われたのを思い出して、踏みとどまった。

黙ってお皿を出してふたり分の配膳の準備をした。





「ん~、美味しい!」

出来上がったカレーを一口食べて、「結ちゃん、一緒に作ってくれてありがと」と微笑む先輩は、本当に嬉しそうで私も頬が緩む。

「私も、先輩と一緒にご飯作って、食べられて嬉しいです。宮前先輩って、いいお嫁さんになりそうだなぁ」

「えー。結ちゃん、そしたら私を貰ってくれる?」

いいですよ、と返して、ふとこの間の光景が頭を過ぎる。気づいたら、そのまま口に出していた。


「先輩って、いま付き合っている人、いるんですか?」

んー、いないかな、と返された言葉に、あの人は彼氏じゃなかったのかと、ほっと胸を撫でおろす。

なんでこんなに安心しているんだろう。


「あ、そうなんですね。彼氏いそうなのに。もったいないな」

「あー、でも、好きな人はいるかも」

「え…」


それってもう、あの人で確定なのでは。


「どんな人か聞きたい?」と言ってくる先輩に、「いや、いいです」と返す。

今聞いたら、どんな顔していいか分からないから。

先輩は途端に不安そうな顔になって「どうかした?」と聞いて来る。

「え?何がですか?」と返すと、「だって、何か急に表情がぎこちなくなったんだもの」なんて言うから、ちょっと泣きそうになった。


何だろう。私は何でこんな気持ちになってるんだろう。

ただ先輩を独占したいのかな。恥ずかしいな。子どもみたいだ。


「結ちゃ…」

「何でもないです!それより、このカレーの写真、葵ちゃんに送ろうっと!」

「あ、うん」

「…あ、今日の家の夕飯は肉じゃがだったらしいです」

「え、葵、結ちゃんいないのに結ちゃんのお家で夕飯食べてるの?」

「え?そうですけど」


そう、というと、今度は先輩が黙り込む。少し眉間に皺が寄っている。

「あ、葵ちゃんとは幼馴染だから、ほんと家族みたいなもので…」

「……ごめん、ちょっとヤキモチ妬いた。子どもっぽいね」

「心配しなくても、葵ちゃんは先輩の……」

「もー!そうじゃなくてっ!」


「…もしかして、お風呂とかも一緒に入ってたり…」

「いや、ちいさい頃は入ってましたけど、流石に今は」

「……じゃあ、今日」

「いや、入りませんよ」


がっくりと項垂れた宮前先輩を見て、なんで先輩がこんな反応をするんだろう、と不思議に思った。

あれ、これはもしかして葵ちゃんにヤキモチを妬いたのかもしれない、と気づいてしまって顔がかぁっと熱くなった。

目が合うと、先輩は恥ずかしそうに笑って「ごめんね。早く食べよっか」と優しい声で言った。

顔だけじゃなくて、胸の奥まで熱くなる。どんな顔をすればいいのか分からない。

先輩、好きな人いるくせに。

今日、寝るまでもつかな、私。

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