【KACPRO20219】シンボリック・リンク~きみはどこにもつながっていない~【第9回お題:ソロ〇〇】

なみかわ

シンボリック・リンク~きみはどこにもつながっていない~

「通行証」


 詰所の警備員は、流れ作業的に手を出す。僕はその後のこともに、IDカードを見せる。その警備員おとこはいつも通りだろう、チラと見てすぐに返そうとした手を、止めて、またIDカードを見る。

「……おまえ、なの?」

「あっはい」

 だいたい「あっはい」と流しておけば、深いことは尋ねられない。相手もなぜソロかと踏み込んで聞いてしまえば、後々面倒なことに巻き込まれることもあるからだ。--警備員はそのままカードを僕に返し、次に並んでいる人を呼んだ。--いつも通りだ、と僕は駐車場に戻る。




 この世界では。


 この世界に生きて社会に参加するは、必ずもうひとり、世界のどこかに支援者フォロワーを持つ。人間の場合は20歳になるときに国から支給される、スマートフォンタイプの個識別端末ターミナルで、それが管理される。

 僕もその日のために、義務教育の情報工学実習で、個識別端末ターミナルの使い方を学んだ。卒業して就職して2年ほど--20歳を迎え、個識別端末が届いたが、僕だけ何日待っても、支援者の情報はダウンロードされてこなかった。--どうしてそうなったのかを知るために、僕は旅に出ることになる。


 最初は小さな旅だった。町の役場で、なぜ僕の個識別端末ターミナルのサブスロットにはフォロワーが表示リンクされていないのか、と、『個識別端末調整課』の窓口に行った。そこで偉い人が、緑色の文字が散らばるコンソールをいくらいじっても、答えは出なかった。

 次は県庁に行った。待ち時間が長くて、県庁食堂のカレーを食べた。町役場から紹介状をもらってきたんですが、と『支援者フォロワー相談室』で告げると、担当者はえっ、と言葉を失い、少々お待ちください、と数十分帰ってこなかった。水ボトルを買っていなかったから、カレーの味が口からなかなか消えなかった。担当者は偉そうな人と戻って来たものの、指紋がいっぱいついた21インチのタブレット端末を操作するだけで答えは出なかった。


 どうもこの件は、国の『支援者管理庁』にかけあわないとならないらしい。しかし、この世界の人は基本的にとつながっているので、どこかに連絡をつけるにしても、そのリンクをたどればよいのだが、僕にはそれがなかったから、自分で首都州にと言われた。この小さな県から国の首都州までは、とおほど越境をしないとならなかった。

 いわゆる電車や飛行機の類も、安全管理の面から、支援者の承認コミットが無いと利用できない。通勤の時は、成人前に持っていたICパールカードで移動できる範囲だったし、困ることがなかった。旅行にも興味が無かった。車を買うことにした。


 エンジンをかける。FMキョートを聴きながら、カーナビに次の詰所のマップコードを入力する。お、それまでに道の駅もあるのか……とポチポチパネルを押していたら、ボンネットに猫が飛び乗ってきた。一瞬目があう。黒のハチワレで、足先が白い猫。茶色の瞳の奥に、ちかちかと光が見える。--ああ、おまえにも支援者フォロワーがいるんだよな。困ったことがあったら、そのでそいつを助けに行くのか。--ふい、と猫は足跡だけ残して去っていった。

 そういえばこの作業も、そもそも要らないことらしく……僕が遠出をするために、ディーラーで新車のオプションを選んでいたら、頭をツンツンにした営業マンが「えっ今カーナビ付けるんですか? あればいらないっすよ、その予算を自動運転レベル3オプションにしたらいいんじゃないっすか?」と自分の個識別端末ターミナルをチラつかせてきたのを思い出した。

 あの時のツンツンの驚き具合はけっこう印象に残っている。

「まじっすか? ソロっているんっすか? ちょっとシャメっていいですか?」




 カーステレオからは、FMキョートのサトーさんやミシマさんのいつもの語りや、なじみのジングルが流れる。もうキョートからはだいぶん離れているので、交通情報はあてにならない--ネット配信でいつまでもFMキョートを聴き続けている。モモドリさん以外のニュースの声だと落ち着かないというのもある。国としてのニュースはどこの局を聴いていても変わらないから。この人たちにも世界のどこかに、支援者がいるのだろう。



 この先のことが見えなかった--ほかの人たちと同じように、支援者を国が手配してくれて、この世界の日常に組み込まれるかどうかもわからない。たかだか20年ちょっとしか生きてないけど、に直面して、田舎の両親もひどく心配していた。--両親も親戚も、支援者がいた。


 ガレージラインのジングルを聴くと、出発する前、ソロだとどうなるのか、この世界にはほかにもソロがいるのかと部屋で検索しまくった夕方を思い出す。

 ある程度高次情報になるライブラリにアクセスするには、これまた支援者の支援者を何人か経由するという、許可プロクシが必要で、断片的にしか情報は得られなかった。個識別端末ターミナルのあちこちをくまなく探したりもしたが、O・Sオペレーティングシステムとしての操作以上のことはできなかった。


「キョートアバンティ地下駐車場、30%の駐車率です」


 寄ろうと思っていた道の駅の駐車場も、そのくらい、まばらに車がいた。




 のろのろと場所を探していると、同じ車を見つけた。色は僕の車の深緑カモフラグリーンと違い、目立つ黄色カナリヤイエローだ。なんとなく隣に停めた。ああ、ここはプリペイドカードは使えるだろうか。買い物ひとつも、ソロだとやりづらい。個識別端末ターミナルのメニューも、いくつか表示されていない。最近しっかり数えてみると、あきらかに日に日に、タップしても出てこないものが増えている。


 義務教育での情報工学の実習では「そもそもO・Sとは」とかもぼんやり聞いていた。すべての要素が--ひとつのIDノードを識別され--システム内ではそれが限られた数まで管理できて--とか、ノードが枯渇するとどうなるとか--そういうことを。


 ガタリ、と僕は車を揺らした。

 思い出した。


 O・Sには要素ファイル管理機能がある。たとえばデータを削除したとき、削除フラグが付与されるが、のは、O・Sの定期的なプロセスが実行されたときだ。削除フラグがついた時点では、ようは通常の操作で閲覧アクセスができないだけで、実体は残っている。

 ソロの僕も、支援者フォロワー状態が一定期間続けば--この世界から、削除される?



 じっとり手に汗をかいてハンドルをつかんでいたが--窓を叩かれてはっとした。隣の黄色い車の運転手ドライバーだった。

「大丈夫ですか? 気分悪い?」

 口がそう動いていた。

「ああ、すみません、もうちょい休みます」

 窓は開けなかったけど、へこへこと謝る。

 そつなくやり過ごそう。この人にまでやっかいごとをかけないように。――「そう、気を付けてね」と、たぶん四十代くらいの男性は、さわやかな笑顔を見せてくれた。



 ちらと黄色の内装を観ると、僕の車と同じようなカーナビの画面があって、後部座席--はほとんどキャンピンググッズで埋め尽くされていて、さらに助手席に放りだされていた個識別端末ターミナルのメニューは、明らかに僕のより、。--車はエンジン音を出して先に出て行った。




 僕はシートの背に体重をかけた。

 僕の長い旅は、まだはじまったばかりだった。


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